たかがセックス・ネアンデルタール人と日本人・28


人類拡散の契機になったのは、べつに「狩の獲物を追いかけていった」とか「住みよい土地を求めて集団で移動していった」とか、人類学者たちがいうようなそういうことではないのである。そんな政治的経済的理由だけが人類の生態をつくってきたのではない。
原始時代に推参してゆく思考は、ヨーロッパ人の下部構造決定論だけではすまない。というか、それをパラダイムの中心に据えてしまうことの限界がある。自分たちは高度で複雑な思考をしているつもりだろうが、じつはどうしようもなく安直で薄っぺらな問題設定なのだ。
原初の人類社会に猿社会のようなボス=リーダーは存在しなかった。それは、集団としての決まりとかスローガンのようなものはなかった、ということだ。彼らは目の前の人と人の関係をうまくやろうとしていただけであり、その結果として集団になっていたにすぎない。そしてそういう集団の方が、ボスのいる猿の集団よりもずっと豊かな連携や結束を持っていたのだ。
人類拡散のはじまりは、既成の集団群の外にセックスの場としてのお祭り広場のような空間が新しく生まれてきたことにある。
そこに集まってきたのは、それぞれの集団で置き去りにされ、集団の動きに参加できなくなっているものたちだった。
原初の人類はまあ、チンパンジーのような猿だったのだろう。チンパンジーの社会は順位性の秩序があるが、人類はその順位性を捨てて二本の足で立ち上がり、チンパンジーのような猿とは別の猿としての歴史を歩み始めた。
チンパンジーの社会では、ひとまずボスが、食い物を先に食う権利を持ち、メスとのセックスの権利を独占している。
しかし人類の社会には、そのような優先順位の制度はなかった。
食い物はまあ、木の実がなる林などの餌場に集まってみんながそれぞれ食えばいい。しかしセックスは、どうしてもあぶれてしまうものが出てきてしまう。みんながそれぞれ相手を選んでセックスをしていたのだろうが、セックスをしたあとの男はもう、あぶれてしまっている女の相手をする余力も意欲もない。
もしもセックスの需要と供給の関係が満たされている集団であるなら、女の子が成長して大人の女になっても、その関係に入ってゆくことはできない。
原始人の男には、成熟した女より若い女や処女のほうがいいというような嗜好性はなく、セックスがしやすい成熟した女の方がよかった。
男女の子供が同時に大人の体になってゆくということはない。女の方が先に大人の体になる。だから、大人になったばかりの女は、集団の中の需要と供給の関係から置き去りにされている。そうして、大人になった自分の体を持て余してしまう。
こうして、原初の人類社会に「置き去りにされたもの」が発生した。
現在でも、思春期の少女には、人類史の無意識としての「置き去りにされたもの」という気分が宿っている。まあ、お父さんのセックスの対象はお母さんであり、自分はその需要と供給の関係から置き去りにされている。人間社会そのものの需要と供給の関係から置き去りにされている、という気分が彼女らにはある。べつにセックスを意識しなくても、なんとなくの「疎外感・孤立感」が彼女らにはあるのだ、歴史の無意識として。
同じ年頃の男子は、まだオスとして成熟した体にはなっていないし、人間の男としての成熟した心も持っていない。
そして思春期の男子もまた、同じ年頃の女子からも大人社会からも二重に「置き去りにされている」という意識を持っている。
思春期の女子の疎外感はかなり自覚的で濃密であるのに対して、男子のそれはあいまいで重層的である。女子の疎外感は身体的で、男子の疎外感は観念的である。
ともあれ、こうして集団におけるセックスの需要と供給の関係から置き去りにされたものたちが、集団の外をうろつくようになってゆく。彼らは、なんとなく既成の集団と一緒に行動することができない気分を抱えてしまっていた。
気がついたら集団の外をうろついてしまっている……人類史の初期において、そういう生態が生まれてきた。これが、人類拡散の始原的な契機である。



みんなで木の実がなっている林に行ってそれを食べる。初期の人類は、誰もが自由に木登りをすることができた。直立二足歩行をはじめたらたちまち木登りができなくなったというようなことがあるはずがない。そういうことが困難な体になってきたのは、直立二足歩行をはじめて数百万年後のことである。
そうして人類の社会には、ボスがうまい木の実を独占してほかのものに食べさせない、というようなことはなかった。ボスなどいなかったから、みんなが自由に食べていった。食うことにおいて「置き去りにされる」ということはなかった。
