防御の盾としての無防備・ネアンデルタール人論111

ネアンデルタール人は、身体形質だけでその極寒の環境を潜り抜けていったのではない。彼らの祖先が北ヨーロッパまで拡散してきた50万年前はまだ、アフリカ人とそう変わりない身体形質だった。最初からあんなずんぐりとした体型だったのではない。それでもそこで生き残ってゆくことができたのは、それなりに寒さを防御する文化=生態をつくってゆくことができたからであり、つくってゆくことができる資質を備えた人々だったのだ。
その資質はおそらくアフリカから離れて拡散してゆきながら育っていったわけだが、それは、かんたんに集団からはぐれていったり、他愛なくときめき合いながら新しい集団をつくってゆくことができたりするメンタリティにあった。集団の離合集散がなければ、人類が地球の隅々まで拡散してゆくということなど起きなかった。その離合集散のメンタリティとともに、寒さを防御する生態=文化が育っていった。
彼らは、寒さに適合していたのではない。適合していたら、あんなにも身体形質が歪んでゆくことはない。適合していなかったから歪んでいったのであり、適合したら歪みは取れてゆく。そうやって氷河期の寒さが一時的に緩んだ4〜3万年前ころには歪みのない身体形質になってゆき、2万5千年前ころから寒さがぶり返すとまた歪んでゆき、1万3千年前ころに氷河期が明けると、また歪みが取れて現在のヨーロッパ人のような身体形質になってきた。
ネアンデルタール人の身体形質が歪んでいたということは、寒さに適合していたということではなく、寒さにあえぎながら生きていたということを意味するのだ。身体形質を歪ませながら寒さに耐えていたのであって、適合していたのではない。彼らは、世の凡庸な人類学者たちが考えるほどお気楽だったのでも、けものじみて屈強だったのでもない。
あえぎつつ、しかし寒さを防御する生態=文化を育てながらようやく生き残っていったのだ。
防御の固さと執拗な探求心は、ネアンデルタール人以来のヨーロッパの伝統である。そしてその防御の固さと執拗な探求心は、かんたんに離合集散が起きるような人と人の関係の遠さ、すなわちひとりひとりの「孤独」や、そんな中で別れにかなしんだり出会いにときめいたりしてゆく「遠い憧れ」とともにあった。
他者に他愛なくときめきつつ他者とくっつくまいとする孤独というか孤立心が、ヨーロッパ人の防御の固さや執拗な探求心になっているし、それがまあ人類史の伝統でもある。


ヨーロッパ人の固い防御と執拗な探求心は、寒さに対する防御の生態=文化を死に物狂いで育ててきたネアンデルタール人以来の伝統であり、そうやって彼らは無防備に他愛なくときめき合ってもいた。
無防備と堅い防御。
この二つは、必ずしも矛盾しない。
たとえばシマウマは、近くにライオンがいても、まるで気にもならないかのように悠然と草を食んでいる。しかしいったんライオンがシマウマに向かって動き出せば、たちまち察知して逃げてゆく。
武道の達人は、ふだんは脱力して「無」の状態でいるが、どこから攻撃されても素早くその動きに対処することができる、といわれている。
つまり、リラックスしている方が反応は早いのだ。四方八方に意識を張り巡らせて緊張していれば、心も体もこわばり、かえって反応が遅れてしまったり反応できなかったりする。
自閉症的な傾向が強い人は、たえず自分の外の世界を警戒し緊張しているから、そのような反射神経があきれるくらい鈍かったりする。前から歩いてくる人とぶつかりそうになったら素早くよけるということは、無防備にリラックスして歩いている人の方が上手なのだ。そういう「反応の早さや豊かさ」としての「防御の固さ」は、「無防備」な人の方がすぐれている。
これはその人の生き方の問題でもあり、だから自閉症的な傾向の強い人は、徹底的に防御のためのマニュアルをつくって生きてゆこうとする。
