旅の語源・「漂泊論」80

     1・言葉は、どのようにして生まれてきたのか
このへんで、「旅(たび)」というやまとことばの語源を確認しておきたい。
古いやまとことばは、ほとんどが、「意味」としてではなく「感慨」の表出として成り立っている。だから、その語源を問うことは、古代人や原始人の心に遡行することになる。
旅の意味なんか、聞かなくてもわかる。
言葉が「意味」の表出伝達として生まれてきたということなど、あるはずがない。
西洋や中国では、共同体(国家)があらわれ文字が生まれてくるころには、言葉が「意味」をあらわす機能に変質していったが、日本列島の住民は、長いあいだ共同体(国家)も文字も持つことなく、ひたすら言葉を感慨の表出の機能として洗練させていった。
「たび」は、旅の「意味」ではなく、旅に対する「感慨」をあらわす言葉だった。
「たび」の語源は、いろいろいわれているが、これといった定説がない。
語源辞典などには「他火」とか「他日」とかの漢字を当てて推測する解釈が記されているが、これらはみな信用できない。
語源学者なんて、誰もが「意味」で語源を探ろうとしている。そんな思考態度で語源が明らかになるものか。そもそもやまとことばの本質的な構造そのものを見誤っている。彼らのこの態度が改まる日はくるのだろうか。
いまは世の中全体が、この世界は「意味」で成り立っていると思っている。それは、近代の制度的な思考である。時代が変わらないないかぎり、いつまでたっても「意味」で語源が語られているのだろう。
漢字を当てるときには、「意味」をはめ込むかたちでなされる。漢字とはもとと「意味」をあらわす文字なのだから、当然そうなる。しかしそれでは、その言葉が生まれてくるようになった「感慨の表出」という「契機」のニュアンスが消えてしまう。
語源を問うとは、そういう「契機」を問うということだ。「意味」をあらわそうとしてその言葉が生まれてきたのではない。
言葉が最初に生まれてきたとき、そのことの「意味」というか、そことのなんたるかはすでにみんなが知っていた。そしてそのことに対する感慨が他者と共有されていることを知ったとき、人々はときめいた。
「りんご」という言葉は、「りんご」のことをみんなが知っている集団から生まれてきた。だからそのとき、いまさら「りんご」の「意味」を知る必要なんか何もなかった。りんごはおいしいとかきれいだという「感慨」を共有していることに気づいたときに、他者との関係に対するときめきが生まれ、そのときめきから思わず音声がこぼれ、それが言葉になっていった。
言葉は、他者と向き合って存在していることのときめきから生まれてきた。そのときめきから、思わず音声がこぼれ出た。その音声が言葉になっていった。
意味を伝えるためじゃない。
他者とともにいることのときめきが言葉=音声になった。
どのようにしてときめくかといえば、「ああそうそう、私もそうなのよ」というときこそ、いちばんのときめきだろう。
りんごのことを「りんご」といえば、誰もが「ああそうそう、私もそうなのよ」という気持ちになった。
それは、りんごの「意味」を共有してゆく体験ではない、りんごに対する「感慨」を共有しているのだ。
「感慨」を共有して、はじめて言葉=音声になる。
「いやなやつよねえ」「ほんとにそうねえ」……そうやって「感慨」を共有しながら人と人の会話が盛り上がる。
胸に思いが満ちてくるという体験がなければ音声はこぼれ出てこない。
みんなで生きてゆくための道具として言葉が考え出されてきたのではない。
みんなで生きていることの「結果」として言葉が生まれてきたのだ。
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     2・集団性と孤立性
原始人は、集団をつくろうとする方法論で集団をつくっていたのではない。
人間は、根源において、集団をつくろうとする衝動を持っていない。
原初の人類は、集団の鬱陶しさから逃れようとして二本の足で立ち上がっていった。
その姿勢は、集団から逃れて孤立した存在であろうとする衝動の上に成り立っている。
だから人は、旅をする。
とはいえ、二本の足で立っている姿勢は、集団の中に置かれてあることを前提としている。
それは、集団の中にいても身体の孤立性が確保される姿勢として生まれてきた。
その姿勢は、他者と向き合っていることによって安定する。他者の身体が前になければ倒れてしまいそうになる姿勢である。そのとき、目の前の他者の身体が心理的な壁になってくれている。
