憂き世・「時代は変わる」12


現在はもう、バブルのように上昇志向をたぎらせて生きてゆける時代ではないらしい。
この社会全体が「閉塞感」に覆われているなどとも言われている。
そりゃあ、上昇志向をたぎらせようとしても先が見えないで閉塞感に陥ってしまう状況は一部にあるかもしれないが、すべての日本人がそう感じているわけでもあるまい。
「まあこんなものかな」と受け入れながらまったりと低空飛行の生き方をしている人たちもたくさんいるにちがいない。
日本列島の歴史においては、縄文時代から江戸時代までの民衆は、おおむねそんな気分で生きてきたのではないだろうか。だから、民衆の暮らしはなかなか豊かにならなかったし、革命も起きなかった。
時代=世の中を嘆きつつ、それでもそのまま受け入れてゆく、この「憂き世」のメンタリティが日本列島の歴史の通奏低音になっている。
しかし、そのために日本列島の文化が停滞したかといえば、そういうわけでもない。民衆の暮らしとともに洗練してきたさまざまな衣食住の文化があるし、民衆が育ててきた芸能の伝統もあれば、人と人の関係の作法の伝統もある。民衆は民衆なりに人や世界に豊かに反応しながら生きてきたし、そこからさまざまな文化を生み出してきた。
開国してたちまち欧米に追い付いていった明治という時代は活力があったとか明治の人は立派だったといっても、そこに至るまでに熟成されてきた日本列島の伝統のメンタリティがあったわけで、そんな歴史の中で明治の人はそういう時代を生きる役回りを担ったにすぎない。
進取の気性があったのはべつに明治の人だけのことではなく、そういうメンタリティを生み出す歴史の伝統があったのだし、それは、時代に対して「まあこんなものかな」と嘆きつつそのまま受け入れてゆく「憂き世」の気分の歴史によって醸成されてきたものにほかならない。
「憂き世」という気分を持っている人の方が、じつは進取の気性や学問的芸術的な探求心が旺盛なのだ。その「憂き世」の気分が、そうした「ときめき」をもたらす。その、かんたんに時代に踊らされてきょろきょろしないでまったりとしていられる気分から深く豊かなときめきが生まれてくる。今ここに豊かに反応してゆく感受性があるからまったりとしていられる。
「いまここ」に鈍感だから、そわそわして時代に踊らされてしまうし、すぐ飽きて次のものを欲しがってしまう。



海に囲まれた日本列島では、まったりと「今ここ」を味わいつくす感受性が熟成されてきた。それは、けっして停滞した心の動きではない。「今ここ」から次々に新しい展開を発見してゆくことができる感受性があるからだ。「今ここ」でまったりできるものこそが、新しいものとの出会いにときめいてゆく心の動きを持っている。
日本列島に歴史は、まず縄文時代のまったりとした1万年があった。そこにおいて、日本的な進取の気性が熟成されていった。彼らはそこで、つねに新しい発見をしていたからこそ、まったりとした1万年の時間を生きることができたのだ。
縄文時代のまったりとした1万年によって熟成されていったのは、じつは、新しいものにときめいてゆくという進取の気性だった。
だからこそ、弥生時代という新しい農業社会へとスムーズの移行してゆくことができた。木の実などの採集生活をしていた人々がたちまち農業社会をつくっていった。だから、多くの歴史家はこれを、大陸からやってきた人たちによってなされたことのようにいうのだが、そうではない、そういう生活に移行してゆけるだけの進取の気性が、すでに縄文時代のまったりとした1万年の暮らしの中で熟成していたのだ。
そのころの女たちは、山の中の小集落であまり動きまわることもなくまったりと暮らしていた。そうして、山を旅する男たちの集団が訪ねてくるのを待ちわび、訪ねてくれば大いにときめいていった。山に閉じ込められた暮らしは、それなりにしんどいものだったはずだが、それでもそのしんどさをそのまま受け入れていた。だからこそ、男たちとの新しい出会いに大いにときめいていった。男たちもまた、山道のしんどい旅の果てにそうした新しい出会いのときめきを体験していったのだ。