防御のためのマニュアルをしっかり持っている人は、とうぜんそうやって「防御の固さ」をそなえているのだが、それ自体防御の甘さゆえのことであり無防備だともいえる。
それは、マニュアルにあることしか防御できないということであり、マニュアル以外のところにいっぱい隙がある。相手が前から攻めてくると決めてかかっていれば、後ろから攻められたらもう反応できない。
「四方八方に意識を張り巡らせている」ということは、意識の焦点があちこちに散らばって一点に結ばれていないということを意味する。そういう「緊張感」ばかりたぎらせていると、とっさに反応して「一点に結んでゆく」という「集中力」が持てない。
「ときめき」とは、意識の焦点が一点に結ばれる「集中力」のこと。自分の外の世界や人に対する「警戒心」や「緊張感」ばかりたぎらせて生きていると、「集中力=ときめき」を失ってゆく。現代社会はそういう生き方を余儀なくさせられる構造があり、そうやって社会の構造に取り込まれていった大人たちが認知症鬱病やインポテンツになっているのだし、子供や若者たちだってそれなりに取り込まれてしまっているのだろう。


ネアンデルタール人の、(寒さに対する)防御のメンタリティは、「自己保存の本能」とか「外の世界に対する警戒心と緊張感」というようなことではない。それは、人間としても生きものとしても、防御の本質とはいえない。
武道の達人もシマウマも、そんなメンタリティで自分の身を守っているのではない。
無防備だからこそより高度な防御になる、という逆説がある。
ネアンデルタール人の寒さに対する防御の方法としては、さしあたって、動き回って体温を上げるとか、くっつき合ってたがいの身体を温め合うとか、そのようなことが基本になっていたのだろう。
人類学ではよく、衣装をつくるための「縫い針」を持っていたかどうかが寒さに耐えることができたかどうかの分かれ目だった、というようなじつにくだらないことが語られたりしている。そんなもの、動物の毛皮をそのまま体に巻き付けているだけの方がもっと暖かかったりする。
「縫い針の文化」などどうでもいいし、最近の考古学では、ネアンデルタール人だってそれを持っていたといわれるようになってきている。
どんな衣装を着ようと、外に出れば凍えるように寒かった。氷河期の冬になれば、毎日毎日が零下何十度という環境だったのだ。じっとしていたら凍え死んでしまうような環境だった。
衣装の問題だけで解決できるような環境ではなかった。
すなわち、寒さを防御できる生態やメンタリティを持たなければ、そこでは生きられなかった。
ネアンデルタール人が熱中した狩りは、大型草食獣との死をもいとわぬ肉弾戦を挑んでゆくことにあった。それによって死んだり骨折したりすることは、いわば日常茶飯事だった。ネアンデルタール人のほとんどの男の骨には骨折のあとが残っている、ともいわれている。
だから彼らは、繊細なかたちの石器よりも頑丈な石器を好んだ。彼らの石器の歴史においては、一時的に新しい繊細な石器が流行しても、またすぐに旧式の頑丈な石器に戻ってしまうということを繰り返していた。
夢中になって動き回るということをしないと、体は暖まらない。彼らには、その世界に対する警戒心や緊張感は希薄だった。そんな心を持っていたら、寒さに凍える自分の体をたえず意識していなければならなくなる。外の世界に対して無防備になってゆくことこそ、彼らの「防御」だった。
女たちのお産だって、未熟児では生きられない環境だったせいか、現在よりもひと月近く妊娠期間が長く、その行為には大きな苦痛と危険がともなった。それでも、それをいとわず産み続けていた。また生まれた子供のほとんどは乳幼児の段階で死んでいったのに、それでも産み続けていた。「無防備」であることこそ、彼らの「防御」だった。
彼らの、寒さに対する「防御」のメンタリティは、「自分=身体」を忘れてゆくことにあった。