しかし、セックスの場合は、そうはいかなかった。セックスができる体になったばかりの若い女は、その体験の場から置き去りにされていた。同世代の男たちがまだセックスする体になっていなかったからだ。これは、体の大きさとかセックスがしたいということ以前の、性ホルモンの分泌の問題としてそうだったのだろう。そしてその問題が、若い男女の気分をつくり、集団の外をうろつくという生態をつくっていった。
集団の秩序の中に置かれていると、性ホルモンの分泌が抑制される。だから、家族内の夫婦はあまりセックスをしなくなってゆくし、兄弟姉妹や親子の近親相姦はあまり起きない。
現在のこの国がいろんな意味でセックスレスの傾向になってきているのは、戦後のタイトな核家族が家族の基本形態になってしまっていることとも関係があるのかもしれない。
核家族は、どうしても集団の秩序がきつくなってしまう。子供をいつまでも家族の秩序に閉じ込めてしまう。
子供は、家族という集団の秩序の中で育てられ、成長するにつれてその秩序から置き去りにされてゆく。体が大人になったからといって、親とセックスするわけにも恋愛をするわけにもいかない。そうやって置き去りにされるから社会に出てゆくことができるし、そこでの他者との出会いにときめきを体験するようになってゆく。
原始社会においても、そのようにして若者たちは、新しいお祭り広場に集まってくるようになっていった。
そのとき女の体はすでに盛んに性ホルモンが分泌している。年ごろになれば性器から男を誘惑するフェロモンを発するようになってくるし、集団の外に出ればその解放感でさらに濃密になる。そうして、まだ未熟だった男も、一挙に性ホルモンの分泌が活発になってくる。
集団の中にいるかぎり、猿の時代の延長のような発情の仕方だったことだろう。しかしやがて、集団の外に出ればいつでも発情現象が起きる体になっていった。
集団の秩序の外に出ることによって、心も体も一挙に解放される。そうしてそこがセックスの場になり、新しい集団になってゆく。
集団の秩序は性ホルモンの分泌を封じ込めるが、性ホルモンの分泌が起きていないと集団は成り立たない。
すでに性ホルモンの分泌が起きている、ということの上に集団が成り立っている。人類は、拡散してゆけばゆくほどセックスの関係が活発な集団になっていった。



発情すれば、性器が充血してきて、男も女も性器の居心地の悪さを覚える。しかし、つながってしまえば、たがいに自分の性器は忘れて相手の性器ばかり感じている。
セックスは、自分の性器の居心地の悪さを解消する行為である。さらにいえば、生きてあることの居心地の悪さを解消する行為である。現代においては、そのための行為は娯楽や学問や芸術としていくらでもあるが、原初の社会では、セックスしかなかった。
言いかえれば人類は、一年中発情してセックスをするようになってゆきながら、生きてあることの居心地の悪さを解消する作法としての「文化」をさまざまに見い出していった。
人類の歴史は、一年中発情している存在になってゆくこととともにはじまった。その進化は、既成の集団群の外に新しい出会いの広場が生まれていったことによって起きてきた。
原初の集団を成り立たせている第一義的な問題は、性ホルモンの分泌が起きているということ、すなわちセックスの需要と供給がちゃんとできているかどうかという問題だったのであって、食糧確保の経済の問題も集団運営の政治の問題もあくまで二義的なものでしかなかった。人類が住みにくさをいとわず地球の隅々まで拡散していったことは、そういうことを意味する。
つまり原始人の社会は、人と人の関係がうまくいっているかどうかということ、それこそがもっとも切実な問題だったのであり、それさえうまくいっているのなら食うことも集団運営もそのつどの「なりゆき」でやりくりしてゆけばいいというのが彼らの流儀だった。
二本の足で立ち上がった人類にとっては人と人の関係がうまくいっているかどうかということこそがもっとも切実な問題だったのであり、それは、それさえうまくゆくのなら死んでもいいという姿勢だった。そうやって猿よりも弱い猿になり、猿の生態と決別していったのだ。
彼らは、死んでもいい、と思いながら生きていた。そうやって、生と死の境目を生きていた。
セックスは、生と死の境目に立つ行為である。そのとき、他者の身体ばかり感じてみずからの身体は消えている。
たかがセックス、されどセックス。セックスをすることは、もう死んでもいい、と思う体験である。現代人はいろんな動機でいろんな体験としてセックスしているのだろうが、原初の人類にとってそれは、全存在をかけた体験だったのだ。
セックスは、みずからの身体を忘れてしまう体験である。そうやって、もう死んでもいい、と思う。そうして、相手の身体ばかりを確かに感じている。相手の身体を感じることによって、自分の身体を忘れてしまうことができる。自分が死んでもいいと思えるためには、相手は確かなかたちで存在し生きていてくれなくては困る。
