いたたまれなさとなやましさ・ネアンデルタール人論226

人は住みにくさを厭わず住み着いてゆくことができる存在だから、地球の隅々まで拡散してゆくことができた。
故郷の景色は懐かしい。故郷のほうが住みよかった。故郷から離れることによって、いっそう故郷の景色の懐かしさが胸にしみてくる。
まあ、故郷にいるあいだは、故郷の景色のありがたさなんかよくわからない。
「あをによし」という枕詞がある。それは、奈良の都の景色のありがたさは奈良の都を離れることによってもっとも深く心にしみる、ということをあらわす言葉で、「あをによし」とは「遠い憧れ」というようなニュアンスというか意味なのだ。「あを」は「仰ぐ」の「あお」、すなわち「遠い」ということ。「よし」は「憧れ」。
故郷は「遠い」存在になることによって、よりいっそうの親密な感慨が湧いてくる。そのとき故郷は「非日常」の世界に存在している。
人が都会に憧れるのも故郷を懐かしむのも、この生この生活からはぐれてゆく心の動きにほかならない。
生きてあることはいたたまれないことだ。人の心は、つねに「今ここ=この生」の外の「非日常」の世界に対する「遠い憧れ」とともに生成している。この生がいたたまれないものであるからこそ、この生の外の「非日常」の世界に対する「遠い憧れ」が生まれてくるのであり、そこに向かって「飛躍」してゆく心の動きというか脳のはたらきとともに人類の知能が進化発展してきた。
人と人の「ときめき合う」という体験にしても、「自分=この生」の外の存在である他者に対する「遠い憧れ」の上に成り立っているのであり、知らないものどうしの「出会い」においてより豊かに実現される。つまり、仲間どうしが集団ごと移住していったのでは、「祭りの賑わい」という盛り上がりは起きない。仲良くすることが約束されている仲間どうしなら、その感動を共有することもまた、あらかじめ「約束された」予定調和の出来事にすぎない。盛り上がっているようでも、それは、誰もが自己陶酔しているだけのことで、「ときめき合っている」とはいえない。そういう「約束」を持たないものどうしが感動を共有していることに気づいてゆくときに、はじめて「ときめき合う」という関係が生まれてくる。

近ごろは「サプライズ」などとよくいうが、感動は、「今ここ」の「不意の出来事」として体験される。
「サプライズ』、すなわちこの生の外に「超出=飛躍」してゆくこと、そうやって「ときめき」が生まれ、そうやって人類は「故郷」を離れて地球の隅々まで拡散していった。
人類拡散は、仲間どうしの集団が移住していって起きたのではない。どこからともなく人が集まってきてときめき合い、その新しい土地に新しい集団が生まれていったのだ。
「どこからともなく人が集まってくる」というのは人類の普遍的な生態であり、原始人の人類拡散から近代のアメリカ移民まで、いつだってそのようにして起きてきたのだ。「都市の発生」だって、世界中みなそのようにして起きてきたし、現代社会で、たとえばスタジアムにたくさんの人が集まってくることも、ようするにそういうことだ。さらにいえば、商店に買い物客が集まってくるというそのことだって、そうした人類普遍の生態の上に成り立っている。
人は、「日常=生活」からはぐれてというかそれと決別して旅に出るのであり、そうやってスタジアムに人が集まってくるわけで、そこは「日常=生活=この生」の外の「非日常」の空間なのだ。
人類拡散は、「約束」を持たないものどうしがどこからともなく新しい土地に集まってきて「祭りの賑わい」が生まれてくることの果てしない繰り返しとして起きてきた。それは、集団からはぐれ出てきたものたちが出会ってときめき合っていったのであって、集団ごと移住していったのでは「出会う」という体験がなく、そこからはそういうダイナミックな「賑わい」は生まれてこない。
その「賑わい=ときめき」の中で、はじめて「もう死んでもいい」という心地になる。まあ、故郷にいようと離れていようと、「ときめく」という「非日常」の世界に超出してゆく心の動きを持っていなければ、「もう死んでもいい」という心地にはなれない。どこにいようと、「もう死んでもいい」という「ときめき」とともに、「ここが故郷だ」という感慨を持つことができる。

