舞の起源・神道と天皇(129)

神道天皇」を再開します。
初音ミクは「舞姫」でもあるということ、これも日本列島の伝統を考える上で、とても大切な問題であるはずです。
初音ミクをはじめとするアイドルの踊りの手の動きは、もちろん一流のダンスの振付師が考えているのだろうが、日本的な舞のの伝統の延長上に成り立っているようなユニークな部分もあって、外国人はとても新鮮に映るらしい。そしてそれは、いかに可愛く見せるかということが基礎になっているわけで、そこのところの探求心とアイデアはやはり伝統の力なのだろう。
日本人の女のちょっとぎこちなく控えめなしぐさは「はにかみ」を含んでいるように見えるが、外国人が同じように振る舞ってもそうは見えない。ときには、ただ気取っているだけのように見えてしまうこともある。それは、なぜだろうか。
西洋やアフリカのダンスの身体の動きは「自我の解放・拡大」を目指しているようなところがあるが、日本列島の場合は、自我を消去して身体を「今ここ」の空間の裂け目(=異次元の空間)にはめ込んでゆこうとするような動きになっている。
日本列島の舞の作法と大陸のそれとでは、この「空間の裂け目」を意識しているかいないかの違いがある。

自我を消去して動く、それが能のすり足になっている。もともと誰もがそのような歩き方をする歴史があった。それは山道の歩き方で、縄文時代以来、山道を歩くのが生活の基本になってきた。日本列島の街道は、たとえば中仙道など、まず山道として発達してきた。
山道は、先の予測がつかない。予測して動くということができないから、どん事態が起きても対処できるように身体をニュートラルな状態にしておくことが肝心になる。感覚的には、「身体を空中に浮遊させておく」ということだろうか。能ではそういう歩き方をしているし、一時期オウム真理教の「空中浮遊」のことが大きな話題になったのも、もともとそういう感覚を歴史の無意識として持っているからかもしれない。それは、「空間の裂け目に入ってゆく」身体作法なのだ。
現在の文明社会は何ごとにおいても「予測する」ことを基本にして動いており、サイコパスは予測することにとても熱心で有能な人たちで、まあ現代社会は彼らによって動かされているともいえる。ただ彼らは、それゆえに想定外のことに出会うとパニックを起こす。そうやって社会の事変のときに、略奪や暴動が起きる。それはもう、先進国だろうと後進国だろと同じで、どちらも文明社会であり、文明人はサイコパスなのだ。
この国の総理大臣も、想定外の質問・追及をされると、パニックを起こして言葉を荒げる。
それに対してあの大震災のときの民衆が事態の現実を受け入れ粛々と助け合っていったのは、身体を「空中に浮遊している」ようなニュートラルな状態にさせて生きることだった。
死は「今ここ」にある。「今ここ」は「世界の終わり」であり、そこから生きはじめる……という世界観・生命観が能のすり足をはじめとする日本舞踊の身体作法の基本になっているわけで、それは「身体を空間にはめ込んでゆく」という作法であり、その「空間」はこの世界の向こうの「異次元の世界」でもある。日本列島の住民はそういう世界観・生命観を歴史のはじめから持っていたのであり、それとともに舞の身体作法が進化洗練してきた。
単純に言ってしまえば「山道を歩く文化」ということになるわけだが、世界中の山岳民族が、日本列島ほど洗練していないにせよ、そういう世界観・生命観の文化や集団性を持っている。
たとえばチベット民族は、かつてそこがシルクロードの通り道だったころはとても戦闘的な民族だったのだが、それを怖れて別の迂回する道ができていったことともに孤立してゆき、その結果として粛々と助け合う受動的な民族性になっていった。
孤立しがちな歴史を歩んでいる山岳民族は必然的に受動的で助け合う集団性になってゆくし、身体を空間にはめ込んでゆく舞の作法や生活習慣の文化を持っている。それはこの生を縮小してゆく文化であり、心はそこから華やいでゆく。もともと人類は、この生を縮小してゆくようにして進化発展してきたのだ。
あの冬季五輪のパシュートという競技における日本チームの隊列が美しかったと評価されているが、それだって前の選手とのあいだにある「空間の裂け目」の向こうの「真空状態=異次元の世界」に入ってゆくことだろうし、オランダの選手はそういう世界に対する「遠い憧れ」が希薄だったから、「あと一歩」を踏み込めなかった。「もう死んでもいい」という勢いで入ってゆく……そういう文化の問題だった。

