2014-03-01から1ヶ月間の記事一覧

源氏物語のあはれ・ネアンデルタール人と日本人76

1 「あはれ」という言葉を一音一義で解釈すると「フェードアウト」というようなニュアンスになる。まあしつこく思いつめるよりもさっぱり忘れながら生きて死んでゆきましょう、というのが源氏物語なのだろうか。 何より、自分のことなど忘れて何かにときめ…

縄文人の歌・ネアンデルタール人と日本人75

1 「歌」の起源というなら、「あー」でも「うー」でも「おー」でもいい、原初の人類が猿とは違う人間的な音声を唸り声として発したことだって、歌だといえばいえるにちがいない。 人間は、歌う猿だった。 とにかく人と人が向き合い、そういうさまざま音声を…

文学の発生・ネアンデルタール人と日本人・74

1 折口信夫の愚論によって、この国の古代文学研究がどれほどあらぬ方向に引きずり回されてきたことか。 彼は、『日本文学の発生』のなかで、それは「寿詞(よごと)」や「祝詞(のりと)」などの「叙事詩」として神や共同体の起こりとかの物語としてはじま…

一音一義・閑話休題

1 日本語(やまとことば)の起源のかたちや古代文学を考えるとき、言葉の一音一音のニュアンスを追ってゆく「一音一義」という方法があります。「文法」とか言葉の「意味」にとらわれていたらだめだ、という立場です。 どこの国、どの民族、どこの地域の言…

「まつりごと」と「もてなし」・ネアンデルタール人と日本人73

1 縄文時代という日本列島の歴史は、定住する女たちが旅人である男たちを受け入れもてなす習俗とともにはじまった。 縄文以前の氷河期はおそらく、平地で大型草食獣の狩りをしながら移動して暮らしていたから、男と女は一緒に行動していた。 しかし氷河期が…

北ヨーロッパの娼婦性・ネアンデルタール人と日本人・72

1 4〜3万年前以後、ネアンデルタール人の血の中にホモ・サピエンスの遺伝子が混入してゆくという現象は、ヨーロッパの北と南では、なぜか北の方が早かった。 これはちょっと不思議だし、アフリカ人がやってきて遺伝子をばらまいていったのなら、南の方か…

「やらせてあげる」ということ・ネアンデルタール人と日本人・71

1 「娼婦性」とは、女による「やらせてあげる」という生態のことである。 べつに、「誰かれかまわず」ということを付け加える必要はない。人間の女だろうと動物の雌だろうと、性欲があるのではなく「やらせてあげる」という生態を持っているだけである。性…

ある恋愛論について・ネアンデルタール人と日本人・70

1 生き物が雌雄を持っているということは、いろんな意味で二律背反を生きる存在であるということかもしれない。 男と女という二律背反、生と死という二律背反。出会いと別れという二律背反。生きてゆくことは死んでゆくことだという二律背反。 二律背反を生…

他愛なくときめくということ・ネアンデルタール人と日本人69

1 古代の「たま」という言葉は、とても豊かなニュアンスをまとった味わい深い言葉だった。 かんたんに「たま=霊魂」という前提で語ってもらっては困る。 もともとは「ときめく心」を「たま」といった。ときめく心とは、心の表面がきらきらしていることであ…

娼婦性の伝統・ネアンデルタール人と日本人・68

1 日本列島の土着の「たま」という言葉は、「霊魂」という概念とはまったく関係ない。それはきらきらしてときめく心模様のことで、この生やこの世界は一回きりのものとして「今ここ」において完結している、という感慨=死生観のことである。そのような感慨…

「姿」の文化・ネアンデルタール人と日本人67

1 古代以前の日本列島に「霊魂」という概念などなく、したがってもともとの「たま」というやまとことばにはそのような意味はなかった。 「たま」は、人と人の関係性から生まれてきた言葉だった。関係性の充実・充足を指して「たま」といった。人間にとって…

ことだま・ネアンデルタール人と日本人・66

1 「たま=玉」は、縄文時代からすでにもっとも大切な装身具のひとつだった。 ヒスイは宝石としてそのころから日本列島に広く流通し、歴史家はそれが「霊魂」を象徴するものだとか呪術の道具になっていたという。 しかしまあ、霊魂などというものは後世の人…

「たま」と「霊魂」・ネアンデルタール人と日本人・65

1 古代人は、霊魂のことを「たま」と読んだりしていたらしい。 しかしこの「たま=霊魂」という意味関係が日本人の暮らしに定着しているとは言い難い。われわれは、「たま」というよりも、もっぱら霊とか霊魂という外来語をそのまま使っている。守護霊・背…