2013-08-01から1ヶ月間の記事一覧

言葉の起源と「羞恥心」

1 ここでは今、人間の本能的な心の動きとしての「羞恥心」について考えている。 それは、観念的制度的な「恥の意識」とはまた別のものである。 すでに自分の中にあって後生大事に抱えている「自尊心(感情)」が揺らぐことを「恥の意識」という。 しかしこ…

「かわいい」のファッションと「羞恥心」

1 この生やこの世界に対する「とまどい=羞恥」は、心の動きだけの問題ではない。草や木だろうと、生き物の命のはたらきそのものがそのようなかたちになっている。そのようにして「生物多様性」が成り立っている。もしもすべての生き物が「生きようとする本…

衣装の起源と「羞恥心」

1 どう考えても、衣装の起源は、人間が二本の足で立っている存在であるということとリンクしている。このこと抜きに衣装の起源は考えられない。 直立二足歩行の起源についてはほとんど物的証拠がないから問題にすることはできないといっても、このことから…

もう一度、セックスと「羞恥心」について考える

1 動物のオスのペニスが勃起するとき、その根源に「とまどい=羞恥心」がはたらいている。「ときめき」とは「とまどい=羞恥心」の別名であるともいえる。いずれにせよ、意識が「今ここ」の何かに焦点を結んでゆく現象である。 この「焦点を結ぶ」という意…

セックスと「羞恥心」

1 人間は観念でセックスをしている、などとよくいわれる。 そんなことをいっても、セックスは生き物の普遍的ないとなみであり、人間だって生き物の一種だということのあかしだろう。それどころか、ほかの生き物以上にセックスが好きなのだから、ほかの生き…

「羞恥心」と「恥の意識」

1 羞恥心は、世界中の人間が持っている。 そしてそれが大人のたしなみだと思うと間違う。羞恥心は、子供や原始人の方が豊かに持っている。 なぜならそれは、弱い生き物の特性だからだ。それは、弱い生き物として生きるほかない乳幼児期に芽生えてくる。そし…

「羞恥心」の歴史

1 二本の足で立っている猿である人間は、みずからの身体と環境世界との関係に「とまどい」を持っている。そこから「羞恥心」が生まれてくる。 一歳を過ぎて歩いたりしゃべったりするようになってきた幼児は、羞恥心が芽生えてくる。それをよくお母さんとの…

「羞恥心」の水源

1 幕末のころにやってきた西洋の宣教師が「日本人はおそろしく怠惰な民族だ、明日のことを何も考えていないし公共心もない」と本国に報告したらしい。 おそらくそれは当たっている。それほどに原始的幼児的な民族だったのだ。意識が、時間的に空間的にも広…

「羞恥心」について

1 人間の普遍性としての「羞恥心」について考えている。 文明人の自尊心に上に成り立った「恥」の意識とは違う、原初的な「はずかし」の意識である。 それは、人間存在の身体と世界との関係の問題でもある。 原始人は世界(自然)と一体化して生きていたと…

つれづれ

休業中の備忘録というか、雑記帳をときどき書いておくことにします。 ある人とのメールの交換で、「視覚の焦点を結ぶ」という問題について考えさせられることがあり、これはとても大きな問題だと思ったが、うまく考えることができないままで終わってしまい、…

蛇足

ほんとに心を入れ替えてひとまずこのブログを中断しないといけない状況があるのだけれど、なんだかぐずぐずしていて、もうひとつだけ書いておきます。 これまでのこのブログを書く醍醐味は、書きながら「あ、そうか」と気づく体験があったことにあります。そ…