人間は他者を生かそうとする存在であり、誰もが他者によって生かされている。他者の身体によってみずからの二本の足で立つ姿勢が安定している。それは、もともと不安定な姿勢であり、他者と向き合い他者の身体が心理的な壁になっていることによって安定する。そういう関係性とともに人類はその姿勢を常態化していった。
したがって、わりと早い段階から正常位で抱き合ってセックスすることを覚えていったはずである。そうして、みずからの身体が消えて相手の身体ばかり感じる体験をしていった。
人間は、生きようとなんかしていない。自分の身体が消えてゆく体験の醍醐味の上に人間存在が成り立っている。そしてその体験の醍醐味は、相手の身体が確かに存在することの上に成り立っている。だから人間は、介護をする。人間は、存在そのものにおいて他者に生かされている。他者を生かして存在している。人間の介護の生態は、セックスの体験から生まれてきたのだ。
他者を生かそうとする衝動が、人間を生かしている。自分が生きようとするのではない。自分は「死んでもいい」のであり、「死んでもいい」と思わないと生きていられない存在なのだ。
人間は、生と死の境目の「死んでもいい」と思える地平に立って生きている。この地平で、人間的な文化が生まれ育ってきたのだ。原始人にとってセックスすることは、その地平に立つことだった。
「死んでもいい」と思うことと、他者を生かそうとすること、このメンタリティと生態があって、はじめて氷河期の極北の地で暮らすということが可能になった。人類は、拡散しながら、そしてセックスをしながら、このメンタリティと生態を育てていったのだ。食料の確保も集団運営も二の次にしたこのメンタリティと生態の上に原始人の暮らしが成り立っていた。
すなわち原始社会は、人と人の関係がうまくいってなければ何も始まらなかった。それさえうまくいっているなら死んでもよかった。このメンタリティと生態はセックスによって育ってきたのであり、この生態とメンタリティこそが現代においても人間存在の基礎的なかたちになっているのだ。
たかがセックス、されどセックス、ということ。



ときどき考える、僕のようなみすぼらしい人間が現在のこの地球上に存在するとはどういうことだろう、と。
人類が生きようとする意欲や能力が豊かな存在で、そういう人間が生まれ生き残ってきたのなら、僕のようなしょうもない人間が現在のこの地球上に出現するはずがないのだ。
人類は、生きようとする意欲や計画性が満々の存在として歴史を歩んできたのではない。しょうもない人間でも生まれてきて生きてしまうような行き当たりばったりの歴史を歩んできたのだ。
人間社会のダイナミズムは、優秀な人間がたくさんいることにあるのではない。いいかげんな人間でも生きていることにある。
猿よりも優秀であることが人間性の証しであるのではない。猿よりもいいかげんな人間も含めたその総和が人間性であり、その総和の中に本質がある。
まあ人間は、自分が生きようとするのではなく他者を生かそうとする存在だから、いいかげんな人間も生き残ってきてしまったのだろう。
自分なんか死んでしまってもいい存在であり、死んでしまってもいいという心の動きや行動が生きることの醍醐味になっている。「死んでもいい」と気持ちで他者を生かそうとしてゆく。そうやって生と死の境目に立っているのが人間存在なのだ。そして、みすぼらしい人間ほど、生と死の境目に立っている。その境目の内側に人間が存在している。
人間がみすぼらしいことは、非人間的なことでもなんでもないのである。弱いものを助けるのが人間であるのではなく、弱いものであることが人間なのだ。
人間にとって介護をすることは、本質的には「助ける」というよりも「人間とは何か?」と問うてゆく行為なのだ。他者を生かさないと「死んでもいい」という気持ちをくみ上げることができないからだ。人間は、「死んでもいい」という気持ちをくみ上げる行為として介護をしている。
この世の弱いものは介護という行為をしないかといえば、弱いものの方がずっと熱心にその行為に没頭する。なぜなら弱い者の方が「死んでもいい」と思うことの醍醐味をよく知っているからというか、「死んでもいい」という気持ちで生きているからだ。
弱いものは、「助ける」という恩着せがましい気持ちで介護をしているのではない。「死んでもいい」という生と死の境目に立って「人間とは何か?」と問うている、というか、そこでこそ人間と出会っている。
これは、倫理道徳の問題ではない。人類は、一年中発情しセックスをする存在になっていったことによって、そのような心の動きや生態が生まれてきたのでありそのような心の動きや生態が人類拡散をうながした。
