■
ネアンデルタールにとって「寒さ」は、脳が発達してしまうくらい大きなストレスだった。
べつに知能が未発達で寒さに鈍感だった、というわけではない。脳が発達しているということは、そのぶん寒さにも敏感であるほかない。
寒さのために頭痛がすることがある。人間は大きな脳を持っているからです。その大きな脳が、寒さを感じてしまう。そして感じれば、いらいらする。だから、ネアンデルタールの女はヒステリーが激しかった、とも言われています。これは、現代のヨーロッパ女にも通じているヨーロッパの伝統らしい。
「寒さのストレスを処理していた」ということは、寒さのストレスを感じていたということであって、処理したから平気だった、ということではない。ストレスを処理するための工夫をしていた、ということです。
つまり、寒いと感じるからこそ生まれてくる表現=行為があるわけで、それは何か、ということです。アフリカのホモ・サピエンスとは、知能の差がどうのという前に、まずそういう違いがあった。
寒さを感じないですんでいたのなら、脳は発達しない。寒さを感じないでもすむもっともいい方法は、脳を使わないことです。というか、それ以外に寒さを感じないですむ方法はない。
寒さを感じないためには、脳は、小さければ小さいほどいい。だから、北極の白熊もゾウアザラシも、体格のわりに頭はずいぶん小さい。
ネアンデルタールが寒さを感じないためにしていたことは、寒さを感じないようにすることではなく、寒さを感じた結果として、たとえば群れ集まろうとし、群れ集まることの醍醐味を収穫していった、ということです。おそらくそれだけではないはずだが、それだけでも人類の歴史にとっては、とても大きく意義のある実験だったはずです。その後の都市や国家の歴史も、ここから始まっている。
寒いという「嘆き」はさまざまな表現や行動を生み、それによってネアンデルタールの脳が発達していった。ヨーロッパ女のヒステリーはつまり、それほどに彼女たちは情熱的で感受性が豊かだということです。
人類が極北の地まで拡散してていったのは、寒さを感じないですむ方法を獲得したからではなく、「寒いという嘆き」が、人類にさまざまな表現や行動をもたらし、そこからさまざまなカタルシスが収穫されていったからです。
赤道直下のアフリカと、北ヨーロッパ。ホモ・サピエンスと、ネアンデルタール。発掘証拠に現れてこない精神文化や行動のダイナミズム。ほんとうにアフリカのホモ・サピエンスが、それらにおいてより進化していたといえるでしょうか。べつに精神文化や行動のダイナミズムが進化していたから優秀だともいえないが、現代史におけるアフリカとヨーロッパの格差は、クロマニヨンのヨーロッパ拡散が始まる4万3千年前にもすでにいくぶんかはあったはずです。赤道直下の地域が歴史から取り残されるということは、良くも悪くも、もう歴史の必然的な法則のような事柄であるのだから。
脳は寒さを感じるための器官であり、脳が寒さを処理することはできない。できるのは、そこからカタルシスをくみ上げてゆくことだけです。現代人は、エアコンなど寒さを感じないアイテムをいろいろ持っているが、少なくとも原始人が寒さを感じないで生きてゆくことなど、ほとんど不可能だったし、その寒さこそが、その後の爆発的な文化や文明の発達のジャンピングボードになった。それは、置換説の研究者の言うような、知能がどうのという問題ではないし、アフリカのホモ・サピエンスの知能だけが優秀だったということもないはずです。
ネアンデルタールは、人類でいちばん最初に「寒いという嘆き」を体験し、そこから50万年かけて、人類にとってのさまざまな新しい表現や行動を生み出していった人たちです。
人気ブログランキングへ