ひとりになりたいのに・ネアンデルタール人と日本人・42


このブログの主題は、「起源」を探究することにあります。
そこからわれわれが生きてある「今ここ」を掬い上げたいとも思う。
もう一度おさらいしておこう。
人類学では、人間の根源的な集団性ということをあまり考えない。集団というのはつくろうとしてつくるものだという前提で考えている。現在の社会では、未来の社会を構想することは人間の本性であり善であり正義であるということになっている。したがって人類学者は、原始人は集団運営のために何をしようとしたかというところから考えはじめ、集団をつくろうとする意図などないまま最初から集団になっていたというかたちを考えることはしない。彼らは、人間は集団をつくろうとする衝動を持っている、と信じている。
まったく、自我の肥大化した現代人による愚かな妄想だ。
現代社会は、人々の集団を組織しようとする自我=観念で動いているのかもしれない。しかし人間の無意識にそんな衝動はない。人間の集団性の根源には人と人がときめき合う関係があり、その結果として集団になっているだけである。ときめき合う関係があるのなら、その集団の単位はもう受け入れるしかない。ほんとうは誰だってそうやって集団を受け入れているだけではないか。
原始時代に、おそらく集団を組織しようとするリーダーなどいなかった。
人類社会のリーダーは、集団のみんなから祭り上げられるかたちで生まれてきたのであって、集団を組織しようとする人間があらわれたのではない。それは、今だってそうだろう。ひとまず選挙で選んでいるではないか。
集団を鬱陶しがるのが人間なのだ。鬱陶しいが、誰もがときめき合っている集団であるのなら、そのかたちは受け入れるしかない。
「ひとりになりたい、ほっといてくれ」という思いは、誰の中にも潜んでいる。生き物が存在することの原点は、「身体を持った個体」ということにある。個体である、という条件のもとに身体が動く。
二本の足で立っている人間は、身体の動きに制約を抱えている。だから、猿以上に「個体」であろうとする意識は切実で、それでも猿以上に大きな集団をつくってしまう。そこが、ややこしい。
基本的には、人間に集団をつくろうとする衝動ははたらいていない。それでも集団の中に置かれて生きてしまう生き物なのだ。そこのところを考えないといけないと思えるのだが、人類学者たちはそういう問題設定をしない。集団をつくろうとする意図の上に集団が成り立っている、と考えている。まあ文明社会共同体はひとまずそういう前提で運営しているのだが、それは原始人の流儀ではない。人間が集団をつくろうとするだけの存在なら、人類拡散は起きていない。集団から飛び出そうとしたりはじきだされたりしてしまうものがいたから人類拡散が起きたのだ。
そして飛び出したりはじき出されたりしたものたちもまた、その新しい出会いにときめきながら集団になっていった。集団をつくろうとしたわけではないが、気がついたらそこに新しい集団ができていたのであり、みんながときめき合っているのならそれはもう受け入れるしかなかった。
人間は、「ひとりになりたい」という思いとともに集団の中に置かれている存在なのだ。
まあ、「ひとりになりたい」と思うから、人よりいい暮らしがしたいとか、人の上に立ちたいとも思う。
基本的には人間の二本の足で立つ姿勢は集団の中に置かれていないと安定しない姿勢であり、集団の中で他者の身体がそばにあることのプレーシャーによってその姿勢が安定する。
人間は、すぐに座ったり寝転んだりしたがる生き物である。それくらい二本の足で立つ姿勢は居心地が悪い。生物学的にいえば、生き物としてきわめて危険で不安定な姿勢なのだ。
しかしそれでも二本の足で立っている。そのためには、どうしても他者の身体がそばにあるという圧迫感を必要とするし、そうやって立っていることによって他者に対するときめきも猿以上に豊かに起きてくる。まあこれが、人間の集団性の原点なのだ。
つまり、二本の足で立ち上がって猿としての身体能力を喪失してしまうことは、死に魅入られてゆくことであり、猿よりも弱い猿として死と生の境界に立って豊かな心の動きや命のはたらきを紡いでゆくのが人間の流儀なのだ。
生き延びるためではない。そのためなら二本の足で立ち上がったりはしない。生き延びることを忘れて死に魅入られてゆきながら二本の足で立ち上がっていったのだ。そしてそういう存在だったから、住みにくいことをいとわずに地球の隅々まで拡散していった。それはまさに、二本の足で立ち上がることと同じ「死に魅入られてゆく」という行動だった。
人間は、死に魅入られて存在している。そしてそこでこそ、心の動きも命のはたらきも豊かに起きてくる。生き延びようとしているのではない。
原始人には、生き延びるために集団をつくってゆこうとする衝動(欲望)などなかった。そんな衝動(欲望)など持たなくても、すでに集団は存在していた。
原始人の行動を生き延びるためのものだと考えると間違う。今どきの人類学者は、みんなそういう間違いを犯している。