現代人が世界との「一体感」に充足していようと、警戒心と緊張感を募らせていようと同じことで、そうやって意識は「自分=身体」に張り付いている。それに対してネアンデルタール人にとっては、意識を「自分=身体」から引きはがし、世界に対して無防備に他愛なくときめいてゆくことこそが「防御」になっていた。そしてそれはひとつのことに対する関心をけっして手放さないという「探究心」でもあり、それが現在にも続くヨーロッパの伝統になっている。氷河期のそこは、世界や他者に対する「関心=ときめき」を失ったら凍え死んでしまう環境だった。ヨーロッパ人のあの「まなざし」の濃密さは、ひとつの探求心であり、無防備で他愛ないときめきでもある。
人類拡散は、より住みにくいところ住みにくいところへと住み着いてゆくことだった。そんなことがなぜ起きたのかといえば、「無防備」になることこそがその厳しい環境に対する「防御」になっていたからだ。「警戒心と緊張感」を持っていたら、けっしてそんなところに住み着いてゆこうとはしないし、できない。
ネアンデルタール人の寒さに対する「防御」の生態=文化は、徹底的に意識を自分の身体から引きはがしてゆくことにあった。ヨーロッパ人の防御の固さや執拗な探求心はもう、そうやって寒さに鍛えられてきたネアンデルタール人以来50万年の歴史の伝統がある。彼らの防御の固さは彼らの「孤独」の深さでもあるのだが、そこのところが日本人は良くも悪くも鍛えられていないから、あんがいかんたんに「一体感」に引きずり込まれていったりしてしまう。


他者に対する「警戒心と緊張感」を募らせて生きている人間なんか、誰も好きになってくれないだろう。そうやって彼は、他者に対する「防御」に失敗している。その「警戒心と緊張感」で相手を支配=干渉しにかかったあげくに、いつも相手から逃げられてしまう。
支配欲とは、他者との一体感を欲しがること、それを欲しがってあれこれ干渉してゆく。ヨーロッパ人はそうかんたんに一体感にまどろんでゆくようなことはしない「孤独」の深さを持っているが、日本人はあんがいかんたんにそこに引きずり込まれてしまうところがある、
干渉されるのは鬱陶しいことだ。太平洋戦争のときは人々が支配=干渉し合ってその一体感に盛り上がっていたのだろうが、それはもう、今どきの原発反対や安保法制反対の市民運動だって同じことだろうし、ネトウヨたちのあの妙な「一体感」の興奮と盛り上がりはいったいなんなのだろうとも思う。みんなして世界に対する「警戒心と緊張感」を募らせ、人がほんらい持っているはずの「遠い憧れ」や「他愛ないときめき」を失っている。
いや、誰の中にも「遠い憧れ」や「他愛ないときめき」はあるのだが、今どきの世の中はあさましく「一体感」を求めて動いており、それを求めることが正義で、それを求めよとせかせてくる。それを求めて人間的なあたりまえの知性や感性を失いながら認知症鬱病やインポテンツになっていっているだけのくせに、まったく、かんにんしてくれよ、と思う。
他者との「一体感」を欲しがるなんて、他者を警戒し緊張しているからだ。というか、「一体感」が称揚される世の中だからこそ、人々の心に警戒心と緊張感が募ってくる。
まったく、鬱陶しい世の中だ。
戦後の核家族は、「一体感」を求めて干渉し合いながら崩壊していった。それがそのまま今どきの世の中の動きというか人と人の関係の主流になっているのだろうが、それでも人が人であるかぎり心の中に「遠い憧れ」や「他愛ないときめき」は息づいているわけで、それでも「人は世界の輝きに他愛なく無防備にときめきながら生きている」という現実がまったくないともいえない。
「防御」の本質は、世界の輝きに他愛なく無防備にときめいてゆくことにある。武道の達人もシマウマも、そうやって意識の焦点を一点に結んでゆく能力に優れているのであり、それこそがネアンデルタール人の寒さに対する「防御」の生態=文化でもあった。