2016-12-01から1ヶ月間の記事一覧
1 といいつつ、全然関係ないことを書きます。 …… 人類が住みにくさがいやで逃げだすような存在であったのなら、「人類拡散」は起きていない。むしろ、住みやすさに倦んで拡散していったのだ。それは、より住みにくい土地より住みにくい土地へと移動し住み着…
1 誰だって、この世界には「魅力的な人」が存在する、ということに対する「負い目」や「遠い憧れ」を抱いている。 金を稼いで欲しいものを手に入れる能力を持つことだろうと、幸せな恋愛や結婚に満足することだろうと、知的であるために頑張って勉強すると…
1 ほんとに、「人間嫌い」になってしまいそうな世の中ではないか。 だから、そうなってしまうのがつらくて『この世界の片隅に』というような映画が流行るのだろう。 いやな世の中だけど、それでも魅力的な人がこの世のどこかに生きていてくれることは、われ…
最近『この世界の片隅に』というアニメ映画が評判になっているらしい。 戦時中に広島から呉に嫁に来た女性の日々の暮らしの話。 僕も観てきたが、泣けるというよりは、いろいろ考えさせられる映画だった。さりげないというか、つねに抑制された語り口で、「…
1 どんな世の中だろうと、生きてあることはなんだか居心地が悪い。 人の一生というのは、いったいなんなのだ、と思う。 戦時下に咲く恋や友情もあれば、平和な世の中の停滞した関係や憎しみ合いもある。幸せで長生きする人生が、苦しくはかない人生よりも充…
1 『ネアンデルタール人は私たちと交配した(スヴァンテ・ペーポ著・文芸春秋)』という本の感想をちょっと書いておこうと思います。 ネアンデルタール人のゲノム遺伝子の解読に成功した人の苦労話が書いてある本で、僕はべつに科学者でもなんでもないから…
1 人は、正義に淫して心を病んでゆく。 戦後の核家族においては、親が、マスコミから発信されてくる「ホームドラマ=家族賛歌」という正義に淫して、子供の心に覆い被さっていった。「家族賛歌」が「家族崩壊」の元凶にもなっている。家族なんか「仮の宿り…
1 ネアンデルタール人の社会は、フリーセックスの社会だった。 人間性の基礎はフリーセックスにある……といってしまっていいような気もする。人類の歴史は、そこからはじまった。 フリーセックスの文化は、新しいものに気づきときめいてゆく文化でもある。セ…
1 ネアンデルタール人の洞窟集団においては、毎晩のように新しいパートナーと抱き合ってセックスし、眠りに就いていた。そういう「フリーセックス」の集団だった。しかしフリーセックスといっても、乱交パーティのようなことをしていたのではない。氷河期の…
1 人類の起源が二本の足で立ち上がったことにあるとすれば、それは、集団がフリーセックスの関係になってゆく体験でもあった。そうして、そこに住み着いてゆくものたちはフリーセックスの関係をやめて結束してゆき、そこからはぐれ出て拡散していったものた…
1 われわれを生かしているのはこの世界の輝きにときめき感動する体験であって、自分が存在することの正当性や貴重であることの実感なんかではない。自分なんかしょうもない存在だし、生きてある権利や資格があるとも思えない。そんなことはたぶん、他人から…
1 べつにセックスが生きる上でのいちばん大事なことだというわけでもなかろうが、人間性の基礎は、フリーセックスの関係性の上に成り立っているのではないだろうか。 原初の人類の集団は、一年中発情しながらフリーセックスの関係になってゆくことによって…