おそらく、人間的な正面から抱きしめ合うという行為は、ネアンデルタールとその祖先たちのところから本格化してきた。
人類の体毛が抜け落ちたのは、人類の700万年の歴史から見ると、つい最近のことらしい。現在のすべての人間の肌がつるっとしているのではない。それなりに個人差があるし、ほんの少しは体毛が生えている。つまり、今だって人類の体毛が抜け落ちていっている過程の段階であるということで、700万年前から抜け始めていたのなら、今ごろはみんなの肌がつるっとしているはずだ。
もしかしたらそれは、2,30万年前くらいからのことかもしれない。それは、ストレスがいちばんの原因だと思えるが、抱きしめ合って相手の身体を感じるためには体毛がない方がより敏感になる、という積極的な契機もあるのかもしれない。いや、それだってたんなる「結果」のことだ。相手の身体を感じることにどんどん敏感になっていったから、「結果」として体毛が抜けていったのだろう。
寒い北の地に暮らすネアンデルタールにとっては、体毛はあった方が都合がいいはずだが、抱きしめ合ってばかりいたら、抜け落ちてゆくほかなかった。
そして、抱きしめ合って相手の身体の「物性」を感じることもまた根源的には「ストレス」であるということだ。「ストレス=違和感」だからこそ、みずからの身体のことを忘れてしまえる。
ということはつまり、みずからの身体に「物性」を感じてしまうストレスが大きくなって体毛が抜けていった、ともいえる。根源的には、そういうことかもしれない。死という概念を持ってしまった人類の身体は、ストレスとして存在している。だから、体毛を失った。
とはいえ、こんなことを言っても、一般的にはあまりピンとこないだろう。二本の足で立ち上がってホルモンの分泌に変化が起きたとか、そういう安直な説明の方がわかりやすい。
集団的置換説にしろ、この世の中は、けっきょくわかりやすい話が幅を利かしてしまう。
しかし人類の体毛は、二本の足で立ち上がってすぐに抜けはじめたのではなく、つい最近のことなのだ。とすればそれは、文化的な問題であるに違いない。
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人類は、この世界の物性に「ストレス=違和感」を覚えることによってみずからの身体のことを忘れる快楽を汲み上げてゆく、という歴史を歩んできた。だから、住みにくい地へ住みにくい地へと移住して、とうとう世界の隅々まで拡散してしまった。
「ストレス=違和感」こそが人間を生かしている。それがないと、意識はみずからの身体に貼りついてしまう。なぜなら、二本の足で立っていることは、不安定だし危険だし、生き物として生き延びる能力を喪失しているとても居心地が悪い姿勢だからだ。
だから人間は、どうしても自分の身体の物性に憑依してしまう。
直立二足歩行する人間の生は、みずからの身体に貼りついた意識を引き剥がすことの上に成り立っている。それが、人間の心の動きの属性なのだ。そのいとなみとして、人類の体毛は抜け落ち、地球の隅々まで拡散し、抱きしめ合って恋をするようになってきた。
言葉という音声を発することだって、ようするに音声とともに意識を身体から引き剥がす行為だったのだ。コミュニケーションのためだとか、そんなことは根源的な契機ではない。言葉の起源は、まずそこから考えはじめなければならない。
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身体を非存在の「空間の輪郭」としてとらえること。生き物の本質が体が動くことにあるのなら、そのために必要な意識は、身体の物性を自覚することではなく、身体の輪郭と世界との関係に気づいてゆくことにある。そのようにして魚は狭い岩のあいだをすり抜けてゆく。このとき身体の物性などどうでもいい。物性など忘れている方が、身体はスムーズに動く。体を動かすとは、身体を「空間の輪郭」として扱う、ということだ。生き物の体が動くということは、生き物は身体を「空間の輪郭」として自覚している、ということだ。そして人間は、この意識を持つことが他の生き物以上に苦手で、だからこの意識を持つことにことのほか切実なのだ。
この意識に遡行しようとして人間の体毛は抜けてしまい、抱きしめ合うということを覚えていった。
生き物の意識は、「空間」との親密な関係を結んでいる。
生き物の身体が動くとき、意識は、この世界の「空間」にアプローチしてゆく。根源的な意識にとってこの世界はたんなる「立体画像=空間」であって、物質ではない。
何はともあれ人類史における恋心の発生は、そういう「空間性」の問題であって、「物性」の問題ではないと思える。
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