猿は、その姿勢を取るとき、少し背中を丸めて足を踏ん張っている。しかし人間は、まっすぐに立って、足も踏ん張っていない。それは、他者の身体が前にあることが、すでに無意識の中にインプットされてあるからだ。いなくても、いることを前提にした意識で立っている。
そのようにしてわれわれは、「集団の中に置かれてある」という前提で存在している。
だから、旅に出てひとりになれば、集団に引き寄せられてゆく。つまり立っている姿勢が不安定になってきて、他者の前に立とうとする衝動が起きてくる。
そうして集団の中に入れば、孤立性を守ろうとする意識が際立ってくる。
人間の二本の足で立つ姿勢は、孤立性を守る姿勢であると同時に、群れの中に置かれてある姿勢でもある。
群れの中に置かれてあることによって、はじめて孤立性を確保することができる。
だからわれわれは、街の雑踏の中に出かけてゆく。コンサートやサッカースタジアムに人が集まってくる。そこではじめて二本の足で立つ姿勢が安定し、身体の孤立性が確保される。
人間の意識は、孤立性と集団性がセットになっている。
われわれは、ひとりでいるとき、すでに他者の前に立っている。
他者の前に立っているとき、すでにひとりになっている。
そのようにしてわれわれは、先験的に集団の中に置かれて存在している。
したがって人間は、集団をつくろうとする衝動は持っていない。集団の中に置かれてあることを前提に発想するのが人間の意識なのだ。
つまり言葉は、集団をつくるための道具として生まれてきたのではない、ということだ。
集団の中に置かれてあることを前提とした意識が、そこで身体の孤立性を守ろうとして音声が発せられる。
集団の中にいれば身体が窮屈で鬱陶しくて、意識が身体に張り付いてしまう。その、身体に張り付いた意識を引きはがすように言葉が洩れてくる。
音声を空間に向かって吐き出す。そしてその音声を聞けば、そこに空間が存在することに気づく。
向き合ってたがいに音声を吐き出し合う(=会話をする)ということは、たがいの身体のあいだに「空間」が存在するということを確保し合い確認し合う行為である。
そのようにして、たがいの身体の孤立性が確保され、たがいに向き合って存在しているという集団性が確保される。
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     3・胸に思いが満ちて言葉が生まれてきた
人間が言葉を交わし合うことは、すでに集団の中に置かれてあるという前提を持ったものどうしの、集団性と孤立性を同時に止揚してゆく関係の作法なのだ。
言葉によって集団がつくられるのではない。すでに存在している集団の鬱陶しさをやりくりするための機能として言葉が生まれてきた。
起源としての直立二足歩行だって、すでに存在している集団の鬱陶しさをやりくりするための姿勢だった。
人間の意識は、すでに集団の中に置かれて存在している、という前提を持っている。したがって人間には、集団をつくろうとする欲望はない。
言葉は、集団をつくるための機能として生まれてきたのではない。
言葉は、集団=世界をつくらない。すでに集団=世界が存在する、という前提で生まれてくる。だから、言葉は地域ごとに違う。
集団が言葉を生みだすのであって、言葉が集団をつくっているのではない。
すでに集団の中に置かれて存在しているという前提の、その鬱陶しさから逃れて孤立性を守ろうとする意識から、思わず音声が洩れてくる。
そうして、孤立性を確保することが、集団=関係を止揚することになる。
人間は、第一義的には孤立性を確保しようとする生き物であり、それは、あらかじめ孤立性を失っているところから生きはじめる、ということだ。
密集し過ぎた集団の中に置かれて身体の孤立性を失っていることの鬱陶しさやいたたまれなさから、その鬱陶しさやいたたまれなさを吐き出そうととして、思わず音声が洩れてきた。これが、言葉の起源だ。
集団をつくろうとする目的で言葉が生まれてきたのではない。
集団の中に置かれてあることの感慨を吐き出すようにして言葉が生まれてきたのだ。
まあそれは、鬱陶しさやいたたまれなさの感慨だけではない。よろこびやときめきもあった。
人間は、猿から分かれて二本の足で立ち上がることによって、はちきれそうな思いが胸の中にあふれてくる生き物になった。その思い=感慨が言葉=音声になっていったのだ。
言葉に意味を賦与してそれを集団=関係を運営するための道具にしようと発想されてきたのは、そのずっとあとの共同体(国家)が存在するようになってからのことだ。
