「漂泊論」・4・「自分」という故郷

フラッシュバック症候群、というのがある。
あつものに懲りてなますを吹く、というのか、人は、いやなことを体験すると、なかなか忘れられない。その思い出が一生の傷になったりもする。
逆に、何度でも同じ失敗を繰り返す懲りない人もいる。
この結婚は失敗だった、と思わない人はほとんどいないだろう。それでも人は、その失敗に耐えてその失敗を生きている。まあ、生まれてきてしまったということが、そもそもの失敗だ。失敗のない生などない。
失敗をしてはいけいない、と思ってしまったら生きられない。
世間ではいちおう同じ失敗を繰り返さないことが大人の人格のようになっているが、その習性が昂じて精神を病むこともある。
失敗をしないで生きていけるはずもないのに、絶対失敗はするまいとする。つねに過去の成功した体験にフィードバックして考え、それを確認しないと何もできなくなる。
そのフィードバックする癖がついてしまえば、もう新しいことはできなくなる。
いいことにフィードバックしていこうとばかりするから、悪いこともすぐフラッシュバックしてしまう。
しかし生きてゆく一日一日は、つねに新しい一日である。何が起きるかわからない。その新しい一日に踏み出してゆけなくなって、引きこもる。多くの場合、たぶん、フラッシュバックすることが怖いのだ。
過去の失敗体験に懲りてしまうから、過去の成功体験にすがろうとする。何もかも予定通りにことを進めようとして、途中で変更することができない。変更できないから、人を支配しようとばかりして、人に従うことができない。
つまり、漂泊することができないのだ。
フィードバックするとは、「故郷に帰る」ということだ。スケジュールを立てることだって、いわば未来に向かって故郷を追憶していることだ。そうやって故郷に帰ってゆこうとする。それは、現代的な病だ。
われわれは、故郷に帰ることのできない存在だから、新しい生を上書きしてゆくことができる。たとえ現代社会のスケジュールに縛られて生きようとも、そこに新しい生を上書きしてゆくことができなければ人は生きられない。
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この世界も他人のことも、何もかもすでにわかっているという前提で生きようとしている人がいる。そういう流儀で生きてこの社会の成功者として闊歩している人もいれば、そういう流儀をもってしまったために生きられなくなり、引きこもってしまう人もいる。成功するも引きこもりになるのも、紙一重だ。だから、成功者が、老人になったとたんにボケたり鬱病になったりする。
「何もかもすでにわかっている」という「故郷」に立って生きようとする。この世の中の正しいことと正しくないことは、すでに法律の中に書かれてあるのか。すでに神や先人がすべて教えてくれているのか。世の中は、ひとまずそういう前提で動いている。だから、徹底的にそういう流儀で生きようとする人たちがあらわれてきて、それで成功する人もいれば失敗する人もいる。
それに対して新しく何かを「発見する」ことは、過去の正しさや自分の正しさが否定される体験であり、「故郷」を喪失して戻れなくなる体験である。
人間とは、「発見する」生き物ではないのか。そうやって文明や文化が発達してきたのではないのか。
けっきょく「自分」という問題なのだろうか。現代人は、「自分という故郷」に執着してしまう病理を抱えている。誰だって抱えてしまっている。抱えてしまっているから、それを引きはがすことのよろこびが生まれる。それが、自分を忘れて世界や他者にときめくという体験だ。
われわれが「自分=自意識」を抱え込んでしまっていることはわれわれの「受難」であって、「自分」は帰るべき「故郷」ではない。
人間が二本の足で立っていることは、とても不安定で危険な姿勢である。だから、どうしても「自分」が気になってしまう。われわれは、存在そのものにおいてすでに「自分」にとらわれてしまっている。しかし同時に、そんな「自分」を忘れて世界や他者にときめきながら歩いてゆくという体験もしている。
自意識を持つことを「受難」として自覚されていなければ、「自分」を忘れることのときめきもない。人は、「自分」を忘れて何かを「発見する」。
人間にとって二本の足で立って歩くことは「発見する」という体験であり、「発見する」ことは、帰るべき故郷を喪失する体験なのだ。
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わかりやすいタイトルだけど、いちおう現在の若者論であり、日本人論として書きました。
社会学的なデータを集めて分析した評論とかコラムというわけではありません。
自分なりの思考の軌跡をつづった、いわば感想文です。
よかったら。

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