生き物だろうと人間だろうと、根源的には、死に魅入られ滅びることに向かっている存在であって、生き延びようとしているのではない。ただ、死に魅入られ滅びることに向かうことによってもっとも命が豊かにはたらくというパラドックスがあるわけで、そうやって人類は地球の隅々まで拡散していった。
原始人の生態は、つねに絶滅することと背中合わせだった。しかしその背中合わせのところでこそ、もっとも豊かな命のはたらきが起きてきた。
したがって、生き延びるために集団運営の方法を追求しようとする目的など持たなかった。
彼らはつねに、死に魅入られていた。そしてその死に対する親密さこそ彼らの心の動きや命のはたらきの豊かさだった。
彼らは現代人のような集団運営の方法を追求する目的は持たなかったが、自然状態において集団を成り立たせているたがいにときめき合うという関係は現代人よりもはるかに豊かだった。
原始社会は先験的な無作為の集団性の上に成り立っていたのであり、集団をつくろうとしていたのではない。もしもそのような意図があったのなら、その時点ですでに都市なり国家なりの大集団ができていたことだろう。
人類がそういう大きな集団をつくるようになったのは氷河期明け以降のことであり、温暖化とともに住みよい環境になり、人の行き来が活発になってきたからだろう。それに集団で農業をするようになってきたこともあるのだろうか。原始的な農業はとても作業効率が悪く、大集団にならないとできなかった。また、このあたりから異民族との緊張関係が起きてきて、それに対抗するためにも大きな集団を形成する必要があった。そうして、戦争も起きてきた。そのようにして、集団をつくることにどんどん作為的になっていった。
現代人の基本的な集団運営の動機は、既得権益を未来に向かって維持してゆこうとすることにあるのだろうか。しかし原始人にはそのような動機はなかった。彼らの意識は、未来に向かっていたのではなく、「今ここ」を追跡してゆくことにあった。
意識は、「今ここ」から一瞬遅れて生起する。根源的な意識にとっての「未来」は、「今ここ」なのだ。
意識は「今ここ」の世界=他者を追跡しているのであって、「今ここ」の世界=他者を置き去りにして未来に向いているのではない。つまり、人間は他者を支配しようとする存在ではなく、他者に反応して他者を追跡している存在だということだ。
原始人は、現代人のように他者に先行して他者を支配しようとするのではなく、他者から一瞬遅れて他者に反応し他者を追跡していた。
集団運営を計画するということは、おたがいに他者を支配しようとし合っている、ということなのだ。まあ現代の市民社会はひとまずそのような構造になっているが、原始社会もそうだったと決めつけることはできない。
現代の市民運動家たちが、「未来の社会はかくあらねばならない」というスローガンを共有し合唱している。それは、そのスローガンによっておたがいを支配し合っている、ということなのである。そうしてそうは思わないものたちを糾弾し、改宗させようとしている。
市民運動だって、現代的作為的な「支配欲」の上に成り立っている。政治に興味を持つというのは、ひとつの支配欲なのだろうか。
反体制だから清らかだともいえない。集団運営を計画するということ自体がひとつの支配欲であり、それは原始人のものではないし、人間の普遍的な集団性でもない。



たぶん、現代人と原始人では「自我」のかたちが違うのだろう。
現代人は、まず「われあり」という意識があって、その意識のもとに世界=他者があらわれると思っている。しかしそれはたんなる思い込みであり、そうではなく、はじめに世界=他者があってそれに対する反応として意識が発生する。
世界=他者が存在しなければ、意識のはたらきもない。そしてこれは、哲学の考え方の問題というよりは、日常感覚=センスの問題である。
現代人は「われあり」という前提に立って世界と向き合う。だから、未来の社会を構想する。しかし原始人ははじめに世界=他者が存在するという日常感覚で生きていたから、そのような発想はしなかった。
人間の二本の足で立つ姿勢は、「はじめに他者の身体(=世界)がある」という前提を持っていないと安定しない。人類は、そこから人間としての歴史をはじめた。すでに他者の身体があったから、立ち上がることができたのだ。
人間の二本の足で立つ姿勢は、はじめに世界=他者が存在するという前提の上に成り立っている。これが、原始人の日常感覚だった。
人類が拡散してゆくとき、そこがどんな土地かということは考えなかった。もし考えたら、わざわざ住みにくいところに移住してゆくということはしない。住み着いてから住みにくいことがわかったのであり、その住みにくさを受け入れることによって豊かに命のはたらきや心の動きが起きてくることを体験していった。
世界や他者に先行して「自分という意識」がはたらいているのなら、人類拡散は起きなかった。原始人の意識は世界=他者を追跡するかたちではたらいていたし、それが人間の普遍的な意識のはたらきなのだ。