彼らはみずからのしんどい状況を嘆きつつそのまま受け入れてゆき、そこから新しい出会いのときめきを豊かに体験していった。
明治の人々だって同じである。彼らは、バブルの時代の人々のようにルンルン気分でわが世の春を謳歌していたのではない。苦難の多い時代をひとまずそのまま受け入れていっただけなのだ。受け入れながら、新しいものとの出会いのときめきを豊かに体験していった。
歴史的に、日本列島の住民は、上昇志向が希薄な民族である。人や世界に対して何かを望むことはしない。そのまま受け入れ、その代わりそのぶん豊かに反応してゆく感受性を持っている。これが伝統だ。縄文時代の人々の豊かな感受性の証拠なら、縄文土器をはじめとしていくらでも挙げることができる。



僕はべつにお国自慢をしているのではない。どの国の伝統にも、光もあれば影もある。そしてその伝統を、どのようにしてどれほど身体化しているかは、人によって差がある。
もともと日本列島の住民は、欲望や上昇志向が希薄な民族である。そんな民族が、戦後の経済繁栄によって、もしかしたら歴史上初めて欲望や上昇志向とともに生きる時代を体験した。まあ、それによって得たものも失ったものもあるのだろうが、そうやって欲望や上昇志向をたぎらせることが日本列島の伝統であるのではない。だから、そうやって生きることがかなわない時代になっても、それをそのまま受け入れてゆく人もいる。受け入れることができる伝統的な風土がある。べつに恵まれた人たちだけでなく、たとえ恵まれていなくても誰もが現在の状況に「閉塞感」を感じているわけではない。
また、欲望や上昇志向をたぎらせないといけないと思うのにうまくたぎらせることができない人たちがいる。根っからそんな性向を持っていたら、どんな状況になってもたぎらせることができるはずである。困難な状況になればなおさらたぎってくる人だっている。
しかし、日本列島の住民は、かんたんにへこたれてしまって「閉塞感」に陥ってしまう。
おそらく中国大陸や朝鮮半島の人たちは、そうかんたんにはへこたれないだろう。へこたれない歴史を歩んできたからだ。
それに対して日本列島では、困難な状況をそのまま受け入れ、その嘆きからカタルシスをくみ上げてゆく伝統がある。そうやってそんな状況でも、まったりと生きてしまう。まったりと生きることによって育ってくる知性や感性があり、それなりの醍醐味がある。日本列島には、そうやって生きるための人と人の関係の作法や美意識がある。
現在は、日本人が身体化しているそういう伝統によって、欲望や上昇志向をかき立てしようとしてもへこたれ「閉塞感」を覚えてしまう。そうして、欲望や上昇志向をかきたてさせてくれる情報にたやすく引き寄せられてしまう。
『野心のすすめ』という本は、まさにそうした欲望や上昇志向をストレートに煽ってくる書きざまだし、『あまちゃん』や『半沢直樹』というテレビドラマは、まるで韓流ドラマかハリウッド映画のようなあからさまでわかりやすい人間関係になっており、それを日本人が演じているところに希望があるのだろう。
もうデリケートな人間関係など忘れて、もっと表面的でわかりやすい人情ドラマや勧善懲悪のストーリーで生きてゆきたい。そうでないと、欲望や上昇志向に邁進できない。
バブルのころは、かんたんに欲望や上昇志向に邁進できる状況があった。しかし日本人は、どんな状況でもそれに邁進できるというわけではない。現在の状況では、無理やりかき立てないといけない。
欲望や上昇志向に邁進することが日本人のメンタリティにそぐわないからこそ、そういう情報がもてはやされているのではないだろうか。
現在の日本人は、みずからの身体化された伝統に沿って生きることをためらっている。戦後の左翼系知識人たちは戦争を反省して伝統を捨てよと煽り続けてきたし、捨てることによってバブルの繁栄を達成したし、さらには、近隣諸国から伝統に回帰することなんか許さないと責められている。
近隣諸国にとっての日本列島は、海の向こうにあって頻繁な交流ができないために千年以上前の歴史のはじめからすでに油断のならない国だった。彼らの警戒心は、戦前に痛い目にあったというだけではすまない。おそらくそれは、今にはじまったことではないのだ。
