僕は科学者ではないし、ヨーロッパ人の祖先はネアンデルタールだと当たり前のように思っているから、今さらのように遺伝子のことを話題にするのはおっくうだ。
しかし、「ネアンデルタールは滅びた」と考えている人たちの主張の根拠は、「現代人にネアンデルタールミトコンドリア遺伝子は残されていない」という遺伝子学というか分子生物学のデータによるところが大きい。
だから、ひとこと反論しておきたい。
ミトコンドリア遺伝子は女親からしか伝わらない。だから、たとえ祖先であっても遺伝子を残せなかった場合はありうる、といっている人類学者もいる。
ネアンデルタールの男とクロマニヨン=ホモ・サピエンスの女が交雑すれば、確実にホモ・サピエンスミトコンドリア遺伝子を持った子供が生まれ、その時点でネアンデルタールの父親は、生物学的には先祖の座から抹消される。
ホモ・サピエンスミトコンドリアを持った個体は、ネアンデルタールミトコンドリアの個体よりも長生きする傾向がある。
ミトコンドリア遺伝子は、生命活動にかかわる遺伝子で、ホモ・サピエンスミトコンドリアの個体は、ゆっくり成長してそのぶん長生きするという性質を持っている。それに対して寒冷気候のもとにおかれていたネアンデルタールミトコンドリアの個体は、早く成長して早く老化した。早く成長しなければ生き残れなかった。
であれば、ネアンデルタールの分布域にいったんこのホモ・サピエンスミトコンドリアがまぎれこんでしまえば、しだいにホモ・サピエンスのキャリアの子供ばかりになってゆき、ついにはネアンデルタールミトコンドリアをもった個体はいなくなってしまう。
おそらく、4万年前から2万年前までのヨーロッパで、そういうことが起こったのだ。その時期かは氷河期の中だるみの時期で、比較的温暖な気候に逆戻りしていた。そのために、ネアンデルタールホモ・サピエンスの遺伝子のキャリアになっても、なんとか生きてゆくことができた。それくらいに文化文明が発達してきていた時期だったし、多少のネアンデルタールの体質も残していた。
たとえば、西洋人の体は、いまでも、他のどの地域の人間よりも早熟だし、肌などの老化も気の毒なくらい早い。これは、彼らがネアンデルタールの子孫だからだろう。彼らがアフリカ人の子孫なら、こんなことにはならない。
ネアンデルタールミトコンドリアのキャリアがいなくなれば、確かに生物学的にはネアンデルタールは滅んだということがいえるのかもしれない。しかし、現実問題としては、ネアンデルタールホモ・サピエンスのキャリアに変わっただけである。そしてそうなったからといって、ネアンデルタールネアンデルタールでなくなったわけでもないだろう。
人類学者が、その新しい遺伝子のキャリアを勝手に「クロマニヨン」と名付けているだけのこと。
ネアンデルタールがクロマニヨン=ホモ・サピエンスに変わることくらい、たった1世代で実現するのである。人類学者の多くは、そうなるには時間がなさすぎると言うが、たった1世代で変わるのだ。
だから、ネアンデルタールとクロマニヨンの中間のミトコンドリア遺伝子が存在しないのだからネアンデルタールがクロマニヨンに変わったことはあり得ない、といっている人類学者もいる。まったく、アホじゃないかという話である。そんなミトコンドリア遺伝子など、存在するはずがないのだ。
その代わり、ネアンデルタールとクロマニヨンの中間的な形質をもった骨の化石なら、いくらでも出てきている。いったいその骨がネアンデルタールなのかクロマニヨンなのかと論争になることもあるくらいである。
だいたい、考古学の発掘現場なんて、そこから一個か二個の頭骨が出るだけである。そこで暮らしていた100人か200人の住民のすべてがそういう形質をしていたという証拠にはならない。
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人類の、ゆっくり成長して長生きする(これを「ネオテニー」とか「幼形成熟」というらしい)ホモ・サピエンスの遺伝子は、いつどこで発生したのか。
現代人のホモ・サピエンスミトコンドリア遺伝子の歴史は、どんなに長くても15万年前くらいまでしかさかのぼれないというから、おそらくそのころに発生したのだろう。そしてアフリカ人がいちばんその遺伝子歴が長いというのだから、アフリカで発生したことになる。
しかしそれは、ホモ・サピエンスという新しい種が誕生したというのではない。アフリカ人の誰かにそうした遺伝子の突然変異が起きたというだけのことだ。それが、俗にいう「ミトコンドリア・イヴ」という説で、その突然変異の遺伝子が、10数万年かけて世界中に広まっていった。
べつに、現在の「置換説」の学者たちが言うように、「イヴ」の一行が世界中に旅して人口を増やしていった、というわけではない。世界中の人類が近在の群れと女を交換していれば、その遺伝子だけがいずれは世界の果てまで伝播してゆくし、その遺伝子がとくべつ長生きする特徴を持っていれば、いずれはその遺伝子のキャリアばかりになってゆく。
これは何度でも言うが、そのころアフリカを出てはるばる旅をしていったアフリカのホモ・サピエンスなど一人もいない。すべての地域で近在の群れと女を交換していただけなのだ。
しかし、たった一人の遺伝子が10数万年もたてば、世界中に広まってしまう。人類にとってそれは、それくらい画期的な遺伝子だったらしい。
おそらくそういう遺伝子はそれ以前からも時折突然変異であらわれていたのだろうが、人類の文化が未熟な段階では、そういう子供を育てることができなかった。子供が未熟なままゆっくり成長していってもちゃんと育てられる文化を持ったことによって、その遺伝子がいっきょに広まっていったのだ。
すくなくともチンパンジーにそんな子供が生まれても、育てることができないで、大人になる前に必ず死んでしまう。
人間の子供は、ほんとに長い時間かけてゆっくり成長する。それは、そういうことが可能な文化を持っているからだ。それは、長生きするには有利な形質であるが、生き物の生存戦略においては、けっして有利とはいえない。
さっさと大人になってしまった方が有利に決まっている。しかし人間は、精神面においても、そう急いで大人になるということはしない。むしろ、大人になる前の段階が人生のいちばん豊かな時期だったりする。
いずれにせよ、ゆっくり成長して長生きする「ネオテニー」の遺伝子は、アフリカ人だけに与えられたのではなく、そのころの世界中の人類が共有していった遺伝子だったのだ。
これから、そのころアフリカを出ていったアフリカ人など一人もいないということをずっと言ってゆくつもりだけど、文句がある人はどうぞ言ってきてください。
そのころ人類は、旅なんかしていない。隣の村にお嫁に行っただけさ。
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わかりやすいタイトルだけど、いちおう現在の若者論であり、日本人論として書きました。
社会学的なデータを集めて分析した評論とかコラムというわけではありません。
自分なりの思考の軌跡をつづった、いわば感想文です。
よかったら。

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