学問や芸術の探求は、この生を縮小してゆくことであり、新しい時代を切り開くことはあっても、時代に踊らされてあれもこれも欲しがるということはしない。探究に熱中している人は、「それどころじゃない」という。いや、学者や芸術家ではないただの無知な民衆でも、「それどころじゃない」という気分を持っている。
名もない町工場や伝統工芸の職人が、学者や芸術家よりも知的感性的に劣っているわけでもないだろう。
「ジモピー(地元にとどまる若者たち)」は、むやみに都会の消費文明に憧れることをやめている。盆正月にはいつも帰省ラッシュが起きるのは、ようするにこの生を縮小して身体を空間にはめ込んでゆこうとするこの国の伝統がはたらいているからだろう。
現在のこの国で消費欲が冷え込んでいることは、新しい時代が胎動していることの証しかもしれない。
現在の文明社会がグローバリゼーションなどといいながらこの生を拡大しようとする衝動が病的に進行しているということは、その裏にこの生を縮小してゆこうとする文化が隠されてあることを意味する。時代に隠されてあるのは、いつだって「伝統」だ。原初の人類が二本の足で立ち上がって以来の人類史の伝統だ。
日本列島は、いつだって全能の神(ゴッド)を祀り上げるのではなく、非宗教的な神なき「世界の終わり」から生きはじめる流儀で歴史を歩んできた。
この生を拡大するのではなく、この生を縮小してこの生の向こうの「異次元の世界」に超出してゆく。日本列島の伝統文化は、すべてそのようになっている。
異次元の世界に超出してゆくことは宗教とは逆立した心の動きで、日本列島においては、宗教を受け入れつつ、つねに非宗教の文化を紡いできた。宗教の圧力は、非宗教すなわち異次元の世界に超出してゆくことの跳躍台になる。能の舞台は、そういうコンセプトで成り立っている。
したがって日本列島の舞の起源の身体作法は、身体=この生を縮小し消去しながら異次元の世界に超出してゆくことにあった、と考えるしかない。そのとき身体は、肉も骨も内臓も消えて、たんなる「空間の輪郭」になっている。だからそれは、感覚的には「空中に浮遊している身体」ということになる。やまとことばではそれを、「姿(すがた)」といった。日本列島の舞の文化は「姿」を追求して洗練してきた。
まあ和歌においても、本居宣長は「姿がいちばん大事だ」といっている。
初音ミクのダンスだって、「姿」の美しさと愛らしさがきめ細かく按配されている。そこのところを外国人だって感動しているのだが、そこのところを按配するのは外国人にはうまくできないらしい。
なぜできないかといえば、それは、「存在」を祀り上げてゆく文化ではなく、「非存在」を祀り上げてゆく文化だからだ。
「姿」の美しさと愛らしさは、なんといっても「処女=思春期の少女」のもとにある。彼女らの「姿」は、環境世界から切り離されて、輪郭がはっきりしている。
人は大人になればなるほど、身体の輪郭が環境世界に溶けてゆく。つまり、心が社会制度に取り込まれてゆく。
身体の輪郭としての「姿」は「心=意識」が生成している場であり、心の持ち方で「姿」も変わってくる。おばあさんになっても処女のようなきりっとした清潔な「姿」を持っている人はいる。日本語でそれを「きれい」という。「きれい」の文化。
思春期の少女の心は、社会との縁が切れて「異次元の世界」に漂っている。だからその「身体の輪郭=姿」が鮮やかに浮かび上がる。

