われわれは、知らず知らずのうちに目や顔を動かしてまわりの景色を眺めている。これもまた身体運動であり、先験的に空間を認識しているように思いこんでいても、じつはそれ以前にそういう身体運動をしている……という反論もあるのかもしれない。
しかし僕が「先験的」といっているのは、そういう視覚や聴覚以前のことだ。「わたしはこの世界に存在している」という感覚それ自体が空間意識であり、意識そのものの根源のはたらきが空間意識なのだ、といっているのだ。
空間意識は、目が見えない生まれたばかりの赤ん坊でも胎児でも持っている。
目が見えない人は、われわれよりも空間意識が発達している。彼らはわれわれよりずっと聴覚や嗅覚や触覚が発達している。その聴覚や嗅覚や触覚ですら身体運動だといいたければそういえばいい。
しかしなぜその聴覚や嗅覚や触覚が発達するかといえば、彼らはわれわれよりもずっと「わたしはこの世界に存在する」という思いが切実だからであり、その思い自体が空間意識だと僕はいっているのだ。
聴覚や嗅覚や触覚が発達しているから空間意識が発達するのではない。空間意識が発達しているから、それらの感覚が発達するのだ。それはもう、物事の順序として当然のことだろう。
先験的な空間意識がある、というのはたんなる思い込みなんだってさ。その前に見たり聞いたりしているじゃないか、だってさ。
そういうことじゃないんだよ。
僕は、そんな視覚や聴覚よりも先験的な空間意識がある、といっているのだ。
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新幹線の電車の中から窓の外の過ぎ去る景色を眺めていれば、自分も秒速100メートルで移動しているように感じる。
そのとき自分の身体の輪郭は電車の輪郭に憑依している。つまり、ほんらいの自分の身体の輪郭に対する意識が消え、電車の輪郭が自分の身体の輪郭になっている。そういう意識のはたらき方を、われわれは胎内でトレーニングしてきた。
意識にとっての身体の輪郭は「非存在の空間のパースペクティブ」であるのだから、無限の広がりを持つことができる。宇宙空間でさえ、この身体の輪郭として完結していると感じられるときもある。
われわれは、この世界の空間を「身体の輪郭」として認識する。しかもこの世界は身体の輪郭の「内側」であり、ほんらいのみずからの身体の輪郭に対する意識は、輪郭の外側においてはたらいている。
この世界の空間は、この身体の外に広がっていると同時に、この身体の内側として完結している。
そのとき電車の中は、ほんらいのみずからの身体の輪郭の外側であると同時に、みずからの身体の輪郭の内側でもあるかのように意識されている。そして電車の外の世界もまた、身体の輪郭の外であると同時に身体の輪郭の内側でもある。
そうして動かないはずの景色が後ろに動いていっているように感じるのは、景色そのものをまるで自分の身体の輪郭の内側であるかのように、すなわち自分が景色になったような体験をしているのだ。
電車が走っているのか景色が動いているのか、わからなくなってくる。その「景色が動いている」という感覚は、電車が走っているという感覚が消えていることの上に成り立っている。
そのとき意識は、みずからの身体の輪郭の内側をなぞるようなタッチで景色が動いてゆくのを眺めている。つまり、胎児が足の裏で胎内の壁を感じながら、その壁があたかも自分の身体の輪郭の内側であるかのようにとらえてしまう感覚。
われわれは、胎内世界のタッチでこの世界の空間を認識している。
この世界は「いまここ」のこの身体の輪郭として完結している。だから、動かないはずの景色が動いているように見えてしまう。身体の輪郭が電車の身体だけで完結しているのなら、景色が動いているようには見えない。景色すらも身体の輪郭になっているから、動いているように見える。
山手線と京浜東北線の電車が並んで同じ方向に走っているとき、向こうの電車の方が遅いときは、自分が乗っている電車は止まったまま向こうの電車だけが後ろに下がってゆくように見える。そのときわれわれは、向こうの電車がみずからの身体の輪郭の内側であるかのような感覚で眺め、自分が乗っている電車に対する意識が消えている。このとき「わたしの身体の輪郭」は、向こうの電車の方で認識されている。
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ともあれそのように体感される速さや距離感は、映画のフィルムのように、一瞬一瞬がそのつど完結した世界として脳裏に焼き付けられながらその差異として認識されている。
