「一体感」という「けがれ」・ネアンデルタール人論112

原始人は、集団で移住していったのではない。「集団を離れていった」のだ。そうやって人類拡散が起きたのだし、そもそも原初の人類が二本の足で立ち上がったこと自体が、離れ離れになってたがいの身体のあいだに「空間=すきま」をつくり合う体験だったのだ。そうやってそのとき、「別れのかなしみ」と「出会いのときめき」を同時に味わった。
そしてそれは、猿としての生き延びる能力を喪失・放棄する体験でもあったわけで、人間的な、この生の外の「非日常」の世界に超出してゆく「ひらめき」や「ときめき」という心の動きが生まれてくる契機にもなった。そういう「別れ」の体験でもあった。
人は、「別れ」を意識し、生きてゆくいろんな場面で避けがたく「別れ」が起きる生態を持っている。「さよならだけが人生だ」という言葉もあるくらいで、「別れ」の体験こそが人の知性や感性を育て、人間社会の動きにダイナミズムをもたらしている。
「別れ」を意識し、「ここにはあなたがいない」というかなしみを持つ存在だから、「ゼロ」という概念を発見した。
幼児の親に対する第一反抗期だろうと、第二反抗期の少年・少女が家族の外に出て恋や友情に目覚めてゆくことだろうと、「別れ」の体験なのだ。
人と人の関係において、「一体感」はひとつの「けがれ」なのだ。だから自然に「別れ」という関係が起きてくる。「別れ」はひとつの「みそぎ」の体験であり、そこにおいて「別れのかなしみ」というカタルシス(浄化作用)が汲み上げられてゆく。
そういうカタルシス(浄化作用)を体験できないものが「一体感」を欲しがる。彼らは「マニュアル」との予定調和の「一体感」を生きて、発想の飛躍がない。この生の外の「非日常」の世界に対する「遠い憧れ」がない。そういう即興性(アドリブ)というか出たとこ勝負の「ときめき」や「ひらめき」がない。彼らはもう、この生の外の世界までも「天国」とか「極楽浄土」とか「生まれ変わり」などという予定調和の「物語」にしてしまっている。


今ここのこの生の外の「非日常」の世界には、「何もない」のだ。「ない」ものを「ある」かのように考えることなんか考えるのはかんたんで、人の観念のはたらきはそのように思い込んでゆくことできるようになっている。そうやって「天国」や「極楽浄土」や「生まれ変わり」を見てきたような気になって吹聴しまくっている人間が、いつの時代も人の世には大勢闊歩している。
しかし、「ない」ものは「ない」のだ。その「何もないこと」ことに対する「かなしみ」とともにそこからカタルシス(浄化作用)を汲み上げてゆくことができるのも人間性の本質・自然であり、二本の足で立ち上がった原初の人類は、頭上の遠く青い空の「何もない」ことへの「遠い憧れ」を抱きながら人としての歴史を歩みはじめたのだ。
天国や極楽浄土があるのかないのかということを議論してもしょうがないのであり、大事なのは、人の心は「何もない」ということに対する「遠い憧れ」を持っているということ、そこから人心が深く豊かにはたらいてゆく。
命を大切にするとかしないとか、そんなことはどうでもいい。明日死んでしまうことよりも百年先まで生き延びることの方に価値があるなどということはいえない。命に価値なんかない。命なんかただの「けがれ」なのだ。しかしそれでも人は生きているという「いまここ」の現実があり、心が深く豊かにはたらくカタルシス(浄化作用)を汲み上げることができなければ人は生きられない。
「別れ」は、生きてあることの「けがれ」をそそぐカタルシス(浄化作用)なのだ。そうやって人は「別れ」を意識し、人の世に避けがたく「別れ」が生まれてくる。「別れ」を受け入れることによって、生きてあることのカタルシス(浄化作用)が汲み上げられる。
人と人が出会っているということそれ自体に、たがいの身体のあいだに一体化することのできない「空間=すきま」が横たわっているという「別れのかなしみ」が含まれている。その隔たりを「遠い憧れ」とともに飛び越えてゆく「出会いのときめき」はそのまま「別れのかなしみ」であり、「別れのかなしみ」はそれによってその相手がより愛おしくなるという「出会いのときめき」でもある。