われわれはたぶん今こそ伝統的な風土に沿って生きるしかない状況なのに、それができないあれこれの事情を抱えてしまっている。
やはり戦後のスタートの時点で、何かボタンの掛け違いをしてしまったのかもしれない。そしてボタンの掛け違いのままバブルの繁栄を達成してしまい、いっそう混迷を深くしているのかもしれない。



就職氷河期などといっても、バブル期や高度成長期に比べられるような状況ではもはやない。かんたんではないに決まっている。企業に文句をいってもしょうがない。みんなが条件のいい会社の入ろうと焦っているのなら、企業のいいようにしてやられるに決まっている。
不思議なのは、誰もが条件のいい会社に就職しようとすることを当然のように考えていることだ。入れる会社に入ればいいとは考えていない。
会社によって階層があるからだろうか。なるべく下の階層に組み込まれたくない。
むかしの方が階層ははっきりしていたが、誰もがその階層をそのまま受け入れていた。医者は医者、役人は役人、八百屋は八百屋、百姓は百姓、畳屋は畳屋、それでかまわない、と。
しかし現在は、階層があいまいだからこそ、下の階層に組み込まれたくないというこだわりが強くなっているのだろうか。ほとんど強迫観念のように。
むかしは、自分の階層は生まれたときから与えられているものであって、べつに自分のせいでもなかった。しかし現在においては、自分の置かれた階層はそのまま自分の能力や人格をあらわしてしまう。だから、何としても条件のいい会社に入りたいのだろう。
たぶん、収入だけの問題ではないし、先行きの人生の安定の問題だけでもない。何か、自分がどの階層に位置しているかということが、とても気になるのだろう。
バブルの時代は、できるだけ上の階層を目指して頑張ることができたし、そういう生き方が称揚される時代だった。その余韻だろうか。
階層意識を捨てて会社を選ぶことをやめれば、今ほどひどい状況にはならないにちがいない。しかし、それができない状況がある。そういう時代というか社会の構造になってしまっている。
現在において「階層」は、生まれながらに与えられてあるものではなく、自分の能力で獲得するものである。自分の置かれた階層は、そのまま自分の能力というか人間としての値打ちをあらわしている。そういう社会の構造があるから、何としてもできるだけ上の階層の会社に入りたいし、上昇志向を持って頑張らないといけない。
もちろんそういう人ばかりではないのだが、時代や社会の規範にとらわれてしまっている人ほど、そうやって上昇志向をたぎらせるほかない社会=時代の構造になっている。
社会=時代が上昇志向をたぎらせよと迫ってくる。
階層がなくなった社会だからこそ、よけいに誰もが階層を意識している。階層と人間としての値打ちなんかなんの関係もないはずだが、誰もが階層で人間の値打ちを図っている。その程度の知性や感性しか持てなくなってしまっている。そうやって「自分」の値打ちをさかんに気にしている。そういう自意識が肥大化してしまっている世の中らしい。
ここにも戦後社会の病理がはたらいている。皮肉なことに、階層をなくせと大合唱したあげくに、いっそう階層意識が強くなってしまった。
もともと日本列島の伝統は、自分を意識して自分の値打ちを測る文化ではなかった。自分のことは忘れて他者に気づいてゆく、その「ときめき」の上に生まれ育ってきた文化だった。そこから進取の気性が生まれてくる。進取の気性の基礎は、他者に気づいてゆくメンタリティにある。そしてそれは、日本列島の住民が、縄文時代の1万年をかけて醸成していったメンタリティなのだ。
日本列島では、世の中がどんなに上昇志向や野心を大合唱しても、そんなこととは無縁で豊かに他者に気づきながらまったりと生きているサイレントマジョリティもたくさんいる。それが、伝統だから。
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