生きられない・ネアンデルタール人論128

「問う」ということ、それをするかしないかは、人と猿のメンタリティの大きな違いのひとつになっている。人類は、「問う」ことをする猿として歴史を歩みはじめた。
「問う」とは「わからない=生きられない」という事態に身を置くこと。人の心はそこから華やぎときめいてゆく。それはもう、高度な学問の探求だろうと幼児の「なに・なぜ?」と問う態度だろうと同じであり、「生きられなさを生きる」ことこそ人の自然にほかならない。
原初の人類は、二本の足で立ち上がることによって、「問う」という心の動きを持った。
それは、とても不安定で危険で無力な姿勢であり、生きられない猿になってしまうことだった。それでもその姿勢を常態化していったのは、それなりの解放感があったからだ。つまり、はじめに耐えがたい「閉塞感」があり、もう生き延びる「未来」よりも「今ここ」の「解放感」のほうが大事だったのだ。
おそらくそのころの人類は、サバンナの中の小さな森の中に閉じ込められていた。その閉塞感。しかし、そこにいるかぎり安全だった。サバンナの肉食獣は入ってこないし、たとえ入ってきても木の上に逃げ込むことができる。そしてそこには、テリトリー争いをするライバルの猿もいない。群れの個体数はどんどん増えていった。ただ、増えすぎても、サバンナの中の孤立した森だから、余分な個体を追い出すことはできなかった。増えすぎたままみんなでそこで生きてゆくしかなかった。集団で行動するときは、体がぶつかり合って、鬱陶しい上に動きの自由も制限される。それもまた閉塞感だった。ヒステリーを起こしそうになる。しかしそうやっていさかいになっても、追い出すことはできないし、追い出されるわけにもいかない。
基本的に、生きものの同じ種どうしの争いは、殺し合うことはしない。「追い払う」だけだ。つまり、追い払うことができないのなら、争うこともできない。猿の群れにとって仲間どうしで争うことは、余分な個体を群れの外に追い払うことであると同時に、群れの中での順位を決める機能も持っており、争うことは群れの中に置かれてあることの閉塞感のガス抜きになっている。しかしそのとき人類の群れは、そういうガス抜きすらもできないどうしようもない閉塞感からの解放として、二本の足で立ち上がっていった。
その姿勢になれば、ひとまず、身体が占める地上のスペースが最小になり、四本足でいるときよりも体をぶつけ合わないですむようになった。そうしてそれは「無力な」存在になってしまうことであったのであれば、争い闘おうとする衝動からも解放されることだった。
それは、攻撃されたらひとたまりもない「無力な」姿勢であり、争い闘うことを放棄している姿勢なのだ。そんな姿勢をたがいにさらし合っていれば、誰もが無防備な心模様になってゆく。
無防備になるということは、自分を忘れて世界や他者の輝きにときめいているということ。彼らはもう、守るべき「自分」など持たなかった。その姿勢がどんなに不安定で危険で無力であっても、すでにそのこと自体を忘れてときめいていた。
原初の人類の二本の足で立ち上がるという体験は、そのようにして他者との関係の不調を解決した。
二本の足で立ち上がった原初の人類は、無力で無防備な猿になっていった。無力で無防備な猿になることが、その閉塞感からの解放だった。
彼らはもう、「順位関係」を生きるほかの猿のような、自分をプレゼンテーションしてゆく、いわゆる「示威行動」などできるはずもなく、しようとする衝動をすでに放棄していた。。
自分なんか忘れて立ち上がっていった。強いものも弱いものも大人も子供も男も女も、みんなして立ち上がっていった。
そのとき彼らは、広い世界を獲得することによってではなく、「自分を忘れる」というかたちで世界から「消えてゆく」ことによってその閉塞感から解放されていった。