人類は、その歴史のはじめから集団の離合集散を繰り返してきた。そうやって人類拡散が起きていったのであり、その果てに氷河期の極北の地までたどり着いたネアンデルタール人は、歴史の無意識として「別れのかなしみ」と「出会いのときめき」を深く知っていった。
その「別れのかなしみ」とともに「埋葬」という生態=文化が生まれてきた。
これはまだ考古学の発掘証拠は出ていないが、おそらく人類で最初に埋葬をしたのは数十万年前の極北のネアンデルタール人(の祖先)だったのだ。なぜなら彼らこそもっとも深く「別れのかなしみ」を知っている人々だったからだ。そこは、どこよりもたくさんの人が死んでゆく場所だったのであり、とくに自分の産んだ子に先立たれることほど悲痛なかなしみをもたらす体験もなく、そのような乳幼児を洞窟の土の下に埋めたのが人類の埋葬の起源だったのだろう。
まあ縄文人も、乳幼児を家の戸口の下に埋めていた。縄文学者のほとんどはそれを「霊魂」とか「生まれ変わり」に対する意識の問題として解釈しようとしているが、ばかばかしい、かなしみがきわまってそれでもなお一緒にいたかったというだけのことではないだろうか。
やわらかい乳幼児の骨は長くても数万年で土に溶けてなくなってしまうから、数十万年前のネアンデルタール人の乳幼児の埋葬の証拠が出る可能性はほとんどないが、乳幼児がどんどん死んでゆくという状況は彼らがその地に住みはじめた50万年前こそもっとも過激だったのであり、その情況を超えて彼らが生き残ってきたことは、ほとんどもう奇跡的なことだったに違いない。
「別れのかなしみ」は、その当時の世界でネアンデルタール人がいちばん深く感じていた。なぜならいちばんたくさん人が死んでゆく社会だったからだ。「別れ」という体験を受け入れなければ、誰も生きられなかった。彼らほど「別れのかなしみ」を深く体験している人々もいなかったし、そのかなしみから生きてあることのカタルシス(浄化作用)を汲み上げてゆくことに目覚めていった人々でもあった。
生きてあることのカタルシス(浄化作用)は、消えてゆくことのカタルシス(浄化作用)であり、セックスのエクスタシーはそのようにしてもたらされる。彼らは。そういうエクスタシーを知っている人々でもあった。そうでなければ、毎晩のようにセックスすることなんかできない。そうして「別れのかなしみ」と「出会いのときめき」を深く豊かに知っている人たちだったから、相手は誰でもよかった。彼らは、同じ相手とばかりセックスしたり暮らしたりすることの「穢れ」をよく知っていた。
人と人の関係を深く豊かにしているのは「別れのかなしみ=出会いのときめき」であり、なれなれしく「一体感」に浸ってゆく充足にあるのではない。その「一体感」は、ひとつの「けがれ」なのだ。


人は、必ず死ぬ。「別れのかなしみ」を避けて生きてあることはできない。そして「別れのかなしみ」とともに、さらに死者がいとおしくなる。「別れ」は、さらにその人がいとおしくなる体験なのだ。人と人が遠く離れてゆくということは、人間の本性としての「遠い憧れ」がさらに募るということであり、そうやって人類は「別れ」を受け入れながら歴史を歩んできた。
「別れのかなしみ」を知っているものこそが、「出会いのときめき」を深く豊かに体験している。
他者との「一体感」の充足に酔いしれて「別れ」を受け入れることができないものには、「出会いのときめき」もまた知らない。
人は、集団内の他者との関係が密着してくる「けがれ」に耐えかねて旅に出る。そうやって人類拡散が起きていった。べつに「ユートピア」を目指したのではない。原始人はみな「あの山の向こうには何もない」と思っていた。目の前の見渡すことができる景観がこの世界のすべてだった。それでもそのむこうの「何もない」ということに引き寄せられるように拡散していった。頭上の遠く青い空に憧れるように。
他者と一緒にいるというそのことに「別れのかなしみ」と「出会いのときめき」が含まれている。心にそのタッチを持っていなければ一緒に暮らせない。
他者に対して「遠い憧れ」とともにときめいているということは、密着することのできない絶望的な「隔たり」を感じているということだ。「隔たり」がなければ、人と人がときめき合うことはない。人と人の関係の自然・本質としての、その「絶望的な隔たり=別れのかなしみ」が人の心に「ときめき」という飛躍をもたらす。そうした関係意識を濃密に持っているところにヨーロッパ人の孤独=孤立心があり、それこそが集団の離合集散を繰り返していたネアンデルタール人のメンタリティでもあった。彼らの乱婚関係(フリーセックス)は、ただけものじみて野放図だったというのとはちょっと違う。
人と人のあいだに「別れ」という関係が生まれることは避けがたいことであり、一緒にいるということ自体に「別れ」が含まれている。一緒に暮らしていても、心と心は離れ離れになって「遠い憧れ」とともにときめき合っているところにこそ、人と人の関係の自然・本質がある。