倫理道徳や政治経済の問題で歴史を語るものたちは、とかくセックスの問題を捨象したがる。そうして最後には決まって、人間はいかに生きるべきか、という結論を押しつけてくる。しかしわれわれが知りたいのは、そんなことではない。「人間とは何か」であり「人間はどのように生きてきたか」ということだ。
人類は「いかに生きるべきか」という問題で地球の隅々まで拡散していったのではない。生きることなんかどうでもいいと思い定めて拡散していったのであり、生きることなんかどうでもいいという地平に立つことが生きることなのだ。
「いかに生きるべきか」という問題など存在しない。なぜなら人間とは「もう死んでもいい」という地平に立って生きる存在だから。
人間は「もう死んでもいい」という感動(エクスタシー)を体験してしまった存在というか体験してしまう存在なのだ。
人は、生と死の境目で「人間とは何か」ということに気づく。そこでこそ、「人間」と出会う。だから、地球の隅々まで拡散していった人類は新しい土地の住みにくさをいとわなかったし、介護をするという生態を持つようになっていった。



集団から置き去りにされるという体験が人類の発情をうながした。つまり、その体験によって、豊かに他者にときめく心の動きが起きてきたのだ。その新しい土地にやってきた原初の人類たちは、ときめき合ってセックスをしたりワイワイガヤガヤじゃれ合ったりしているうちに、気がついたら集団になっていただけだ。
人間は集団をつくろうとするのではない、集団が人間をつくる。言葉が地域集団ごとに違うというのも、そういうことだ。
二本の足で立ち上がる直前の原初の人類は、集団が過密状態になっていっていることに気づかなかった。だから、無理に余分な個体を追い払おうとすることはしなかった。そこは、余分な個体を追い払うことも逃げ出すこともできないサバンナの中の孤立した森だった。つまり、そうやって集団をつくる(運営する)能力を喪失していったのだ。そうしてそのあげくに過密状態が極まってにっちもさっちもいかなくなり、二本の足で立ち上がっていった。
原初の人類は、猿のような集団運営の能力を失った存在だった。しかしそこから集団運営の意欲を捨ててただもうときめき合うだけの関係になってゆくことによって、より大きな集団になっていった。
人間は、集団運営の意欲と能力を喪失した存在だから、集団から置き去りにされるものが出てくるし、誰の中にも集団から置き去りにされている心の動きがある。それを「孤独」という。誰もがどこかしらで孤独を感じているし、孤独になりたがりもする。街の雑踏の中にいると、よけいに孤独の感慨に浸されたりする。
人間は、孤独から生きはじめる。いや、すべての生き物は「身体の孤立性」から生きはじめる。それが確保されていなければ身体は動かない。身体のまわりに何もない「空間」があって、はじめて体が動くのだ。すべての生き物は、世界から置き去りにされて「身体の孤立性」を持ってしまっている存在である。集団運営の能力と意欲を喪失した人類は、そういうところに遡行していったのだ。
原初の生命は、世界から置き去りにされて世界の一部になり得ない存在として発生し、世界の一部に戻っていった。死ぬことは、世界の一部に戻ってゆくことだ。
この世界の生成の「まぎれ」として生命が発生した。そして生きることは、この「まぎれ」を収拾してゆくことだ。収拾することを繰り返しながらこの身体は世界の一部に帰ってゆく。
有機体(物)とは、この世界の一部であることから置き去りにされてしまった物質のことだ。
生きることは、この世界の一部になり得ない存在がこの世界の一部になろうとするはたらきである。しかしわれは、生きてあるかぎりけっして世界の一部になり得ない。死ぬことによって世界の一部になる。
世界の一部になり得ないこと、その不可能性をわれわれは生きている。
置き去りにされてあることは、生き物であることの属性なのだ。原初の人類はその属性を生きようとして二本の足で立ち上がっていった。
もともと人間は、集団運営の意欲や能力を持った存在ではない。集団から置き去りにされたものとして集団の動きに参加してゆこうとする存在なのだ。
だからその新しいお祭り広場が新しい集団になっていった。集団運営の意欲や能力を持った存在なら、けっして集団から置き去りにされはしないし、集団になる以前のその小さくて混沌した集まりの中に身を置くことはできない。
最初は、もとよりリーダーもいない混沌とした集まりだったのだ。まあ、そこからはじめることができるのが人間の強みで、ボスが君臨した順位性の秩序の中でしか生きられない猿の集団とは違うところだ。チンパンジーはそういう集団に秩序の中でしか生きられないから、絶滅の危機に瀕しているのだろう。彼らは、たとえば二頭だけの集団から秩序もないままなりゆきでやりくりしながら集団が大きくなってゆくという過程を持つことができない。集団が小さくなって無秩序になれば、そのまま共倒れして滅んでゆくしかない。