人の心は、「自分」を確立することによってではなく、「消えてゆく」ことによって解き放たれる。だから子供は、「かくれんぼ」という遊びをしたがる。彼らは、家族や親子という関係に閉じ込められている存在だから、そこからの解放として「かくれんぼ」という遊びに夢中になってゆく。
人が二本の足で立っている姿勢は、根源において他者の前から「消えている」姿勢なのだ。たがいに「消えている」存在だから、たがいに他者を探そうとして向き合ってゆく。「そこに他者が存在するという事実」を探し合っている。その「事実」を「問い」合っている。
人は、他者の存在そのものにときめいてゆくことができる存在なのだ。他者が存在することの意味や価値などどうでもいい、存在の事実そのものにときめいてゆく。
「問う」とは、「隠れているもの」を探すこと。「消えてゆく」ことは「隠れてゆく」ことであり、そうやって原初の人類は、「問う」という心の動きを持った猿になっていった。たがいに無力で無防備になりながら、たがいに自分の存在を消して向き合っている。たがいに自分を消してこの生の外に立ちながら、そこから相手の存在の事実に驚きときめいてゆく。たがいに消えている存在だから、無防備になって向き合い、その存在の事実を問い合いときめき合っている。
人と人は、向き合おうとする。猿はそうやって闘う関係になっているが、人と人はそうやって問い合いときめき合っている。
「私」は、この生この世界の外の「非日常」の世界に「消えて=隠れて」いる存在であり、そこから見る他者はこの世界の一部として確かに存在している。たしかに生きている。だから人は、他者を生かそうとする。「私」は、この世界の内部に置かれながら、この世界から「消えて=隠れて」いる。
まあ原初の人類は、二本の足で立ち上がることによってこの生の外の「非日常」の世界に超出していったのであり、そうやって猿としての「日常」を捨てたのだ。
人は、自分がこの世界の一部としてちゃんとはめ込まれてあると思っているのではない。はめ込まれそうになると、というかはめ込まれてしまうと、いたたまれなくなって「ここにはいられない」という気持ちになってゆく。そうやって人は旅に出る。そうやって人類は地球の隅々まで拡散していった。
そのとき彼らは、「あの山の向う」に何があるかを知っていたのではない。何があるのかと問うていったのだ。
「問う」という心の動きが、人類の文化すなわち知性や感性を進化発展させた。
人が何かに夢中になっているとき、「自分」は消えている。その消えている場所から現実のこの世界を問い、そしてときめいている。


この生は、「自分」という存在のどうしようもないあいまいさの上に成り立っている。それは、自分を消して(忘れて)世界の輝きにときめいてゆくことがこの生のいとなみになっているからで、自分の存在を確かに感じるなんて病気なのだ。
人は、自分が「消えている」ときにこそ、もっとも豊かに生きた心地を汲み上げている。
体を動かすことは、体を肉や骨のないただの「空間の輪郭」として扱うことの上に成り立っている。体が「空間の輪郭」になってゆくことが、体が「解放」されている状態なのだ。肉や骨や内臓は、「苦痛」というかたちでしかその存在を実感できない。肉や骨や内臓が「気持ちいい」などという状態はない。体が中身のないからっぽの「空間の輪郭」になっているときに、気持ちよさが体験されている。
人は「空間の輪郭」としての身体を持っている。衣装はまあ、身体の不在証明(アリバイ)というか、身体が「空間の輪郭」であることの形代なのだ。
人の直立二足歩行は、二本の足で立っていることの居心地の悪さからの解放として成り立っている。だから体=足のことなど忘れてどこまでも歩いてゆくことができる。疲れないのではない、疲れても歩いてゆくことができるのだ。二本の足で全体重を支えているのだから、疲れないはずがない。四本足のほうがずっと疲れない。それでも人は、足のことなど忘れて歩き続けることができる。
人間だけではなく、基本的に生きものの身体操作は、体が「消えてゆく」タッチの上に成り立っている。ただ、生きることの無力といたたまれなさを抱えている人間は、ほかのどんな生きものよりも体が「消えてゆく」ことに切実で、そこでこそ深く豊かな「カタルシス(浄化作用)=快楽」を汲み上げている。
人は消えてゆこうとする衝動を持っている。しぐれてゆこうとする、と言い換えてもよい。それが日本列島の伝統であり、普遍的な人類史の伝統でもある。


自分の存在があいまいであることこそ人間性の自然であり、それに対して目の前にあらわれている他者の存在のなんと生き生きとして確かなことか。その落差とともに、人は他者にときめいてゆく。人は、他者の存在そのものの確かさを問うている。みずからの存在があいまいであることの心もとなさとともに、この世界や他者の存在の確かさに驚きときめいている。
この世界や他者は、存在そのものにおいて輝いている。生きられないこの世のもっとも弱いものは、そういう体験をしている。彼らは、そういう「末期(まつご)の眼」を持っているのであり、人の心は、そこに向かってしぐれてゆく。それを「かなしみ」という。この生のいたたまれなさを「かなしみ」として昇華してゆくことによって、人の心は解き放たれる。
人は、生きられないものすなわち死んでゆくものが、まさに「今ここ」において体験している「末期の眼」に向かってひざまずいてゆく。まあそうやって「介護」という人間的な生態が生まれ育ってきたわけだが、心がそこに向かってしぐれてゆくことはわれわれのこの生の通奏低音であり、そこから華やぎときめきながら人類の文化が生まれ育ってきた。
原初の人類が二本の足で立ち上がったことも、地球の隅々まで拡散していったことも、しぐれながら心が華やいでゆく体験だったのであり、そこにこそ人間性の自然がある。それは、現代人のような自我やこの生を拡張してゆこうとする欲望から生まれてきたのではない。そういう人類史を、「生き延びるため」などという問題設定で語られると、うんざりだ。
「生き延びるため」というスローガンで盛り上がっているらしい今どきの一部の市民運動がはたして普遍的な広がりを持つことができるか。僕は、ごめんだ。叶うことなら、人間性の自然に殉じて死んでゆきたい。