まわりの景色が生々しい「現実感=実在感」で迫ってくれば、この生に閉じ込められてしまったような息苦しさを覚える。その景色に「ここでもう死んでもいい」という感慨を抱くということは、「この世のものとは思えない」ような「非現実感=非日常性」を見ているからだ。人は、そうやって「風景」を発見し、「ここでもう死んでもいい」という心地になってゆく。
つまり、「生活」とか「日常」とか「自分」というようなものに執着・耽溺していたら、「もう死んでもいい」と思えるような「風景」に対する「感動=ときめき」はない。だから人は、旅に出る。故郷の景色の懐かしさやありがたさは、故郷を出てはじめて気づく。
風景の中に「非日常」の世界を発見すること、それが風景に対する感動だ。そうやって人は、捨ててきた故郷を懐かしんでもいる。
美とはひとつの「不思議」であり、この生の外の「非日常」の世界にある。
この生のリアリティ=現実感ばかりまさぐっていたら、心は病んでしまう。そのリアリティ=現実感は、まわりの世界に対する警戒心や緊張感からもたらされる。
なにかというと昨今は、「生活者の思想」なるものが人間性の証明や正義の論理であるかのようにまかり通っている世の中だが、そうやって「幸せ」を自覚し耽溺していることは、まわりの世界に対する警戒心や緊張感を生きていることでもあり、そのあげくに人は心を病んでゆく。
住みやすさの「幸せ」に執着・耽溺しながら世界がリアルに見えていることよりも、住みにくさを厭わないくらい世界がぼやけて見えていることの方が健康なのだ。そうやって原始人は住みにくさを厭わずに地球の隅々まで拡散していったわけで、それは、ある一点に焦点を結んでときめいているということでもある。そしてその一点とは、「非日常」的なこの世界の「不思議」なのだ。
ときめくとは、生活のリアルな手ごたえに執着・耽溺してゆくことではなく、生活の中のある一点に「不思議=非日常性」を見出してゆくことだ。
今どきの大人たちは、何もかもわかっているかのようなつもりになって、子供のように、どんな些細なことにも「何だろう?」と問うてゆく「好奇心=ときめき」を失っている人が多い。
かんたんに他人のことがわかっているつもりになって、平気で人を裁く。人を見下す。それは、「神の視線」なのか?そうやって心の中に「神」が棲みついて、かえって人に対して鈍感になっている。「自分(あるいは自分と神との関係)」ばかりにかまけているのだもの、「自分」の外の存在である他者に対して敏感になれるはずがない。

原始時代の人類拡散において、「住みやすい土地を求めて集団で移住してゆく」ということはありえない。またアフリカ中央部の人々は、歴史的に、大きな集団をつくれないしつくらない生態を持っている。そんな彼らが、ネアンデルタール人の集団を凌駕するほどの大集団を組織してヨーロッパに移住してゆくということなど、あるはずがない。原始人の能力においても、原始時代の環境においても、そんなことは不可能だった。
大きな集団をいとなむ能力なら、アフリカのホモ・サピエンスよりもヨーロッパのネアンデルタール人のほうがはるかに豊かにそなえていた。
アフリカ人の集団性は、仲良くすることが約束された予定調和の「部族意識」の上に成り立っている。彼らは、「見知らぬものどうしがどこからともなく集まってきてときめき合う」という体験を拒否する歴史を歩んできたし、それに対してネアンデルタール人は、まさにそういう体験の人類拡散の歴史の果てに北ヨーロッパに住み着いていった人々だった。
緊密な関係を求めていたら、大きな集団にはなれない。小さな集団であればあるほど緊密な関係になれる。たとえば、核家族のように。
人類がなぜ大きな集団をつくることができたかといえば、知らないものどうしがときめき合える生態を持っているからだろう。知らなものどうしの「出会い」のほうが、より豊かなときめき合う関係が生まれる。
都市は知らないものどうしの「出会い」が生まれる余地を残している場であり、だから田舎の村より人口が多い。田舎の人と人の関係はタイトだから大集団になりにくく、都市は緩やかで、しかも関係ない相手が無数にいる。関係が緩やかでないと、大きな集団にはなれない。