舞とは、歌に合わせて体を動かすこと。
歌を聞くと、自然に体が動いてくる。
人類史においては、はじめに歌があった。
そして歌は、言葉をいつくしみ表現する行為。言葉がなければ歌は生まれない。原初の言葉はそれ自体が感情ををあらわすリズムでありメロディであったわけで、それが発展して歌になっていった。
ネアンデルタール人はハミングやスキャットのような歌でコミュニケーションしていたから言葉を持っていなかったなどという愚にもつかない説を唱えている古人類学者もいるのだが、そんなことがあるはずもない。人は、言葉を持ったから歌うようになっていったのだ。歌は、言葉を祀り上げる行為として生まれてきた。言葉に対する愛着が、言葉のリズムやメロディ(イントネーション)を洗練発達させながら歌になっていった。
そして歌を聞けば、自然に体が動き出して踊りになってゆく。
原初の踊りは歌にうながされて体を動かす行為だったのであって、踊り自体が独立して体の動きを表現していたのではない。現代舞踊にはそういうものもあるが、起源においてそうした表現欲が先行していたはずがない。起源はいつだって受動的な体験として起きてくるのであり、外部からのそれを促す力がはたらいている。
石ころは坂道に置けば転がるが、石ころ自体に転がろうとする衝動があるのではない。
人が人に「こっちに来い」と手招きする。それを促すのは坂道に置かれた石ころのように離れていることの不安があったからであって、べつに相手を支配したいという欲望によるのではない。思わず手招きしてしまっている。そしてこれは、踊りではない。「言葉=歌=音楽」があって、はじめて踊りになる。原初の踊りは自分を表現するものではなく、「言葉=歌=音楽」にうながされて思わず体が動いてしまう行為だった。
「言葉=歌=音楽」に対する愛着が、踊りを生み出した。
人は、思わず体が動いてしまうような不安定な存在の仕方をしている。それは、つねに体が外部の環境世界との関係につながれているということであり、環境世界にうながされて体が動いてしまう。

人は言葉や歌に「心」を感知する。そうして歌に合わせて思わず体が動いてくる。もしかしたらこれは、とても不思議なことではないのか。歌という非存在の現象と体という実在の物質とどう繫がっているというのか。なのに人の心は、この二つをつなげてしまう。マルクスはこれを「命懸けの飛躍」といった。リンゴという物質は、貨幣という抽象的な概念とつなげられ、交換される。人の心は、そういう不思議なことをする。
まあ、言葉と心のつながりを発見したのが最初なのだろう。さらにそのおおもとを考えるなら、原初の人類が二本の足で立ち上がって青い空を見上げたときに、空の向こうの「異次元の世界」を思ったことが最初の体験だともいえる。
歌に合わせて体が動いてしまうことなんか思わずそうしてしまうだけのことだが、そこに人類700万年の歴史が刻まれており、そうやって人の心は「命懸けの飛躍」をする。
人の心は、人形や初音ミクとだって心の交流をしてしまう。
人の心はとても単純で、とても不思議だ。
言葉だろうと歌だろうと踊りだろうと、起源においては、一般的にいわれているような「意味」を伝えるためのものだったのではない。基本は「心が思わず反応してしまう」ということにある。それだけのことだし、それだけのことになんとも人の心をなやましくさせる「命懸けの飛躍」という不思議があるのだ。
人類が踊るということをはじめたのは言葉があり歌があったからであり、その起源は「思わず体が動いてしまう」ということにあった。体の動きそのものは地域によっていくぶんかの違いはあるとしても、まあ体を揺らしながら手の動きを添えてゆくようなかたちからはじまっているのだろう。アフリカには、男と女が向き合って座り、即興でそのように体を動かしてゆく伝統的な踊りの習俗がある。
日本列島の古代以前だって、とにかく能舞や日本舞踊を思い切りプリミティブにしたような踊りだったに違いない。

もしかしたら縄文時代から祭りのときの踊りは「処女=思春期の少女」が主役で、それが「巫女」になっていったのかもしれない。「巫女」の仕事は、時代をさかのぼればのぼるほど「踊り」がメインになってゆく。
古代以前の日本列島において、「呪術」とか「神事」が巫女の仕事だったのではない。縄文・弥生時代はそういう宗教的な行事そのものがなかった。それは、権力社会ではじまったのであり、古代・中世の貴族たちは、祭りのときの民衆のことを、「あいつらはけものみたいに浮かれ騒ぐことばかりしている」と見ていた。まあそういう習俗だったから、仏教で支配しやすいように洗脳してゆこうとしたのだ。
しかし民衆だってたんなる「けもの」ではなかったから、仏教に対抗して、祭神を祀り上げる神道を生み出していったのだ。
ただ、祭神に「祝詞」という歌を捧げるようなことをしても、それは巫女の踊りとセットになっていたのであり、祝詞よりも巫女の踊りのほうがメインだった。巫女のほうが神に近い存在になっていた。だから、仏教が巫女を僧侶にするということも盛んになされていた。
それは、巫女が神に近い存在だということと、踊りのプロフェッショナルとして一生を独身で過ごす習慣になっていた、ということも考えられる。
伊勢神宮の神官になることを宿命づけられた天皇家の女にしろ、古代社会は「一生を独身で過ごす女を一定数確保しておく」という習俗があったらしい。それは、「処女=思春期の少女」を祀り上げる文化なのだろう。
処女性こそ、日本列島の伝統文化の根底のかたちなのだ。
まあ、それほどに「処女の舞」が崇高なものとして祀り上げられてきた。舞妓も宝塚も、そういう伝統なのだ。

