やまとことばという日本語・「冬ごもり」というまくらことば

「冬ごもり」は、「春」にかかるまくらことばです。
万葉集では、「冬ごもり 春さり来れば」などという表現が出てくる。
ここでいう「冬ごもり」は、べつに熊の冬ごもり(冬眠)のようなことを意味しているのではない。
「こもる」とは、「かくれる」という意味です。冬が隠れ去って春がやってくる、といっているだけでしょう。
なのに、中西進氏をはじめ多くの研究者が、「何もかもが停滞してしまう冬」という意味に解釈したがっている。
冬は停滞の季節で、春は活動の季節だ、という。
どうしてこんなステレオタイプな季節感で済ませてしまうのだろう。
停滞し、こもっているのは、あなたたちの脳みそだ。
世の中には、冬という季節が好きな人だっている。立原正秋は「冬のつぎに春の来るを思わず」といった。つまり、冬こそ人の生きる季節だ、と。
冬は、神と出会う季節だ。だから「正月」がある。
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古代人の結婚は、男と女が別々の家で暮らし、セックスするときだけ男が女の家を訪ねてゆくという「通い婚」だった。それはもう、縄文時代以来の伝統です。だから、雪に閉じ込められる冬は、男がどこにも行かないで毎晩やりまくることができる。夫婦生活においては、もっとも活動的な季節なのです。
外界の「もの=自然」にわずらわされることなく、心が自由になるのが冬です。
外に出て活動することが世界との関係を生きることだとすれば、家の中にじっとしていることは、世界の「中身」になることだ。
氷河期の極寒の地に生きていたネアンデルタールがセックスもせずにただじっとしていただけだったかといえば、その逆で、彼らこそ、人類史上もっともやりまくって暮らしていた人びとだった。寒くて、抱き合っていないと眠れない条件で彼らは暮らしていたのだ。
冬こそもっとも人恋しくなる季節であり、正月の「神のことほぎ」も、そんな心の動きのもとに降りてくる。
冬にパートナーがいないことほどつらいこともない。
パートナーのいる冬ほど、充実した季節もない。
「冬ごもり」とは、冬が隠れ去ってしまった、という惜別の感慨から生まれてきたことばなのだ。
女にとって春は、一緒に暮らした男が旅立ってゆく季節であり、冬のあいだにとうとう来なかった男がたずねてくるかもしれない季節でもある。そんな悲喜こもごもの状況から、「冬ごもり 春さり来れば」という表現が生まれてくる。
「悲喜こもごも」の「こもごも」は、そこにいろんな悲しみや喜びが隠れている、という意味であり、悲しみの奥に喜びが隠れているし、喜びのむこうに悲しみが隠されている、そういうようすを「悲喜こもごも」というのでしょう。
「忌みごもり」とは、「忌み=穢れ」を払うためにいったん現実社会から隠れる、という行為のことであって、「忌み=穢れ」が体にこもってしまうことをいうのではない。「忌み=穢れ」という言葉そのものに、体や心のはたらきが停滞し澱んでいる、という意味があるのだから、「こもり」ということばにそんな意味を付与するのは、言語矛盾です。
「こもる」とは、「隠れる」こと。
寒い冬が沈んでいって、暖かい春が浮き上がってくる。だから「春立つ=立春」という。
暑い夏が天空に消えていって、ひんやりした風の秋があらわれてくる。だから「秋立つ=立秋」という。
そのひんやりした風が寒い木枯らしに変わっていって、冬に至る。だから、「冬至」という。
春の暖かさが暑さに変わっていって、夏に至る。だから、「夏至」という。
立冬」「立夏」という中国伝来の暦のことばはあるが、「冬立つ」「夏立つ」というやまとことばはない。「寒の入り」といっても、「冬立つ」とはいわない。
「冬ごもり」とは、冬が隠れ去ること。
冬が隠れ去る、という言い方には、古代人の冬に対する愛惜が込められている。
古代人は、隠れているものにこそ、もっとも深い愛着を抱いた。
なぜなら、「神」は「隠れているもの」だからだ。すべての森羅万象に、神が宿っている(隠れている)。世阿弥は、「秘すれば花なり」といった。
冬は、一年のおわりとはじまりの結び目の季節。結び目のめでたさ。冬は、神と出会う季節なのだ。
古代人は、冬を大切に思って生きていた。そこから「冬ごもり」ということばが生まれてきた。
「冬ごもり」とは、神との別れのことであり、それを「春」という。
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君がため 手力(たぢから)疲れ 織りたる衣(きぬ)ぞ 春さらば いかなる色に 摺(す)りてばよけむ
万葉集のこの歌を、中西進氏は、「冬のあいだ心をこめて、愛する男のために織り上げた衣を、春の山野の、どの色に染めたらいいだろう」と訳してくれます。
そうして「これなども、春の到来と春の服装への期待を歌ったものだ。……春とは、冬を占領していた、もろもろのケのこもりを神様が一掃して山野に活き活きとした命を与えてくれる季節だったのだろう」という。
万葉集研究の権威がそうおっしゃるのだから、この歌はもうそういう意味に決まっているのだろうが、僕にはどうしてもそのような意味には受け取れない。
これは、そんなのんきな歌でしょうか。