「日本人どうしの絆」だなんて笑わせてくれる、と思う。そうやって同質化し一体化してしまったら、大きな集団はいとなめないのだ。
われわれは、日本列島で暮らしているかぎり、自分が日本人だということなんか意識しない。そういうことは外国に行ってはじめて意識する。アメリカの「リトル・トーキョー」ならともかく、日本列島にいて「日本人どうしの絆」などというものはない。日本列島においては、「日本」は一番大きな集団の単位なのだから、伝統的にそれは、藩や県という「国=くに」の連合であって、「国=くに」という意識ではなかった。だから、国歌も国旗もない歴史を歩んできた。
日本人にとって「国=くに」とは町や村すなわち「故郷」のことであって、日本列島のことではない。
まあ四方を荒海に囲まれた島国だから、日本列島それ自体が「世界」であるかのような意識で歴史を歩んできた。
日本人にとって日本列島は「国」ではなく「世界」なのだ。したがって、日本列島という単位の「国」に対する「愛国心」などというものはよくわからない。そんな「愛国心」などないほうが、日本人としての本格的な歴史意識なのだといえる。その「愛国心=国家意識」は、明治以降に生まれてきたにすぎない。
日本人の歴史意識に、「愛国心」などというものはない。権力者はともかくとして、民衆は「国家意識」など持たない歴史を歩んできた。
古代人が「秋津洲(あきつしま)」とか「瑞穂の国」というときは奈良盆地(大和)のことであって、日本列島のことだったのではない。
「日本人どうしの絆」などというものはない。
絆だなんて、なんだかアフリカの部族意識みたいだ。
日本人にとっての日本列島は、知らないものどうしの「出会い」の場だった。他県や他藩はいわば外国だったのであり、「同じ日本人どうし」という意識などなかった。
この国には、「日本人」という意識の歴史風土はない。そういうべたべたした絆意識などない。
「出会いのときめき」は、「絆」など共有していない知らないものどうしのあいだで起きている。
人類の集団は、「絆=同族意識」で大きくなっていったのではなく、知らないものどうしの「出会いのときめき」によって大きくなっていったのだ。その淡い関係の中でこそ、人と人のより豊かなときめき合う体験が生まれる。そうやって人類は旅をしてゆき、より大きな集団をいとなむことができるようになっていった。
日本人は、同じ日本人だという「絆=部族意識(あるいは民族意識)」など持たない歴史を歩んできた。あくまで淡い関係の中でときめき合ってゆく文化をはぐくんできた。
「日本人」という意識などないからこそ、「故郷」がいっそう懐かしく思い出されるのだ。たとえば、日本列島で暮らすかぎりは、自分の原点は「故郷」にあるという思いがあったとしても、「日本人であること」にある、という思いにはなかなかなりにくい。
日本人は、日本人はどういう民族かということがよくわかっていないところがある。だから、外国人による日本人論を聞きたがるというかありがたがり、いわれて「なるほどそうか」と納得したりする。こんな国民は、ほとんど日本人だけだという話もある。
われわれは、外国人から日本人とはどんな民族かと聞かれても、うまく答えられない。よその国の人ほどの、あからさまな自画自賛はできない。自分の原点は、「日本人であること」にはないのだもの。
それは「故郷」にある。だが「故郷は遠きにありて思うもの」なのだ。われわれの心は、「日本人であること」からも「故郷」からもはぐれてしまっている。故郷に住んでいても、心は故郷からはぐれてしまっている。そうやってかんたんに故郷を捨ててしまうのも日本人の生態で、戦後のこの国では、あっという間に東京への一極集中が出来上がっていった。東京の人口は、戦後10年で2倍になり、20年で3倍の1000万人を突破していった。
そしてこのことの本質は、原始人による「人類拡散」の問題でもある。ネアンデルタール人だって、そうやって「故郷」からはぐれてしまう歴史の果てに北ヨーロッパにたどり着いた。彼らはこの生からはぐれてしまっている人々だったし、それこそが人間性の基本のかたちで、それによって人類の文化(知能)は進化発展してきた。

心がはぐれていってしまうこと、それは、この生からの超出であり、飛躍であり、ときめき感動することだ。
この生はいたたまれなく、そしてなやましい。人間ならだってそんな感慨を心の底に抱えているに違いない。喪失感とかむなしさとか絶望とかかなしみとか、そんな「嘆き」の上に人間性が成り立っている。「嘆き」を味わい尽くしながら、人間的な文化が進化発展してきたのだ。
先験的に前向きな心などというものはない。人の心がときめいたり感動したりするということは、そういう心の動きが起きるような契機というか原因があるということだろう。
たとえば、恋愛やセックスは「非日常」の体験だというが、げんみつには「日常」を「非日常」に変える体験であり、その「超出=飛躍」という動きがなければ快楽にはならない。大人になると、社会に飼いならされて「超出=飛躍」のタッチを失ってゆく。そうして、セックスや恋愛のポテンシャルも衰えてゆく。セックスや恋愛がしたくてたまらないのにできなくなってゆく。平和で豊かな社会の、その「ゆるーい幸せ」や「自尊感情」に執着・耽溺しながら「超出=飛躍」の契機を失っているのだから、できるはずがない。そうやって、恋愛やセックスがしたくてたまらないものほど恋愛やセックスができない、という皮肉が起きてくる。
ネガティブなところからポジティブなところに「超出=飛躍」してゆく。心の底に「嘆き」や「かなしみ」を抱えているからこそ、他愛なくときめいてゆくことができる。
「この生=日常=生活」や「自尊感情」に執着・耽溺しながら、「世界の輝き」に対する「非日常」の「ときめき」を欲しがっても無理な話に決まっている。厚かましいにもほどがある。セックスがしたくてたまらない人間がもっともセックスのポテンシャルが高いとはかぎらないのだ。そのポテンシャルは、生きてあることのいたたまれなさやなやましさを味わい尽くしているもののもとにある。そしてそれは、大人たちと若者との対比でもある。
生きてあることのいたたまれなさやなやましさこそが「超出=飛躍」の契機になる。