古代人にとって「処女の舞」は、ただ「かわいい」というだけではない。心が洗われるというか、「魂の救済」のようなものを感じていた。だから神道を、仏教に対抗できるレベルにまで育ててゆくことができた。とにかくそうしたカタルシスがなければ、それにこだわる理由なんか何もない。
五穀豊穣とか疫病退散とか、日本人は、昔も今も宗教の御利益なんか一部の人を除いて本気で信じてなんかいない。この生やこの世の「無常」を感じている民が、そんな明日のことを本気で信じられるはずがないではないか。最優先されるのは、ただもう生きてある「今ここ」のカタルシスなのだ。
われわれが正月の初詣に行くのは、そこで心の華やぎが体験されているからであって、何かを祈願するのはついでのことにすぎない。祈願するというその行為によって、不安が和らいで心がさっぱりするということはあるかもしれない。やることはやった、と。祈願するなんてたんなる習慣だけど、しないと落ち着かない。祈願することも、心の華やぎのひとつだ。
祝詞神道を宗教のようなかたちにするためにはじまったのだが、それは「祝詞」というくらいで、神を祝福しているだけで、べつに「祈願」することが起源のコンセプトだったのではない。
神道の「かみ」は、誰も裁かないし、何もしてくれない。日本列島には「不幸=喪失感」を抱きすくめてゆく文化があるから、べつに願いがかなわなくてもよい。心は「不幸=喪失感」を抱きすくめてゆくところから華やいでゆく。不幸に耐えられないから不幸が忌避されるだけのことだし、人はどんな不幸にも耐えられる存在だ。ユダヤ人だって、あのナチスの大虐殺にも耐えたではないか。
人間性の自然においては、神に祈願をするという発想は生まれてこない。この世に生まれ出てきたこと自体が不幸なことだし、不幸がいやなら、海水浴をして楽しむということはしない。水の中では生きられない生きものが水と戯れるなんて、不幸を抱きすくめること以外の何ものでもない。心は、そこから華やいでゆく。
神道は、「祈願」として生まれてきたのではない。人と自然であれ人と人であれ、「今ここ」の「祝福」し合う体験のカタルシスを汲み上げる場として生まれてきた。「祈願」するのではない、「世界は輝いている」と「祝福」し「祀り上げる」のが神道だ。
だから、「巫女の舞」が神道の中心的なイベントになっていた。「巫女の舞」を中心にしてその祭りは盛り上がっていった。そしてその盛り上がりが、民衆社会の集団運営のよりどころになっていった。
日本人の「ロリータ趣味」には、そういう伝統がある。それは、たんなる性的な嗜好ではない。日本人は、女だって「ロリータ趣味」を持っているし、女のほうがもっと切実にその趣味を持っているともいえる。まあ、そうやって日本人の女ははにかんでいるし、見知らぬ男と結婚することも娼婦になることも生涯独身を通すことも厭わない。それは、処女の「潔さ」というか処女特有の「自傷行為」に違いない。ジャンヌ・ダルクが火に焼かれて死んでいったように、オトタチバナヒメがみずから生贄として嵐の海に身を躍らせていったように、決然と不幸に飛び込んでゆく。
「処女崇拝」は、人類史の普遍でもある。