現代人が合唱している「心と心がつながっている」などという「一体感」は、幻想であり病理的な意識にすぎない。心と心が響き合うことはあっても、つながることなんかない。その言葉や表情やしぐさからたがいの心のあやに気づき反応し合うことができなくなっているものたちが「一体感」に潜り込もうとする。今どきは戦後の核家族によって一体感に潜り込んで育ってきたからか、最初から人の「心のあや」に気づくことができなくなっている人間も多い。
彼らは、「別れ」に耐えられない。「別れのかなしみ」からこの生のカタルシス(浄化作用)を汲み上げてゆくことができない。まあ人間なら誰だって無意識のうちにそれを汲み上げて生きてゆくということをしているのだが、それをさせないで「一体感」を生きよと迫ってくる社会の構造がある。その方が権力者は支配しやすいし、人と人の関係も予定調和のマニュアルだけですんでゆく。ひとまず平和で豊かな社会であるのだが、そうやって社会病理が露呈してきてもいる。健康なつもりでも、どこか病んでいる。どこか病んでいる人間が、その「一体感」を持つことこそが健康なのだと自慢してのさばっていたりする。
単細胞生物だって細胞分裂して生殖するのだから、雌雄に分かれた生きものの生に「別れ」がともなわないはずがない。
「別れのかなしみ」は人の心の通奏低音であり、だから人は旅に出るのだし、定住して一緒に暮らしていても、心の底に「別れのかなしみ」を持っていないなれなれしい関係は、いずれ崩壊するほかない。
まあ、今どきの多くの親たちは「一体感」の「けがれ」に無自覚で、子供たちは無意識のうちにそれを自覚して追いつめられたり逃げたりしてゆく。そうやって戦後の核家族が崩壊していった。
「けがれ」を自覚しながら歴史を歩んできた民族なのだから、あまりなれなれしい関係は性に合わない。なれなれしい関係になることに対する「穢れの自覚」と「はにかみ」がある。
西洋人が誰もが心の中に「孤独」を持つことによって集団の定住生活を成り立たせてきたのだとしたら、日本人は「はにかみ」によってそれを成り立たせる歴史を歩んできた。「孤独」を知らない民族が「民主主義」や「近代合理主義」の洗礼を受けて「穢れの自覚」と「はにかみ」を失い、妙ななれなれしさや一体感や支配欲や自意識過剰がはびこる世の中になってきた。
日本人は「孤独」を知らないから、どんな異文化もひとまず受け入れてしまう。はにかみながら受け入れ、それを日本的にアレンジしながら定着させてゆく。そういう歴史を歩んできたわけだが、はにかみを失ったまままるごと受け入れようとすると、いろんな軋みや歪みが生じてしまう。
「はにかみ」は、「別れのかなしみ」であり「出会いのときめき」でもある。「別れのかなしみ」や「出会いのときめき」を生きているところから「はにかみ」や「孤独」が生まれてくる。