万葉集の恋の歌は、ほとんどが恋の切なさや別れのつらさを歌ったものです。
僕には、つぎのように歌っているように読めてしまう。
「春になったらあなたに会えることを祈りながら、冬のあいだけんめいに織り上げた衣だが、あなたが来ないまま春が過ぎてしまった今となってはもう、どのような色に染め変えたらいいのでしょう」と。
そういううらみとあきらめの歌ではないだろうか。
「春さらば」ということばは、「春になったら」という意味か、それとも「春が去れば」という意味なのか、そこでこの歌の情趣が大きく変わってしまう。
「春になったら」と訳さないといけないのでしょうか。
「手力疲れ」なんて、ずいぶんうらみがましい言い方じゃないですか。あなたに会えて着てもらえることが約束されているなら、疲れなんか感じない。疲れた、なんていわない。
毎年春になったらたずねてくるよその国の男がいる。でも、今年はもうやってこないような予感がなんとなくしていた。だからその予感を打ち消すために、男に着てもらう衣を冬のあいだ夢中になって織っていたのだけれど、とうとう春が過ぎてもやってこなかった……。
ひとまず織り上げた衣を、春になるまで染めることをしないなんて、不自然です。織りながら、何色に染めるかというイメージはとっくに出来上がっているはずで、急いで染め上げたいでしょう。だいいち、はじめに染めておいた糸を織ってゆくのがふつうでしょう。
「春になったらどんな色に染めようか」なんて、春が来ることと着物を織る楽しみだけで、男に対する思いなんか何もないじゃないですか。そしたら、「手力疲れ」なんていわない。それはたぶん、とてもやるせない行為だったのだ。
「通い婚」であった古代は、男がいつもそばにいる暮らしなんかしていなかった。そして、旅をしながら暮らしている男がたくさんいた。多くの場合、女系家族で、女が家や土地の所有者だった。女が食わしてくれるから、いい男は、旅をして女の家を泊まり歩いていればよかった。お金なんかなかった時代の話です。
家に居ついてしまう男よりも、旅をしている男のほうがおおむね魅力的だったわけで、そういう時代の歌です。そうしてその切なさこそが、彼女たちの生の味わいだった。切なくない恋なんか恋じゃない、と思っていた。だから万葉集の恋の歌は、そういう調子のものばかりだったのでしょう。
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冬が「ケのこもり」の季節だというのも、変です。
ここでいう「ケのこもり」とは、「けがれ」のことです。心や体のはたらきが澱んで不安定になること。
「ケ=けがれ」は、春にやってくる。春は「ものぐるい」の季節です。古代だろうと現代だろうと、人の心は、暖かい春がきて不安定になる。
冬にけがれてなんかいたら、生きてゆけない。冬は、寒さに洗われて身も心も清らかになる季節です。だから、正月の神との出会いを体験できる。
上の歌の彼女だって、暖かい春がきて、途方に暮れてしまったのだ。けがれというものぐるいは、そこからはじまる。そうして歌を詠むことによって、そんな自分の心を鎮めていった。そういう「契機」があるから、歌が生まれてくるのだ。
中西氏のいうように、春によって「ケが一掃される」のなら、歌なんか詠む必要がない。
というか、「ケ」は「けがれた気」、すなわち「気(き)=け」と誰もが決めてかかっているが、そうじゃないのですよ。
「け」とは、「変化」「分裂」の語義です。「消(け)す」「蹴(け)る」の「け」。そうやって「変化」したり「分裂」したりすることを「け」というのだ。
「気(き)がれ」が「けがれ」になるのなら、「気兼(きが)ね」ということばも「けがね」になっているべきでしょう。
心が変化して(動いて)いる新鮮な状態が「枯(か)れる」から、「けがれ」という。「気持ち」が「枯(か)れる」のではない。気持ちが充満してしまうことが「けがれ」である。気持ちが変化し動いてゆくことが「かれる」から、「けがれ」というのだろうか。
いや、「けが」とは血があふれてくることをいうわけで、「けが・れ」=「けがれ」、その語源は、けがした体のうっとうしさにあるのかもしれない。だから、女の生理も「けがれ」という。そのとき女は、みずからの身体の「もの=物性」に対して、どうしようもないうっとうしさをおぼえる。そういう「体験=こと」を「けがれ」という。
「けがれ」とは、「よごれる」ことではない。気持ちがうっとうしくなること。「けがれ」と「よごれ」は、同じではない。
「けがれ」とは、「もの=物性」に対するうっとうしさのことだ。日本列島の古代人は、誰もがそういう感慨を深いところに抱いていた。
そこで「ことば」は、心に動きを与えて心を新鮮にしてくれる。そうやって「けがれ」を祓ってくれるのが「ことだま」であって、べつにこの世界の奇跡を起こす「霊魂」のことをいうのではない。中西氏は、「ことだま」とはそういう不思議な力のことだと信じられていた、というのだが、そんなことあるものか。
いつの時代の和歌も春の歌が多いのは、春は「けがれ」の季節だからだ。
むかし、離婚は春がいちばん多い、というようなことを聞いたことがあるが、今はどうなのでしょうかね。
そういえば、キャンディーズが解散するときに歌った「春一番」という、同棲していた男女が別れる歌があったのを思い出しました。