日本人は、処女性として死に対して親密な文化を紡いできた。
「巫女の舞」は「生命賛歌」ではない。もともと「踊る」とは「生命=身体」をを消去する行為であり、その喪失感の悲劇性にこそ「巫女=処女の舞」の清らかさと華やぎがある。
人は思わず音声を発してしまう。その音声に宿る「心=感慨」をなぞるように歌が生まれ、歌を聞いて思わず体が動いてきて踊りになる。人は生きてあることのいたたまれなさを抱いている存在であり、だから、何かに反応して思わず音声がこぼれ出てしまうのであり、思わず体が動いてしまう。
人は主体的に何かを伝達するための言葉や歌や踊りを生み出したのではない。身体の外の環境世界に対する「反応」として思わず言葉や歌や踊りが生まれてきただけのこと。思わずそうした行為が生まれてくるようないたたまれなさを抱えて生きている。そうしてその行為によって、いたたまれなさからいっとき解き放たれる。
つまり、はじめに心を揺さぶられる体験があり、そこから思わずそうした行為が生まれてきた。そしてそれが生きてあることのいたたまれなさから解き放たれる体験になるということは、生きてあることが消去されているということだ。
生きた心地(=カタルシス)とは、生きてあることを消去すること。舞うことは、「この生=この身体」を消去する体験なのだ。そうやって人は生きた心地を覚えている。
腕を曲げたり伸ばしたりすることだけで、それなりに解放感がある。その解放感とともに人は踊ることを覚えていったのだ。生き延びるためではない。生きてあることから解放されるためであり、それが結果的に生き延びる行為になる。
身体が動くことは、身体が「今ここ」から消えること。その生きてあることから解放される体験のカタルシスを汲み上げながら人は生きている。まあ、舞うことはそのカタルシスがもっともダイナミックに汲み上げられる体験になっている。それが身体を消去する体験になっているから「処女=思春期の少女」はその行為に熱中するし、その行為によって表現されている「喪失感=悲劇性」に見るものは感動する。
白鳥の湖」のバレエだって、いちばんの見せ場は「瀕死の白鳥」の踊りだというではないか。
この生は、この生の縮小によって活性化し解放される。

祭りは、どこからともなく人が集まってきてはじまる。その解放感とともにはじまる。人は、生きてあることから解放されたいのだ。
人類の進化は、この生に執着してこの生に閉じ込められることによって起きてきたのではない。この生から解放されるカタルシスとともに進化してきた。人は、この生から解放される体験がないと生きられない。
生きることに下手な人間が不幸だともいえない。
サイコパスの傾向がある人は、「予測」とか「記憶」の能力がひといちばい優れている。そして一般的には、この能力が人間を人間たらしめているといわれているし、人類はサイコパスにリードされて進化してきたといっている心理学者や脳科学者も多い。
では、サイコパスは幸せか?
先天的にか後天的にかオキシトシンという脳内ホルモンの分泌が少ない人にそれを投与すると、一時的に普通の人と同じような感覚になるという。するとその人は、普通の人はこんなにも無防備でお気楽に生きているのかと驚くのだとか。そしてそれだけではなく、いつもは鈍い環境世界に対する「反応」が急に生き生きとしてくるらしい。彼らは集団の中では孤立しがちで嫌われ者になりやすいのだが、それによって人との関係がうまくいくことを発見する。
「反応」が鈍いから、「予測」と「記憶」の能力が発達する。
サイコパスはこの生に閉じ込められて解放感というものを知らないから、ものすごく悩むし、ものすごく人を憎む。それは幸せなことだろうか。
少なくとも言葉や歌や踊りは、環境世界に対する「反応」の豊かさによって生み出されてきた。
研究者は、「予測」と「記憶」の能力だけでは二流どまりで、一流は、それにプラスして「ひらめき」を持っている。
「ひらめき」とは「反応」のことで、「命懸けの飛躍」ができるということ。サイコパスはそういうことにひといちばい慎重で、だから「予測」と「記憶」の能力が発達する。
つまりサイコパスの能力は、人類進化の資源(=結果)を扱う能力であって進化をもたらす能力ではない、ということだ。
人類は、「予測」と「記憶」の能力によって進化してきたのではない、そんな能力は、進化したことの「結果」にすぎない。
人類の歴史に進化をもたらしたのは、いつだって「ひらめき=命懸けの飛躍」だったのだ。そしてその無防備で他愛ない「ひらめき=ときめき」は、「処女=思春期の少女」においてもっとも豊かに発現されている。だから人類の集団は、「処女の舞」を尊重してきた。