しかし人間は、集団になり得ない無秩序な集団をなりゆきでやりくりしてゆくことができる。東日本大震災の被災者たちは、そうやってやりくりしていった。そんなとき猿はヒステリーを起して混乱に陥ってゆくが、人間はそうならない。今どきは猿のようになってしまう人間の集団もあるらしいが、それは、人間の本性とも原始人の集団性とも違う。
人間がほんらい持っているその資質は、集団を運営しようとする意欲や能力ではなく、集団から置き去りにされてあるという自覚の切実さにある。そういう自覚のことを「孤独」という。
二人だけの無秩序な混沌とした集団関係を生きることを恋愛という。その果てに家族を持ち、社会と関係してゆく。
人間は無秩序ななりゆきまかせの関係を持っていないと生きられない。その関係の中でこそ生きた心地を体験している。だから、人間社会の集団の生成は、ゼロからスタートすることができる。秩序なんかなくても「なりゆき」のままにやってゆくことができる。そのようにして、猿よりも弱い猿でありながら生き残っていったのだし、地球の隅々まで拡散してゆくというダイナミズムも起きてきた。



その新しく生まれたお祭り広場でワイワイガヤガヤやっていたものたちは、集団をつくろうとする意図を持っていたのではない。ときめき合ってなりゆきのままにやっているうちに、気がついたら新しい集団になっていただけだ。それは、彼らがもともと集団から置き去りにされたものとして集団に参加してゆこうとする切実な願いを持っていたからであって、集団をつくろうとする作為を持っていたからではない。彼らは、集団になっていることを受け入れていっただけで、集団をつくろうとしたのではない。
彼らは、その無秩序の中に飛び込んでいった。人間はもともと無秩序を生きようとする存在なのだ。秩序から置き去りにされて秩序を追いかけながら、無秩序であることが秩序であるような関係をつくってゆくのが人間性なのだ。
集団なんか鬱陶しいだけど、そこで他者との出会いのときめきを体験しているかぎり、それはもう受け入れるしかない。少なくともそこは、もといた集団よりもずっと豊かに出会いのときめきが起きる場だった。
人と人の関係のダイナミズムは出会いのときめきの上に成り立っており、その関係が起きているのなら、集団はなんとでもなる。というか、その関係の上に集団ができてゆくのであり、氷河期明けにはその関係を起こすための装置として集団運営の政治が生まれてきた。
人間は集団から置き去りにされた存在であり、そこから集団の一員になろうとしてゆくことによって命が豊かにはたらく。最初から集団の一員のままだったら、命のはたらきが停滞してしまう。だから集団を超えてリーダーになって集団を動かそうとするし、いじましい庶民は他人に対する優越感を持とうとしてゆく。まあこれが、現在の市民社会の表層的な動きなのだろう。
人間の集団は、無秩序であることが秩序であるような関係になってゆく。その典型がひとまず恋愛や家族であり、そういう関係を確保しておかないと、共同体の秩序の鬱陶しさに耐えられない。
何はともあれ、集団の秩序と調和したかたちで人間が存在しているのではない。普遍的な無意識のレベルでは置き去りにされたかたちではたらいているし、現代人の観念のレベルでは秩序の上を行こうとしている。市民運動家をはじめとして多くの人たちが「今ここ」の社会を受け入れられなくてそれを未来に向かって上書きしようと画策しているし、他人との競争に勝って優越感を持とうと躍起になっている人も多い。
いずれにせよ人間は、集団の秩序から逸脱した存在なのだ。そして根源においては「置き去りにされる」というかたちで逸脱してしまっている。このかたちを持っているから「ときめく」という心の動きが起きる。そして現代人の観念が上に向かって逸脱してゆけば「優越感」になるのだろうし、文明社会が生み出した戦争という行為もまたそのような秩序から逸脱した心の動きを醸成する装置になっているのだろう。
しかし「置き去りにされている」というレベルからしか「ときめく」という心の動きは起きてこないし、それによって一年中発情するようになっていったのが人間なのだ。
置き去りにされている身体が充血し勃起するのだ。
そして、置き去りにされている心が介護せずにいられなくなっていったのだ。
その新しいお祭り広場では、セックスと介護の行為がより活発に起きていた。人類は、拡散してゆくほどにより豊かにときめき合う関係になっていった。
住みにくいということは、それもまた「置き去りにされてある」ということであり、置き去りにされてあるのが人間の存在するかたちなのだ。
人間は、置き去りにされたところで人間と出会い、人間を発見する。
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