「ケアの社会学」を読む・10・介護のかなしみ

   1・介護をされる権利は存在するのか
相手が死にそうな老人であれ、身体障害者であれ、病人であれ、赤ん坊であれ、介護をすることがどんなにしんどいことかということくらい、上野千鶴子さん、あなたにだってわかるだろう。
われわれは、上野氏のように、そうもやすやすと「介護をされる権利」などといっていいのだろうか。
あえて言おう。生きられない人間は、死んでいっても仕方がないのだ。誰だって、いつかは生きられなくなって死んでゆくのだ。それが自然の摂理というものだろう。遠い未来にどうなるのか知らないが、とりあえず今は、生きられなくなったら死んでゆくしかないのだ。
生きられない人間には、介護を受ける権利もなければ、受けねばならない義務もない。死んでゆくしかないのが、自然の摂理だ。そして自然の摂理として、死んでゆくことを受け入れる心のはたらきを持っている。それが、生き物であることの原則だろう。
生きられない人間は死んでゆくしかないし、死んでゆくしかないのならそれを受け入れるのが人間だ。受け入れなくても死んでゆくときは死んでゆくしかないことは、誰だって知っている。だから、ほとんどの人間は、ほんとに「もう生きられない」と悟ったら、それを受け入れる。
人間は、ほんとにもう生きられないと悟ったら、死を受け入れるのだ。そのことの尊厳を考えるなら、生きられない人に「介護を受ける権利がある」というべきではないし、じつは誰もがどこかしらでそう思っている。
ただもう、まわりが介護をせずにいられないのだ。少しでも一緒に生きていようと介護をせずにいられないのが、人間の本能なのだ。
介護をしなければならない義務があるのでもない。人間は根源において死を受け入れる心を持っているのだから、とうぜん「死なせてあげる」ということだってする。
粛々と死を受け入れながら死んでゆくことができるのなら、生まれたばかりの赤ん坊だろうと、二十歳の若者だろうと、それはけっして不幸なことではない。ただ、生き残ったものに深いかなしみが残るだけのこと。
生きることのできない老人は、われわれのかなしみに免じて介護を受けてくれているだけである。
まわりのもののかなしみが、生きられない人の「死を受け入れる心の動き」を邪魔していることもある。
誰の中にも、人が死んでゆくことに対するかなしみはある。だから人は介護をせずにいられないのだし、みずからが死んでゆくことに際して途方に暮れてしまったりもする。
人が死んでゆくことは不幸なことでもなんでもないが、死んでゆくものにも生き残るものにも、どちらにも深いかなしみがともなう。
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   2・介護者と被介護者の理想の関係
介護は、権利とか義務というような問題ではない。
死んでゆくものには、介護をされる権利も、介護されねばならない義務もない。
それでも人は、介護をしようとする。
介護をされものには、介護をされる相手や介護の内容を選択する権利などない。しかし介護をするものにだって、相手のニーズをかなえてやっていると思うべきではない。それは、こちらが勝手にしているだけの行為なのだ。
介護をされる相手や介護の内容を選択する権利があるなどといっていたら、介護をする側だって「せずにいられない」気持ちを失って義務感だけでしなければならなくなる。あるいは、介護をしてやっている、という横柄な気持ちにもなる。
これが、介護者と被介護者の理想の関係だといえるか。
上野氏は、こうでなければならないといっている。この人には、介護する人や介護される人の気持ちにひとまず寄り添って考えてみようとする想像力というものがまるでない。
たとえば、介護される人は、痒いところに手が届く快適な介護さえ受けられればそれで何もかもが解決されるというわけでもないだろう。それさえかなえられれば自分がもうすぐ死んでゆくということが忘れられるわけでもないだろう。その気持ちの持ち方で、受ける介護に対する感じ方も変わってくる。
実際問題として、もうすぐ死んでゆくものが、いちいち介護される相手やその介護の仕方を吟味することばかりしていられないし、吟味することばかりして介護人との関係を悪くしてしまうこともある。
そんな権利意識などさっぱり捨てて介護人にすべてをあずけている態度が悪いということもないだろう。こちらが介護せずにいられなくなる愛らしい被介護老人は、おおむねそういう心や態度を持っている。
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   3・介護の技術
上野氏はこういう。
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私は(…略…)「(介護される…注)ニーズの当事者になるとは新しい社会を構想することである」と書いたが、「いまここにないもの」を、「満たされる権利のある要求」として自覚できることそれ自体が、「当事者になる」という経験であり、高齢者にはその経験がまだ不足していると言わなければならない。