そういう意識のはたらきの自然にしたがって人類拡散は起きてきたのだ。
二本の足で立つことといい、体毛を失うことといい、住みにくい土地に移住してゆくことといい、生き物としての身体能力を失うことである。そういうことをあえて計画するはずがない。起きてしまったあとにそれを受け入れてゆき、それによって文化文明が発達してきたのだ。
そしてそうい困難な事態は、自我をフェードアウトさせてゆかなければ受け入れられない。自我は、そういう事態を回避しようとするし、そういう事態から逃げてゆこうとする。
人類は、自我をフェードアウトさせながら二本の足で立ち上がり、体毛を失ったことを受け入れ、住みにくい土地に移住していったのだ。
二本の足で立つことや体毛を失うことが生きることに有利だったのではない。
生きることの不利(ハンデ)を受け入れてきたのが人間の歴史であり、それによって身体や知能が進化していった。それは彼らが、自分の意識よりも先に世界や他者が存在するという日常感覚で生きていたことを意味する。人間の意識は、自然状態においてそういう日常感覚(身体感覚)を持つようにできているのだ。それは、たんなる哲学的な机上の計算ではない。



人類拡散は、既成の集団の外にどんどん新しい集団ができていったからであり、べつに旅をしていったというようなことではない。
人類学者は、「出アフリカ」などといって、集団で旅をしていったという前提(パラダイム)で考えているのだが、そういうことではないのだ。
集団で旅をする能力が人類拡散をもたらしたのではない。新しい土地に新しい集団ができていったのであり、そのいつの間にか集団ができてしまう生態こそが人類拡散をもたらしたのだ。
その「集団性」というメンタリティこそ人類拡散の要因なのだ。
そしてそれは、集団をつくろうとしたのではない。人と人がときめき合いながら、いつの間にか集団になっていたのだ。
集団で移動していったのではない。集団から飛び出したりはじかれてしまう人間がいたのであり、そういうものたちが既成の集団の外に新しい集団をつくっていった。
集団の外に、そこに行けば集団以外の人間と会えるという場所があるとする。そしたら、ときどきそこに遊びに行くようになるだろう。現代の若者がストリートに集まってくるようなものだ。で、だんだんそこで生活するようになってゆき、そこに新しい集団が生まれる。
若者が成長してゆけば大人たちの既得権益を脅かす存在になり、はじき出されたり飛び出したりするようになってゆく。
そのころはまだ、若者を取り込んでもっと大きな集団になってゆこうとするだけの意欲も能力もなかった。原始人は、おそらくとても貧弱な環境でその日暮らしのような状態だったから、人口が増えてくればどうしても集団から出てゆく個体があらわれてくる。
原始人には、大きな集団を組織するべき理由がなかった。大きな集団になったら困ることの方が多かった。人口が増えれば食糧不足が起きるし、若い女たちは、いろんな意味で大人の女たちの安全保障の邪魔になる。そういう大人たちの世界に参加できない若者たちがあちこちから寄り集まってきて、集団の外に新しい集団をつくっていった。
たとえばセックス。原始社会の大人たちは、若い娘にはあまり興味を示さない。セックスをしなれた相手の方がいい。そして男と女とどちらが早熟かといえば女の方だから、若い娘は年下の男を相手にセックスを覚えてゆく。セックスなどというものは、教えられなくても勝手に覚えてしまう。
犬や猫でも勝手に覚えてしまうのだから、若い少年と少女が勝手にセックスしてしまうことはもう、いつの時代においても避けられないことだ。
集団から追い出された若い娘は、年下の男を連れて出てゆくことになる。そうして出て行った先でも新しいセックスの関係が生まれてくる。人類史は、拡散してゆくにつれてダイナミックな乱婚関係になっていった。
若い娘が集団を出てほかの集団に身を寄せてゆくという生態は、猿の時代からあった。これが発展して、集団どうしで女を交換するという習俗になっていった。この習俗は、二本の足で立ち上がった直後の時代からすでにはじまっていたともいわれている。
人類拡散の先鞭をつけたのは若い娘たちだったのかもしれない。若い娘は、猿の時代からすでに集団を出てゆく習性を持っていた。
いずれにせよ、原始人に集団で移住してゆこうとするような生態はなかった。どこからともなくその新しい土地に人が集まってきたのだ。そしてそこは新しい土地だし知らないものどうしなのだから、住みやすいはずがない。それでも彼らはそこに住み着いていった。もともと人間は、どんな住みにくいところでもけんめいに住み着いてゆこうとする生き物だった。だから、食えるものはなんでも食うという生態になっていった。
けんめいに住み着こうとする生き物だったから、地球の隅々まで拡散していったのだ。
集団で移動生活をしているものたちは、その移動エリアの外にはけっして出ていかない。移動生活をしているものたちが拡散していったのではない。けんめいに住み着こうとする生態を持ったものたちが拡散していったのだ。