言葉を持っていない段階で言葉を発想することは、原理的に不可能である。人間は、言葉を持ったから、言葉を関係=世界をつくるための道具にしようと発想していったのであって、最初からそれを発想して言葉を生みだしたのではない。
したがってわれわれがたとえば「たび」というようなプリミティブな言葉の語源を問うとするなら、その「意味」ではなく、そういう音声が口からこぼれ出る「感慨」を問うてゆくしかない。
古代人や原始人の旅をすることに対する感慨が、「たび」という言葉=音声になったのだ。
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     4・「たひ」とは「たいまつ」のこと
言葉は、集団運営のための道具にするという「目的」で生まれてきたのではない
それは、「目的のない衝動=エロス」として、すなわち「言葉」という意識なしに思わず発せられた、感慨を表出する「音声」だった。
言葉の起源に、言葉を生みだそうとするる「目的」などなかった。
起源としての言葉に「意味」などなかった。
したがって、「漢字」や「意味」で語源は問えない。少なくとも、もしかしたら縄文時代からあったかもしれないようなプリミティブな言葉の語源においては。
「たび」は、そういう原初的な言葉のはずである。
人類は、直立二足歩行をはじめたときから旅をしてきたのだ。
やまとことばの語源を問うことは、どのような感慨からその音声がこぼれ出てくるかと問うことである。
「たび」の「び」という濁音は便宜上のものであったりちゃんとわけがあったりするのだろうが、ひとまず基本的な構造は「たひ」であろう。
「ひ」といえばいかにも「ひっそり」という感じだが、「び」という濁音になると、「びっくり」というように何か劇的な心の動きがあらわされているのかもしれない。
古代・原始時代は、「たいまつ」のことを「たひ」といった。
辞典によるこの言葉の語源は、「手火」と書いて「手に持つ火」だから、ということになっている。
しかしこの説明では納得できない。
それは、漢字が生まれたあとの時代になってそういう字を当てただけである。
そのとき人々に「たひ」という音声を発せずにいられない胸がはちきれそうな思いがあったのだ。やまとことばの語源は、そのことが問われなければならない。
漢字のない時代は、純粋に「た」と発音し「ひ」と発音する感慨があっただけである。
「た」は「足る」「立つ」の「た」、心が充足したりきちんと整ったり納得したりしたときに発せられる。口の中で舌を行儀よくセッティングしておかないと発音できない。
「た」は、心が整うこと。
「ひ」は「ひっそり」の「ひ」、それこそひっそりと何かを秘めている心。心細さや、ひそかにほっとする心。あまりはっきりと音にならない発声である。
たいまつは、何も見えない闇の中でもののかたちを浮かび上がらせる。そのときのほっとする感慨から「たひ」という言葉が生まれてきた。
「たひ」の「ひ」は、「火」を意味していたわけではない。
日本列島の古代人や原始人は、言葉で「意味」をあらわそうとする意図が希薄だった。
ただもう「たひ」と発声する感慨があった。
このときの「ひ」には、夜道の心細さもこめられているのだろうか。その心細い心が落ち着いて整うから「たひ」といった。
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     5・「たび」とは、心が改まり整うこと
では、「たび」というときの感慨とはどういうものか。
たいまつの「たひ」が世界のさまを目にしてほっとする感慨をあらわしているとすれば、旅の「たび」も新しい世界と出会ってほっとしたりときめいたりする感慨をあらわしているかといえば、必ずしもそうとはいえない。
結論から先にいえば、旅の「たび」は、身体感覚の表出なのである。
原初の旅が物見遊山であるはずがない。
「たびたび」とか「……するたびに」というときの「たび」は、「区切り」というようなニュアンスだろうか。そのつどの区切り、そこには、ひとまず区切りがついてさっぱりする感慨が潜んでいる。
「足袋」と書いて「たび」と読む。この漢字も、あとから当てられただけだろう。
べつに、「足を包む袋」だから「たび」といったのではあるまい。やまとことばは、そんな説明的な動機でつくられているのではない。古代人はあくまで、その音声に「感慨」を託した。
日本語は、音声に感慨を託す言葉である。
足袋は昔の礼装である。それを穿くことによって心が改まり整うから「たび」といった。
