ようやく更新
更新が久しぶりになってしまいました。
この数か月、コロナのことしか書いてはいけないような強迫観念がずっと続いていて、だんだん書くのが面倒になってきてしまいました。
僕なんかもう、いつ死んでしまっても文句を言えない身だし、とくにコロナのことを書きたいというわけでもないのに、なんだか知らないが書かなければならないように責められている気分でした。
コロナ騒ぎは終わったのか。まだ終わっていないのか。
終わった後の世の中は、変わるのか。変わらないのか。
いったいどうなるのでしょうね。
アフターコロナの時代はどのようにして活性化してゆくのでしょうか。
「祭りの賑わい」は、そうかんたんには戻らないでしょう。
そして、「自粛警察」騒ぎをはじめとして、人と人の関係がどんなに荒んでいってしまっているかということを、あらためて思い知らされました。
われわれは、おそらく縄文以来の伝統である、日本人特有の他愛なくときめき合い助け合うという関係を取り戻すことができるでしょうか。
今どきは、ネットでも書籍でも、「ハウツーもの」とか「自己啓発もの」とかの、いわゆる「役立つ情報」ばかりが求められる時代になっています。
それはそのまま人と人の関係が荒んでいることを意味しています。
コストパフォーマンス、というのでしょうか。上手に生きてゆくためにはどうすればいいかとか、何が正義かとか、そんなところで競争したり争ったりすることばかりで世の中が動いてきたのでしょう。
それをどう克服してゆくかということが試されている時代なのでしょうか。
ネトウヨどうしとか、オタクどうしとか、市民運動家どうしとか、それ以外のところでも、今までは妙にカルトっぽくて予定調和的な集団がたくさんつくられていたのだろうが、それらが解体され、これからはもっとニュートラルな関係のコミュニティが模索されてゆくのでしょうね。
ただもう他愛なくときめき合っているだけの関係で集まっている場があればいいのに、と思ったりします。
じつをいうと、今ちょっとユーチューブをはじめてみようかと思ったりしています。
こんなしょぼくれたジジイが人前に顔を晒してたどたどしくしゃべってみても、ただの恥さらし以外の何ものでもないのだけれど、日本文化論や古人類学のことに関して、人に聞いてもらいたいことがたくさんあります。無限にある、といってもいいかもしれません。
家族からは、恥ずかしいからお願いだからやめてくれ、といわれるのでしょうね。
今すぐ決心のつくことではないが、なんとなくそんなことを考えたりしています。