移動生活をしているものたちは、永久に移動し続けて、どこにも住み着くことができない。彼らこそもっとも拡散する能力をもたいないものたちなのだ。
アフリカのサバンナで移動生活をはじめたものたちは、けっきょくどこにも拡散していかなかった。
住み着く能力を持ったものたちでなければ拡散してゆくことはできない。集団になって助け合い連携しながら住み着いていった。そういう能力は、サバンナの民は希薄である。
人間の世界では、集団の居住区の外に、なんとなくあちこちから人が集まってくる場所ができてしまう。市(いち)=バザール、これはもう人類の普遍的な生態である。この生態の反復によって地球の隅々まで拡散していったのであって、集団で旅をしたのではない。
なんとなく集まってきてときめき合えば、一緒に暮らそうかという気になってゆく。
人と人が出会ってときめき合った、これが拡散の起源だ。ときめき合ってその新しい場所に住み着いていった。そして住み着いたからこそ、またその外になんとなく人が寄り集まってくる新しい場所が生まれる。この繰り返しで拡散していったのだ。
サバンナの小集団は、それ以上大きくなったら移動することも小さな森に隠れすむこともこんなになるという集団運営のコンセプトを持っている。しかし拡散していったものたちの集団にはそのようなコンセプトがなく、「ときめき合う」ことの上に成り立っていた。集団運営のコンセプト=構想を持っていたから拡散してゆくことができたのだし、やがては猿の集団の限度を超えた大きな集団になっていった。拡散すればするほど大きな集団になってゆき、連携の生態が発達していった。すなわちその連携は、集団運営を構想することによってではなく、人と人がときめき合うことの上に発達していったのだ。



二本の足で立っている人間は、住み着いて集団をつくってゆくような生態を持っている。それはとても危険で不安定な姿勢であり、他者と向き合っていないと安定しない。そうしてその不安定さゆえに、どうしても座ったり寝転びたくなる。つまり、住み着いてゆこうとする、ということだ。
二本の足で立っていると、移動するのが面倒になり、その場に座り込んだり寝転んだりしたくなってしまう。その新しい場所に来てしまえば、もうもとの場所に戻るのが面倒になってしまう。おまけにときめき合う相手が目の前にいるのなら、なお戻りたくない。そうやって拡散していったのだ。
人類が新しい場所に住み着く能力を獲得していったのは、二本の足で立っていることがあるき出さずにいられない姿勢であると同時にすぐ座ったり寝転んだりしたくなる姿勢でもあったからで、長距離移動に向いている姿勢だからというだけの理由ではない。そういう姿勢だったから新しい場所に移動していったのだが、かなり遠くまで行っても戻ってくることができたし、かなり遠くまで行ったから戻るのが面倒くさくなってしまった。
そうしてそこで人と人が出会ってときめき合っていったということがもっとも大きな要因であり、そういう「集団性」が人類拡散をうながしたのだ。
人類史は、拡散してゆくにつれて乱婚関係になってゆき、人と人がときめき合う関係がよりダイナミックになっていった。まあこれだって、猿やサバンナの民のような集団運営のコンセプト=構想を持っていなかったからだ。
自我を拡大させて未来を構想するものは、しだいに他者とときめき合う心を失ってゆく。そうして、形ばかりの愛だの共生だのというコンセプトに執着してゆく。
内田樹先生は「家族は家族であることが大事なのであり、ときめき合うことは大した問題ではない」といっておられた。しかし原始人はときめき合う関係を第一義にして集団をつくっていったのであり、現代社会においてもその方がずっと高度で豊かなな集団のダイナミズムになる。
内田先生のようなモテないブ男は、人と人の関係を欲しがるばかりで、人と人の関係を味わうということをしてこなかった。だからそのような家族論になってゆくわけで、彼は、ときめき合うところから生まれてくる集団性を知らない。家族であれ恋愛であれ師弟関係であれ、彼は、それを構想=欲望することによってしか得られない。いや、彼だけではない、現代社会にはそういう関係性=集団性が蔓延しており、そういう関係性=集団性を正当化する言説がありがたがられている。現代人はそれでいいのかもしれないが、少なくともネアンデルタール人や日本列島の古代人にはそのような関係性=集団性を生きようとする意欲も能力もなかった。
未来を計画・構想するなどということは、人間性の基礎でもなんでもない。
世界中に閉塞感が広がってきているなどというが、そうやって未来を計画・構想する自我が拡大してゆけば閉塞感に陥るに決まっている。そのように自我を無際限に拡大してゆくには、この世界はあまりに狭すぎるし、人生はあまりに短かすぎる。
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