「たび」とは、心が改まり整うこと。
「たびたび」の「たび」も足に穿く「足袋(たび)」も、そうして故郷を出てゆく「旅(たび)」も、すべて「心が改まり整う」というニュアンスで生まれてきたのだ。
「旅」と「足袋」はべつの言葉だといっていては、語源に迫ることはできない。ひとまずの意味は違っても、「感慨の表出」という機能おいて通底している。
日本列島の住民は、「身のけがれ」というものを意識していた。だから公の席や訪れた他人の家の床を裸足で踏むことにためらいがあった、それは申し訳ないことだと思った。
足袋を穿くことは、わが身の「けがれ」をそそいで「みそぎ」を果たしていることの表現だった。
だから、旅に出ることを「足袋を穿く」ともいう。
「た」は、改まり整うこと。
「び=ひ」は、鬱陶しさの奥に隠されてあるイノセントで自然な心。さっぱりする感慨。
心がひと区切りして落ち着く感慨から「たび」という音声が生まれてきた。
「たひ」が世界と出会って「ほっとする感慨」をあらわしているとすれば、「たび」は、みずからの身体に対する感慨が「すっきり、さっぱりする」、すなわち「面倒なことが洗い流されて心が改まり整う」ことをあらわしている。
旅は、日常の「けがれ」を洗い流す「みそぎ」の行為である。旅の語源は、この体験の感慨をあらわしている。そしてこれは、直立二足歩行の開始以来の、人類普遍の旅に対する感慨でもある。
身体の孤立性が確保されてゆく感慨から「たび」という言葉が生まれてきた。
たいまつの「たひ」が世界のさまに対する感慨を表出しているとすれば、旅や足袋の「たび」は、みずからの身体に対する感慨をあらわしている。
まあ物見遊山の旅などというものは後世の習慣であり、原初の旅は、生きてあることやみずからの身体に対する鬱陶しさやいたたまれなさに決着をつけようとする行為だった。
「たび」という言葉は、身体感覚の表出なのだ。
そしてわれわれ現代人だって、ただ物見遊山だけで旅に出ようとしているのではない。たとえ現代人だろうと、人間なのだから、誰もが生きてあることの鬱陶しさやいたたまれなさは多かれ少なかれ抱えている。
物見遊山=観光は、近代に確立された旅の形式である。まあいまだってそれが主流ではあるが、それだけではすまなくなってきてもいる。
だから、旅館に泊まることを省いた「車中泊」というような旅の形式が生まれてきた。これはもう、そのコンセプトにおいては、むかしの旅人の野宿と同じようなものだ。
不景気になったせいか、どうやら現代社会では、人間の自然に遡行しようとする動きが生まれはじめているらしい。
物見遊山=観光という目的がなくなっても、それでも人は旅に出る。「たび」という言葉の語源は、そういうことをわれわれに教えてくれている。

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<おわりに>
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なんとしても人におもしろく読んでもらえるページにしたい、そのためには、ある程度競争の場に自分をさらしていないとひとりよがりになってしまう、と思いました。
もちろん、大多数の人に賛同してもらえるようなことは書いていません。
ひとにぎりの「あなた」に支持してもらえたら、それで本望です。
ここで紡いだ言葉を「あなた」に届けたい。べつに世のため人のためというつもりはさらさらないし、自分でもどうしてこんなことに熱中するのかよくわからないのだけれど、どうしても「あなた」に届けたい。
「嘆き」とともに生きてある「あなた」に届けたい。
うまく生きてゆく方法なんか僕は知らない。ただ「人間とは何か」ということについては、それなりに骨身を削って考えています。
そうして、世界中を敵に回しても「それは違う」といいたいことがある。
俺が負けたら人間の真実が滅びる、という思いがないわけではない。
そのような、社会から忘れられている秘かな真実を共有できる「あなた」がこの世のどこかにいると信じています。
もしも読んで気に入ってもらえたら、どうか、1日1回の下のマークのクリックをよろしくお願いします。それでランキングが上下します。こんなことは「あなた」にとってはどうでもいいことなのだけれど、なんとか人に見捨てられないブログにしたいとせつに願ってがんばっています。

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