狂気としてのやさしさ・ネアンデルタール人論269

ムンク「叫び」という絵は、誰もが目にしたことがあるに違いない。
発狂寸前のあの顔、それともすでに発狂してしまっているのか。
ムンクノルウェーの画家で、極寒の地の長く厳しい冬に閉じ込められたら、誰だって心の中にあのような騒々しくエキセントリックな「叫び」を抱え込んでしまうほかないらしい。
ネアンデルタール人は、まさにそういう極限の冬を生き抜いた人々だった。
人はなぜそんなところで生きようとするのか。
ヨーロッパ人は今でも並大抵ではない冬の厳しさをすでに承知しているからそれほどの驚きはないかもしれないが、われわれ日本列島のの住民からしたら、それこそきちがいざただというくらいに思えてしまう。
いや日本列島だって、原始人の文化で北海道や青森の冬を生きることはけっしてかんたんなことではなかったはずだ。
世界最高峰の文学者といえば、まずドストエフスキートルストイの名が挙がる。
ドストエフスキーの小説なんか、まったく狂気じみている。登場人物のほとんどが、ムンクのあの絵のような風貌を帯びている。日本人にはけっしてたどり着けない境地なのだろう。なにはともあれ世界最高峰の文学なのだ。ロシアは、クラシック音楽やバレエの分野などでも、世界的な芸術家を数多く輩出している。
そういうことを考えれば、極寒の地で歴史を歩んだネアンデルタール人にだって、そんな狂気じみたメンタリティと文化=知能の発達はあったに違いない。
トルストイの深く静謐な献身性と、ドストエフスキーの騒々しい狂気。どちらもロシアの苛酷な環境風土から生まれて育ってきた伝統であり、それはそのままネアンデルタール人以来の伝統でもある。
人間的な文化=知能とはつまるところ、ひとつの狂気としてのこの生からの逸脱であり、それは「非日常」の世界で生成している。
「やさしさ」とは、ひとつの「狂気」なのだ。まあそういう「狂気としてのやさしさ」を豊かにそなえている魅力的な人はめったにいないが、それでもそこにこそ人間性の基礎があるわけで、誰だって少しくらいはそういう部分を持っている。



現在でもフリーセックスは極北の地の文化であり、ひとつの狂気の上に成り立っているのかもしれない。明日なんかない、今ここしかない、そういうせっぱつまったところで生きていれば、家族とか自分の遺伝子を残すとか、そんなことはどうでもよくなってしまうし、誰が相手でもかまわない。人恋しさの極限の文化。
そこには、ドーキンスのいう「生き延びるための利己的な遺伝子」とか、ダーウィンの「適者生存」とか、そういう生物学的な問題など存在しない。いいかえれば彼らのいっていることなど、生物学的な問題でもなんでもなく、たんなる文明社会の制度性の問題かもしれない。
ダーウィンは、人類の肌が白くて体毛がないというかたちで進化してきたのはそういう個体が好まれ繁殖に有利だったからだと説明しているが、それこそまさに「民族主義」という文明社会の制度的な観念性にすぎない。
ネアンデルタール人は、相手は誰でもよかったのだ。男が男であること、女が女であること、そのことにときめいていった。そうやって抱きしめ合うことは、相手を生きさせようとする体験であると同時に、自分が生かされる体験でもあった。誰もが、「もう死んでもいい」という勢いで相手を生きさせようとしていた。それは、「もう死んでもいい」という勢いなのだから、相手を選ぼうとする自意識なんかはたらいていない。
ドーキンスをはじめとする多くの生物学者は、「メスは、みずからの遺伝子の存続のために優秀なオスを選択する」などというが、「存続のため」なら、オスがオスであればそれだけでいいのだし、どのオスと交配すれば存続するためにもっとも有効かということなど、「結果」としてしかわからないことだ。もっとも貧弱な個体と交配して、結果的にもっとも長く子孫が存続するということだってありうる。生きものの進化に、もっとも優秀な血脈だけが選択的に残ってゆくという法則などない。生きものは、「生きられなさ」に「身もだえ」することによって、その身体や生態が「進化=変化」してゆく。生きものは「選択」などしていない。基本的に、オスがオスであればそれでいいのだ。メスがメスであればそれでいいのだ。
ネアンデルタール人の男たちは、女が女であるというそのことにときめいていた。女であれば、抱きしめずにいられなかった。あるいは、人であれば抱きしめずにいられなかった。それが、彼らの「狂気としてのやさしさ」だった。