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ようするに、「老人はもっと介護される権利を主張せよ」といっているのだ。
「満たされる権利のある要求」だなんて、言語矛盾である。満たされてあるものが、権利なんか要求するものか。権利を要求しているかぎり、永久に満たされない。
それは、いまどきのアラフォー世代のあくなき消費意欲と同じで、永遠に満たされないことの上に成り立っている。
満たされることは、権利の要求を忘れたところからしかはじまらない。
被介護人が権利を要求することによって介護人が追いつめられるのだし、介護したくなる愛らしい老人は、権利なんか要求しないで、介護されることにひたすら反応してくるだけだ。
介護される「当事者になる」ことは、「満たされる権利のある要求として自覚できること」ではなく、「生きられない」無力な存在として、要求を忘れることにある。忘れているから、介護されているときに「痛い」とか「怖い」とか「気持ちいい」と素直に「反応」してゆくことができるのだ。介護人は、その反応によって介護の方法を按配してゆくのであって、要求を聞いて決めてゆくのではない。正確に要求できる年寄りなんかいるものか。そのつどそのつどの反応を見ながら按配してゆくのがいちばん親切な介護になるのであり、そこにこそ介護のプロの熟練があるのだろう。
介護の按配は、被介護者の要求によって決定されるわけではない。
むやみな要求をしてこないから介護したくなるのだろう。介護される権利を持たない存在だからこそ、介護したくなるのだ。
要求ばかりしてやたら介護者の義務感を煽るのが、「新しい社会を構想すること」か。笑わせてくれる。「新しい社会を構想する」という言葉を正義ぶって振り回すこと自体がうさんくさいのだ。
社会学とは、薄っぺらな市民意識の俗物根性を振りかざして「新しい社会を構想する」ことではなく、どんな社会になりつつあるのかというその「なりゆき」を考える学問ではないのか。
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   4・上野さん、あんたじゃだめだ
生き物は、必ず死んでゆく存在なのだ。死にそうだからといって、まわりが介護をする義務を押しつけられねばならないいわれはない。義務はないけど、それでも介護せずにいられなくなってしまうのが人間なのだ。
介護される権利など主張されるから、まわりの介護しようとするモチベーションが萎えてしまうのだ。
介護をされる権利を主張するなんて、ペシミズムだ。そんな主張なんかしなくても、人は死にそうなものには手を差し伸べずにいられないのだ。
つまり上野氏は、権利を主張したり自分を見せびらかしたりしないと人にかまってもらえない幼児体験をしてきたのだろうか。そういうルサンチマンで「介護=ケア」を語ってもらったら困る。
この人は、人間に対する不信感の上に介護の論理を構築しようとしている。俗世間の処世術ならそれこそが有効なのだろうが、人が生きるか死ぬかのせっぱつまった現場においてはもう、自分を捨てて相手を信じてゆくしかないではないか。介護とは、そういうぎりぎりの真剣勝負の場ではないのか。
上野氏自身が自分を見せびらかしてばかりして生きているから、被介護老人にも介護される権利を自覚し主張せよと煽るのだろう。見せびらかさないと人は相手にしてくれない、という経験則が骨身にしみているのだろう。まったく、ブスの田舎っぺのお里が見え見えじゃないか。
上野さん、そうやって介護をされる権利を主張せよと煽ることは、実際に介護をしている人の痛みを無視し、追いつめていることなのですよ。女として、被介護老人予備軍として、自分たちの権利を主張することに手いっぱいでそれどころじゃない、というわけですか。
介護をしなければならない義務なんか、どこにもないのですよ。したがって、介護をされる権利もどこにも存在しない。それでも人は、介護をせずにいられなくて、この世のあちこちで誰かが誰かを介護しているのじゃないですか。
人が介護をし介護をされることは、あなたが考えるよりもずっと切実で根源的な行為なのですよ。あなたのその、目立ちたがりの大雑把な脳みそで語り尽くせる問題ではない。
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わかりやすいタイトルだけど、いちおう現在の若者論であり、日本人論として書きました。
社会学的なデータを集めて分析した評論とかコラムというわけではありません。
自分なりの思考の軌跡をつづった、いわば感想文です。
よかったら。

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