たとえ一緒に暮らす家族であっても、「別れのかなしみ」と「出会いのときめき」が通奏低音として流れていなければ成り立たない。もともとこの国の家族はそういう「けがれの自覚」と「はにかみ」を育てる場所だったのであり、それを携えて社会の動きに参加してゆくという構造になっていた。ところが戦後の核家族は「一体感」の温床になっており、その延長で社会の人と人の関係も「一体感」の「けがれ」に無自覚なまま、かえってぎくしゃくするようになってきている。
マイホーム幻想……内田樹などは、戦後の核家族における夕食のときに家族全員が集まった一家団欒の風景が家族のかたちのひとつの理想であるかのように語っているが、その「一体感」こそが現在の社会病理につながっているのであり、子供たちは、その「一体感」に倦んで自分の部屋に引きこもるようになっていったのだ。
日本人は、伝統的に、「一体感」を持つことのその「なれなれしさ」に対する「はにかみ」がある。「一体感」は「けがれ」なのだ。その自覚とともに、はにかみながら、親子でも夫婦でも、必要以上になれなれしくしない文化を育ててきた。
そして戦後の核家族の親たちは、夫婦の関係でも子供との関係でも、なれなれしく「一体感」を持つことを求めていった。
戦後は、男女平等とか民主主義とか、アメリカの圧力とともに社会の構造が急激に大きく様変わりしていった。その反動だろうか。その無惨な敗戦の反省=反動として、アメリカ的な「民主主義」とか「男女平等」といったものをそのまま生のかたちで受け入れていった。そうやって歴史と伝統を打ち捨ててその風になびいてゆくことの不安というのもあったのだろうか。その「一体感」は、自然にそうなっていったというより、無理してそれを演じようとしていたというか、時代に踊らされているというような座りの悪さがあった。
現在のこの国は、「男女平等」とか「民主主義」ということをきちんと消化しきれているだろうか。いや、いまだに胸のむかつきや吐き気が残っている。

さしあたり「一体感」に潜り込むように振る舞えば時代に取り残されることはない、と思う風潮がある。時代をリードし、時代の波に乗っかったものが勝ちなのだ。
「男女平等」という一体感、「民主主義」という一体感、付け焼刃の「男女平等」と「民主主義」。
戦争の時代は「国家」としての一体感が機能していたが、戦後はもう、個人と個人のというか自我と自我が絡まり合う一体感が社会全体に蔓延してゆき、日本的な支配し合ったり裁きあったりする「一体感=けがれ」に対する「はにかみ」を失っていった。
今どきの親が求めるその「一体感」に囲い込まれて子供はどのように育ってゆくのか。そして「一体感」を信仰する親たちの心はどのようになってゆくのか。それが極端になれば、子供は発達障害を起こし、親たちはやがて認知症鬱病やインポテンツになってゆく。その「一体感」によって、ひきこもりとか家庭内別居とかDVとか、いろいろややこしい「家族の崩壊」になっていったりもしている。
「一体感」に浸されてしまうと、「別れ=別離=喪失」の体験に耐えられなくなってしまう。「別れ=別離=喪失」こそこの生の正味のかたちだというのに。
われわれは、この命を喪失し続けながら生きているのだ。
家族は、必ず解体される。親はいつか必ず死んでゆくのだし、子供はやがて家族の外に出てゆく。「別れる」ことこそ家族のいちばんの仕事なのに、いまどきは、そのことに耐えられなくなっている。耐えられなくなって、とても不自然なかたちで崩壊していっている。
親による子供との一体感は、子供を支配しきることによって実現する。
夫婦が一体感に浸っているとき、たがいにきつく支配し合っている。
戦後の日本人は、「支配する」ことに目覚めていったのだろうか。戦争中は支配されきっていたから、その反動だろうか。民主主義とは、民衆が権力者を支配することだろうか。誰もが、国を背負ったようなことをいっていい気になっていやがる。
支配することは後ろめたく気が滅入るし、支配されることは鬱陶しい。どちらもいやだ。その密着した関係のことを「けがれ」という。「別れのかなしみ」とともに「けがれ」をそそいでゆく。そうやって人は旅立ってゆくのだし、そうやって心は解き放たれる。頭上の遠く青い空に対する憧れとともに。