人の心から生きてあることの嘆きは消えない・神道と天皇(53)

神道の「かみ」は、「神(ゴッド)」ではない。それは、宗教ではない。古代の民衆の「かみ」に対する想いは、宗教に対する「拒否反応」から生まれてきた。宗教を拒否しつつ受け入れてゆく、そういう心の作法とともに「かみ」という言葉というか概念が生まれてきた。そしてその「拒否しつつ受け入れてゆく」という作法にこそ、日本列島伝統の「進取の精神」の真骨頂がある。
古代人のイメージした「かみ」がどのようなものであったか、おおよその想像はつく気もするのだが、その想念を追体験してゆくことはなかなかできない。われわれは、彼らほどの「かみ」という概念なり言葉に対する切実な思い入れを持っていない。時代が違い過ぎる。
しかし同時に、その想念は、この国の伝統的な精神風土としてわれわれの中に残ってもいる。
そのとき、仏教伝来といういわば精神の危機に瀕した民衆は、それを自分たちなりにアレンジしながら受け入れていった。
古代の「祭り」の習俗文化は、この生に対する「嘆き」を共有しつつ他愛なくときめき合ってゆくことにあった。だから、仏教という宗教によって「生命賛歌」や「救済の教え」を押し付けられることは、そういう「祭りの基盤」を奪われることでもあった。
日本列島の住民は、どんな外来文化もひとまず受け入れてゆくが、どんな外来文化も自分たちなりにアレンジしてしまう。アレンジしてゆく能力を持たなければ、受け入れることはできない。受け入れることができるということは、アレンジしてゆく能力を持っているということだ。
この国の伝統としての「受動性」や「進取の精神」は、アレンジ(デフォルメ)する能力の上に成り立っている。それは、「まるごと受け入れる」というのではない。「拒否反応」がはたらいているからこそ、アレンジ(デフォルメ)することができる。
どんな外来文化であれ新しい文化であれ、そのまままるごと受け入れるなんて苦痛に決まっている。つまり、アレンジする能力がないから受け入れることができない。そしてアレンジできないのは、「拒否反応」がないからだ。
人は、この生に対する拒否反応とともに、この生の外の「異次元の場」に気づいてゆく。すなわち、「自分=この生」に対する拒否反応とともに「自分=この生」の外の世界や他者の輝きに驚きときめいてゆく。すなわち人類は、「自分=この生」に対する拒否反応とともに知能を進化発展させてきた、ということだ。

宗教者は、「自分=この生」に対する拒否反応を持っていない。だから、信仰という「自分=この生」のかたちをかたくなに変えようとしない。
「自分=この生」に対する拒否反応を持つことは人間性の自然であるが、すでに宗教的な観念に覆われてしまった現代社会においては、とても困難なことになってしまっている。
イスラム教徒は、現在の世界でもっとも「自分=この生」に対する拒否反応が希薄な人たちであるらしい。もちろんわれわれだって彼らのことを笑える柄ではないのだが、彼らほど極端ではない。彼らは、ぎりぎりのせっぱつまった移民として移住していっても、けっしてみずからの信仰や生活習慣を変えようとはしない。たとえば、移住していった先の土地の服装に変えるということすらできない。これは、日本人からしたら大きな驚きだ。幕末から維新にかけて西洋に留学していった日本人なんか、すぐに西洋流の服装に変えた。変えないと落ち着かなかった。自国においてすら平気で西洋流の服装になっていったし、女子高生の「セーラー服」などは、いかにもこの国らしい「アレンジして受け入れる」という態度の真骨頂だった。そうして戦後には、欧米のファッション業界で活躍するデザイナーを数多く輩出してきたし、現在の少女たちによる「かわいい」のファッションは、世界中から注目されている。
移住しても服装を変えようとしないイスラム教徒は、宗教の教義にそうなっているからというが、彼らの宗教自体が「決して受け入れない」というコンセプトの上に成り立っている。そして「受け入れない」のは、「拒否反応」がないからだ。彼らは、子供のときにむりやりイスラム教やそれによる生活習慣をがんじがらめに埋め込まれて、「拒否反応」が育つ芽を摘み取られてしまっている。
儒教道徳の強い韓国の子供たちは、親に対する「反抗期」という通過儀礼を体験させてもらえない。
それに対して日本列島の神道は、宗教(仏教)に対する「拒否反応」とともに宗教(仏教)を受け入れながら生まれてきた。
日本列島は「拒否反応」が育つ環境を持っている。だから、どんな新しいものも外来文化も受け入れる。「拒否反応」がなければ受け入れられない。
イスラム教徒は、イスラム教によって「拒否反応」を骨抜きにされてしまっている。
「拒否反応」は、「受け入れる」反応なのだ。

