2012-05-01から1ヶ月間の記事一覧

「漂泊論」・6・人間であることの悲劇性の起源

たとえば、原始人が描いた壁画を見る。 するとわれわれは、自分という存在に刻まれた人間の歴史を想う。 原始人だってこんなことをしていたのか、原始人だってしんどい思いをして生きていたのだなあ、と想う。 自分という存在の中に、人類が嘆きかなしみ疲れ…

「漂泊論」・5・人類の願い、などというものはない

1・幸せにならないといけないのか 生きていても楽しいことなんか何もない、という人がいる。 だから、そういう人に楽しいことが与えられる社会にしなければならない、という。 そうして、自分みたいに楽しく生きられる人間になれ、という。 人間は楽しく生…

「漂泊論」・4・「自分」という故郷

フラッシュバック症候群、というのがある。 あつものに懲りてなますを吹く、というのか、人は、いやなことを体験すると、なかなか忘れられない。その思い出が一生の傷になったりもする。 逆に、何度でも同じ失敗を繰り返す懲りない人もいる。 この結婚は失敗…

「漂泊論」・3・故郷に帰れない

1・弱い猿になる 直立二足歩行をはじめた原初の人類は、サバンナに囲まれた孤立した森の中に閉じ込められていた。もちろんそのときの彼らに、外敵がたくさんいるサバンナで暮らす能力などなかった。 そんな森の中で個体数が増えてひしめき合って暮らすよう…

「漂泊論」・2・二本の足で立ち上がるという受難

1・起源仮説は、科学のテーマか? やっぱりこの「漂泊」というテーマは、直立二足歩行の起源からはじめるしかない。 科学者が直立二足歩行の起源を語るとき、なんとかその証拠を現物として示そうとしている。そうやって遺伝子の突然変異だの、足の骨の形状…

「漂泊論」・1・直立二足歩行の旅心

1・はじめに このテーマでは一度書いたことがあるのだが、5年たったし、もう一度やり直してみようかと思う。あのころよりは、もうちょっと深く遠くまで分け入ってゆけそうな気がしている。 内田樹先生や上野千鶴子氏が、「上機嫌」であることをこの生のテ…

「ケアの社会学」を読む・59・おわりに

1・介護の仕事なんかやってられない この国の介護士の離職率は高い。それは、収入が少ない、というだけの問題じゃない。「老人は介護を受ける権利を自覚し主張せよ」などという愚劣な扇動が大手を振ってまかり通っている世の中だからだ。そんなくそ厚かまし…

「ケアの社会学」を読む・58・この国の介護の思想の可能性

1・寄生し寄生させる関係 たとえ自分が愛していても、愛されたいとか愛されていると思うべきではない。そんなことは、けっきょくのところわからないし、相手の勝手である。 人と人の関係は、一方通行である方が高度で美しい。 一方通行の「寄生」という関係…

「ケアの社会学」を読む・57・「寄生」という関係性

1・人の気持ちなどわからない 女房がやきもちやいてかなわん、という。 そんなことをいっても、人の気持ちがそうかんたんにわかるものじゃない。奥さんはただ、女に対してかんたんに隙を見せてしまうあなたのその軽薄な態度に苛立っているだけかもしれない…

「ケアの社会学」を読む・56・雌雄の発生を考える

1・「種族維持の本能」などというものはない たぶん、人間以外の動物は、交尾をすると子供が生まれるということを知らない。彼らはそんな目的で交尾をしているのではないし、したがって種を存続させようという目的も持っていない。 遺伝子は、親の形質を子…

「ケアの社会学」を読む・55・雌雄の発生前夜

1・人間ほど不安定で不完全な存在の生き物もいない 「雌雄の発生」のことを考えたいのだが、どうもうまくスタートが切れない。 人間においては、男も女も同じというわけにはいかない。身体的にも精神的にも、男の特性があり、女の特性がある。そして男であ…

閑話休題・ころころ

あるブログで、こんな短歌を見つけた。 _________ おとなうてなげく石ありさかさみちくだるあしもと:ころころ _________ 僕は、この歌を前にして、立ちつくしてしまった。そして、そのあとも何度もこのページに戻り、考えてみた。 しかし…

「ケアの社会学」を読む・54・脳のはたらきと命のはたらき

1・不安定、不完全な脳 人間の脳は、左右で大きく機能が違う。どちらか一方だけではうまく生きられない。猿の脳はひとつの脳として完結しているが、人間は、二つの不完全な脳をやりくりして生きてゆくというかたちで進化してきた。 人間の右の脳とは左の脳…

「ケアの社会学」を読む・53・進化の契機

1・生き物はこの地球のじゃまっけな存在なのだ 命のはたらきは死の影を帯びている。死の影を帯びることが命のはたらきが起きる契機になっている。 べつに「神の意志」などということをいうつもりはさらさらないが、原初の生命の発生は、この世界の余剰のも…

「ケアの社会学」を読む・52・死んでしまう命

ここまでくると、どうしても「生命の発生」みたいなことを考えたいわけだが、それはちょっと、僕の知識では手に負えない。 かといって、ここでやめるわけにもゆかない。 だから、こわごわ、そろりそろりと書き進んでいる。 参考文献なんかありません。自分の…

「ケアの社会学」を読む・51・生き延びられない

1・命の仕組みはうまくできているわけではない 生きてあることはしんどいことだ……ということは肯定されるべきだ。 内田樹とか上野千鶴子とか、「上機嫌で生きている」と自慢する連中なんか、ほんとにアホだなあと思う。 人間が上機嫌では生きられないことは…

「ケアの社会学」を読む・50・命のはたらき

1・上機嫌でなんか生きられない 人は、「上機嫌で生きている」と自慢されると、ふとたじろいでいしまう。 なぜなら、誰しも心の奥に、上機嫌だけでは生きられないものを抱えているからだ。 それは、根源的な不安だともいえる。 生き物が生きてあることは、…

「ケアの社会学」を読む・49・みじめでしんどい命

1・上機嫌で生きている、と自慢されてもねえ 人間は、根源において「許されている」存在ではない。誰もが他者を許しつつ、それでもなお誰もが「許されている」という自覚を持つことの不可能性を負って生きている。 生きてあることは、そういう受難なのだ。 …

「ケアの社会学」を読む・48・人間は許された存在か

1・正義ほど凶悪なものはない 「性悪説」というのか、人間はもともと凶悪な存在であり、それを克服するために社会の制度や倫理道徳が存在する、などといわれたりする。 内田樹先生はこの立場であり、大人になるとはみずからの凶悪な本性を克服して人格を完…

「ケアの社会学」を読む・47・人類の生贄

1・ハウツー本 吉本隆明氏の「老いの幸福論」という本は、十年くらい前に読んだような記憶があるが、そのあと上野千鶴子氏の「おひとりさまの老後」がヒットするなどして、今や老人論や老後論の出版は花盛りらしい。 まあ、老人がたくさんいる社会になった…

「ケアの社会学」を読む・46・微笑む生き物

1・人間はなぜ微笑むのか 上野千鶴子氏や内田樹先生が言うように、「上機嫌」で生きれば素晴らしいというわけでもえらいというわけでもあるまい。 おまえらは、上機嫌では生きられない人をバカにしているのか、それとも憐れんでいるのか。 人間なら、誰にだ…

「ケアの社会学」を読む・45・進化論の問題

1・生きようとする衝動=本能などというものはない ペリカンは、くちばしを大きくしようとしたのではなく、「生きられない今ここ(受難)」を受け入れて苦しみもがいていった結果として「大きくなってしまった」のだ。くちばしを大きくしようとしたのではな…