まあ、人のやさしさなんか、狂気と紙一重なのだ。本質的には「もう死んでもいい」という勢いで我が身を投げ出してゆく心の動きであり、人類は二本の足で立ち上がったときからずっと死と背中合わせの状況を生きる歴史を歩んできた。
死んだら楽になれる、ということ。猿にはない人間的な「連携」の文化は、その無意識の感慨から生まれ育ってきたのではないだろうか。人と人は、「もう死んでもいい」という勢いで助け合う。そういう文化は、生きられない環境を生きていたネアンデルタール人の社会でこそより豊かに機能していたにちがいない。オーケストラのハーモニーもサッカーのパスも本質的にはそういう連携の文化であり、それによって人類の集団は猿の集団の規模を超えていった。ときには10万人以上が集まるサッカースタジアムの観客席では、みんなで応援のコールを合唱したり、狂気と紙一重の連携を生み出す。生きられない人間の赤ん坊をけんめいに介護して育てることだって、「もう死んでもいい」という狂気がなければできることではないだろう。
氷河期の北ヨーロッパで発狂しそうになりながら生きていたネアンデルタール人は、おそらくそういう「狂気としてのやさしさ」を極限的に持っていた。彼らのフリーセックスの社会は、「自分の遺伝子を残す」ということも「適者生存」ということも、どうでもよかった。すなわちそれは、もっとも生きられない存在である赤ん坊や老人や障害者を自分の命と引き換えにするかのようにけんめいに生かそうとしていた、ということだ。そういう狂気を持っていたから50万年の歴史を生き残ってくることができたのであり、その狂気こそがその後の人類の歴史における人間性の基礎になっているのだろう。その狂気を基礎にして共同体をつくったり宗教を生み出したり戦争をしたり人を殺したり自殺をしたり、また、命懸けで献身したり恋をしたり学問をしたり芸術をしたりスポーツをしたり、人の世はいろいろとややこしいさまになっている。

人は、根源において、この生を超えてゆこうとしているのであって、生き延びようとしているのではない。生き延びようとしていたら、文化や文明の進化発展はない。「もう死んでもいい」という勢いで進化発展してきたのだ。生き延びるためなら、住み慣れた場所に住んで自分の生き方も感じ方考え方も何も変えないのいちばん有効なのだ。
しかし人類は、この生を超えてこの生から消えてゆこうとしていった。すなわちそうやって、この世界や他者に深く豊かにときめいていった。そうやって新しいものを発見し、ときめいていった。それはすなわち、この生なんかどうでもよかった、ということだ。
ネアンデルタール人は、この生なんかどうでもよくなってしまうくらいの苛酷な環境のもとに置かれていた。その「狂気」とともに生きた彼らの寿命は、とても短かった。さっさと死んでいって、さっさと後の世代にバトンタッチしていった。生きることなんか一夜の夢で、遊び呆けて生きて死んでいった。それが、彼らのフリーセックスの文化だった。それは、ひとつの「狂気」だった。そしてその「狂気」こそがその後の人類史の進化発展の基礎になっていったのであり、われわれ現代人だって、誰の心の奥底にも「もう死んでもいい」とか「生きることなんかどうでもいい」というような「狂気」が息づいている。
この国の中世の「一期は夢よ、ただ狂え」という言葉なんか、ネアンデルタール人の心が突然そこによみがえったとしか思えない。
この生やこの世に、大切なことなんか何もない。すべては「どうでもいい」のだ。
それでも人は、この世界や他者に深く豊かにときめいてゆく。
人は、原爆や原発をはじめとして、人が死ぬ可能性のあるものを平気でつくってしまう。飛行機や自動車や船だって例外ではないし、そもそも他の動物と違って「火」との親密な関係を持っているということ自体が、死を勘定に入れた上でこの生を紡いでいるということを証明している。人の心の中には、そういう「狂気」が息づいている。そしてそれによって他者を殺してしまうか生かそうとするのかはもう、紙一重なのだろう。
狂気とは、すなわち命懸けの飛躍、すなわちこの生の外の「非日常」世界に超出してゆくこと。人の心は、この生を超えてゆく。
原始人が猿から分かたれて二本の足で立ち上がったり言葉をしゃべるようになっていったことだって、脳のはたらきに、ひとつの狂気としての「飛躍」の機能があったからだ。そしてそれは、そういう遺伝子を持ったということではなく、そういう状況に置かれたということだ。「もう死んでもいい」と思えるような状況に置かれた、ということだ。
この世の中には、狂気のようなやさしさを持った人がいる。つねに誰かの役に立とうとすることせずにいられない、そうやって生き急いでいるというか、死に急いでいるというか。まあ、処世術としてやさしさを売り物にしながら生き延びようとしているような凡人はいくらでもいるが、「もう死んでもいい」という狂気を心の底に持って献身してゆくことができる人はめったにいないし、しかし必ずどこかにいるし、誰だって何かのはずみでそういう勢いを持ったりする。