森友学園は、幼稚園のときから子供に国家神道教育勅語を徹底的に叩き込む。それはイスラム教徒がしていることと同じだし、まあ大なり小なり世界中の大人たちが「教育」や「しつけ」という美名のもとにそういうことをなんの反省もなくしている。
世の大人たちは、「教育」というのは怖いものだという自覚がなさすぎる。
放っておいても子供は自分からさまざまなことを学んでゆく。その学ぶ力は、「拒否反応」とともに育ってゆく。「拒否反応」が「進取の精神」を育てる。
子供をむやみに「教育」すると、「学ぶ力」が育たない。「拒否反応」を持っていないと、学んだことをさらにその先へと展開してゆくことができない。それはつまり、人間性の自然としての、思春期に親離れして巣立ってゆくということでもある。
とにかく古代の日本列島の民衆は、伝来の仏教を受け入れつつ、神道へと展開していったのだ。それは、日本列島には「拒否反応」が育つ歴史風土があり、なんのかのといっても大人たちの「教育」や「しつけ」がニュートラルになっている伝統なのだ。教育やしつけをしないというのではないが、子供の「学ぶ力」を育てるためにはそれをニュートラルにしておかねばならない。
まあ宗教は教育やしつけのようなものだ。大人によるそういう「干渉」がタイトに機能している社会ほど「進取の気性」が育たない。
イスラム教徒は進取の気性がなさすぎる。それが、現在の世界の状況をややこしいものにしている。
人類は宗教を克服できるか?
宗教はほんとうにやっかいだし、日本列島の住民は、宗教を受け入れつつ宗教に対する「拒否反応」を持っている。
有神論か無神論かと争っても、決定的な解決にはならない。宗教者以上に宗教的な無神論者はいくらでもいる。彼らは、現代社会に溢れる情報から仕入れた知識と妙な思い込みを振り回すばかりで、ものを考えるための「拒否反応」を持っていない。この生に対する「拒否反応」と言い換えてもよい。この生に対する「拒否反応」によって、この生が活性化する。脳のはたらきは、脳のはたらきを自己否定して、意識を脳の外の「異次元の場」で発生させている。意識のはたらき、すなわち世界や他者に対する反応の豊かさは「拒否反応」によってもたらされる。

というわけで、宗教者は、意識のはたらきが「この生=自分」に閉じこもったまま、「この生=自分」に対する「拒否反応」を欠いている。そういう「内観」ばかりが発達して、生まれたばかりの子供のような世界や他者に対する「他愛ないときめき=反応」がない。それは、鬱病とか発達障害とか統合失調症とかアスペルガー症候群とか認知症とか、この世の精神を病んだものたちと同じ心のはたらきであり、宗教とはもともとそういうものなのだ。
たとえば、生まれつき病弱で子供のときから生死の境をさまようような病気を数限りなく繰り返して生きてきた人の話によると、幽体離脱とか光のシャワーを見るような体験など何度もしており、意識的にそういう体験をすることもそれほど難しいことではないらしい。宗教者の修業とかで、大人になってからそういうことに挑もうとするから困難なものになり、あげくの果てにそれを御大層な神秘体験であるかのように思い込む。まあ宗教者の「内観=ヴィジョン」なんてそのていどのもので、子供でもかんたんに体験することができる。子供のときからピアノを練習してきたものにとってはピアノを弾くだけならかんたんなことだし、大人になってからその技術を会得しようとすると困難を極める。ピアニストにもピンからキリまであるが、大人になってからピアノをはじめて一流のピアニストになったものなどひとりもいない。それと同じことさ。
宗教者の神秘体験などより、生まれたばかりの子供の「他愛ないときめき」のほうがずっと高度で純粋な体験であり、人類の希望はそこにこそある。
霊魂や生まれ変わりがどうのこうのといっていても、何もはじまらない。
そして、無神論者だって宗教者以上に宗教的になってしまうのが現代社会で、そこがやっかいなところだ。「自分は正しい」と思ってしまったらおしまいで、そこからはもう「進取の気性」も「出会いのときめき」も生まれてこない。
古代の日本列島の民衆は「進取の気性」や「出会いのときめき」を失うまいとして神道を生み出したのであり、それは、仏教やこの生に対する「拒否反応」でもあった。世界のどんな宗教もひとまず「生命賛歌」であるわけだが、この生に対する「拒否反応」を持たなければ、この生は活性化しない。