この生やこの世界が「いまここ」で完結しているからこそ、速さを感じるのだ。
意識は帯のように伸びた時間の身体運動として世界(空間)を認識しているのではない。その一瞬一瞬を完結した世界として認識している。
われわれの人生の時間は、そのつどそのつど映画のフィルムのように脳裏に焼き付けられながら過ぎてゆく。
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そこで……。
窓の外の景色を眺めながら電車の中で真上に飛び上がって1秒後に着地すれば、100メートルの幅跳びをしたような感覚がもてるかといえば、そうはいかない。そのときはもう、ほんらいのみずからの身体が「身体の輪郭」になってしまっている。そして、外の景色が見えようと見えまいと、電車の中の空間が、身体の外の世界として完結してしまっている。つまり電車の中がみずからの身体の輪郭の内側であるかのように完結してしまっている。
意識は避けがたくこの世界を完結した空間として認識してしまう。
そこでジャンプするということは、身体が電車の中の空間と関係してゆくことである。その運動は、電車の中の空間を完結したこの世界と感じることの上に成り立っている。
そのとき意識にとって電車の外はすでに異次元空間であり、電車の中とは完全に遮断されてしまっている。
だから、どんなにがんばっても、実感的体感的には100メートルの幅跳びをしたようには感じられない。
そのようにひとつの空間を完結した世界のように感じてしまうのは、それがみずからの身体の輪郭の内側であるかのように感じてしまうからである。われわれはそういう感じ方のトレーニングを、胎内で繰り返してきた。
この生もこの世界も、「いまここ」の「この身体」で完結している。
われわれは、そういう「いまここがすべてだ」というタッチで、この世界の空間を認識している。
意識は、みずからの身体を「非存在の空間のパースペクティブ」として認識している。すべては、ここから発している。「非存在」であることの「異次元性」、「無限性」、「完結性」。
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客観的な世界のありようがなんであれ、「そう見えるんだもの、そう感じるんだもの、しょうがないじゃないか」ということはたくさんある。それは、意識が視覚や聴覚以前に先験的な空間意識を持っているからだ。われわれの空間意識は、この世界のありようをそのままとらえているわけではないし、この世界のありように規定されているのでもない。むしろ、その先験的な空間意識が視覚や聴覚のはたらき方を決定している。
先験的な空間意識がある。
見たり聞いたりして後天的に獲得された空間に対するイメージがなんであれ、意識は、そういう「いまここの完結性」のタッチ(=方法論)でこの世界の空間を認識している。
意識のはたらきにおけるそういう根源的な見え方・感じ方を研究する学問のことを「ゲシュタルト心理学」というらしい。電車が走っているのか、景色が動いているのか……こういう意識のはたらきにおける反転現象は、われわれの日常的な暮らしのいたるところで起こっている。
われわれの空間意識は、この世界の客観的なありように規定されたものではなく、それ以前の先験的なはたらきによって決定されている。そういうことをすでにみんな知っているし、それは、「身体運動」などという安直なパラダイムで解き明かすことのできる問題でもない。
「空間の完結性」こそ問題なのだ。
繰り返し流されるテレビコマーシャルのキャッチコピーが頭にこびりついて離れないというのも、意識は世界の「完結性」に憑依してしまう、という現象だろう。そしてそれは、みずからの身体を「完結した世界」として再生産し続けているわれわれの命のはたらきの問題でもある。
意識のはたらきの根源においては、この生もこの世界も「いまここ」の「この身体」で完結している。だからわれわれは、いつの間にか「ヤメラレナイ、トマラナイ、カッパエビセン」などと口ずさんでいたりする。
「身体運動」よりも、この身体が意識の根源において「完結」しているということ、根源的な空間意識を問うなら、このことの方がずっと重要なのだ。
われわれの空間意識は、「この身体がこの世界に存在する」という実存的な感覚として先験的にそなわっている。
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