どんな行為にも、遊びの部分と労働の部分がある。
人生を労働としてつくり上げてゆく人もいれば、遊びのように成り行きまかせで生きている人もいる。
現代人のようにものごとをあくせく分析したり知識を収集したりすることは労働だが、無邪気にただ味わい尽くすだけなら遊びになる。
女を口説くことは労働で、セックスは遊びだ。いや、それが職業でもないというのに、労働のようにセックスをしている人も多い。
言葉を声にして発することは遊びだが、文字に刻むことは労働である。文字の発見とは、労働の発見でもあった。
言葉それじたいにおいても、「表現」という遊びの機能と、「伝達」という労働の機能がある。共同体(国家)と文字は、同じ時期に出現してきた。日本列島の住民は、文字を持つのがずいぶん遅れた。しかも自前の文字ではなく、借りてきた文字ではじめた。それが、何を意味するのか。たぶんわれわれは、労働するという自覚が希薄な民族なのだ。
人間の歴史は、「遊び」を「労働」に変えていった。
「人間の本性は労働することにある」と言っている人がいる。そんなふうにしか生きられないなんて、気の毒なことだ。しかしそれが社会をリードする知識人の発言となると、けっこう目障りではた迷惑でもある。
労働することが人間としてのよろこびであり幸せである、だなんて、大きなお世話だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
女の妊娠・出産は、労働であるのか、遊びなのか。
労働とは利潤を生み出す経済行為であるというのなら、生まれてくる子供は利潤であり製品=商品に違いない。
しかし、その目的が子供を持つことではなく、子を産むという行為そのものにあるのなら、それは労働とはいえない。
女は、子を持つことの喜びのために出産をするのか、それとも出産するという行為そのものが目的なのか。
子を持つことの喜びのためなら、これからも科学はどんどん進歩するのだし、子供なんか工場で大量生産して各家庭に配ればいいだけだろう。夫婦の精子卵子を持っていって、これで子供をつくってくださいと注文すればいいだけだ。
もしそんな世の中になれば、「少子化」という問題は起きないのだろうか。
みんなこぞって注文するだろうか。
あるいは、子供を育てることが結婚するものの義務になり、婚姻届を出した10ヵ月後に赤ん坊が配達されてくるのだろうか。
たいていの夫婦は子供を欲しがる。子供はかわいい。だから、それでいいのだろうか。
妊娠・出産は、そのための労働だろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
人間は、いつごろからセックスと出産の関係に気づいたのだろう。
たぶん動物は、気づいていない。
猿だって、きっと気づいていない。発情期のあとには妊娠がやってくる、と思っているだけだろう。セックスのせいだとは思っていない。
原始人は、子供が欲しくてセックスをしていたわけではない。
縄文時代の8千年間は、ほとんど人口が増えていない。それは、彼らがそれほど強く子供を欲しがっていなかったことを意味する。また、堕胎することにもあまり抵抗感はなかったのだろう。レヴィ=ストロースによれば、アマゾン奥地の未開の民であるナンビクワラ族の女たちは、わりとあっけらかんと川の水に尻を浸して堕胎してくるらしい。
縄文時代女系家族で、女たちは行きずりの不特定多数の男とセックスしていたから、子供の父親が誰であるか知らない。女だけで子供を育てていた。女だけの集落だったから、育てられる子供の数は限られていた。
子供はかわいい。しかし女も、小集団で山野をさすらっていた男たちも、子供を欲しいとは思っていなかった。男たちに「自分の子供」はいなかった。男も女も、子供を持つことをアイデンティティとするような生き方をしていなかった。それが、縄文時代に人口が増えなかったいちばんの要因だろう。
氷河期明けで気候が温暖化していったのこの時期、世界では、爆発的に人口が増え、次々に共同体(国家)が誕生していった。
日本列島だけが、共同体が存在しないのどかな歴史を歩んでいた。
日本列島で最初に人口爆発が起きたのは、やや気候が寒冷化してきた弥生時代になってからだ。気候が寒冷化したのに、人口が爆発的に増えた。それは、農耕生活の本格化とともに、共同体をつくり、男と女が一緒に暮らして子供を育てるようになったからだろう。
子供が欲しいという意識は、一夫一婦制の制度から生まれてくる。それはたんなる共同体の制度意識(共同幻想)であって、人間の本性なんかではない。
本格的な農耕生活にも興味のなかった縄文時代の女だけの集落では、子供はとくに必要な存在ではなかった。集落の女たちは、山野をさすらう男たちの来訪を受けながら暮らしていた。そこでセックスをする。しかし、妊娠・出産の時期の女は、その機会を得ることができない。
できれば妊娠・出産は避けたかった。
それでも、誰もが生涯に一度か二度はその体験を引き受けた。一度か二度でやめてしまうから人口が増えなかったのだが、引き受けたのは、子供が欲しかったからではない。欲しいのなら何人でも産むはずだが、そんなことはしなかった。
おそらく、女自身の実存感覚として、妊娠・出産という体験そのものを引き受けようとする衝動があるのだろう。そこにおいてしか、縄文時代の女たちがその体験をしていた必然性はない。
いまどきの勝ち組み・負け組ではないが、縄文時代の女たちに子供を持っていることをアイデンティティとする意識はなかった。そんなものがあれば、人口だって増えているはずだ。そうして男たちも一緒に暮らして、女の子育てを楽にしてやっただろう。
縄文時代に、子供が欲しいという社会的な意識は希薄だった。
まあ、子供を産んだことのない若い娘が、経験者から、「セックスのよさは子供を生んだことのない女にはわからない」といわれたりすることがあっただけだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
古事記に登場してくる最初の神、すなわち原初の混沌から天地の初めをつくったのは「産巣日神(むすびのかみ)」である。
「むすぶ」というやまとことば。
「む」は、息がつまるような発声。「むむっ・・・・・・」という感じ。「うむ」とうなずく「風吹かむとす」といえば、風が吹く直前の静止した状態のこと。未来に向かう体勢、あるいは未来に向かって体勢が整うことを「む」という。
「す」は、歯と歯のあいだを少しだけ開けて息を滑り出させるようにして発声する。「擦(す)る」「すべる」の「す」。
「ぶ=ふ」は、動詞の接尾として、反復・継続のさまをあらわす。「布=ふ」は、同じ動作を反復・継続して織り上げてゆく。
「むすぶ」とは、息を詰めて滑らせてゆくことによってつながりあうこと。
紐を結ぶことは、紐と紐をこすり合わせながらつなげあう。
「縁を結ぶ」という。男女が恋人どうしになる瞬間というのは、おたがいの心がすべりこんでゆくようにつながりあった瞬間のことだ。むかしの人は、うまいことをいう。そしてセックスすることも「むすぶ」といった。ペニスを膣の中で滑らせることを反復・継続しながらつながってゆく行為。
子供を産むことも、母親の一部である赤ん坊を胎内から滑り出させて、あらためて母と子の関係を結ぶ行為だ。そうやって、未来に向かう体勢が整う。
「むすぶ」とは、混沌の事態が解消されて、未来に向かう体勢が整うこと。だから「産巣日神(むすびのかみ)」というのだし、それは、お産をすることでもある。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
女は、「混沌」を生きている。体温の上下動が激しくて気持が不安定だし、まいつきの穢れも体験しなければならない。
そういう生きてあることの混沌=穢れを払拭したいと願いながら生きている。
であれば彼女らにとっての妊娠・出産は、混沌=穢れを払拭する「みそぎ」の行為として自覚されているのではないだろうか。
子供が欲しいと思う以前に、どうしようもなく妊娠・出産という体験に引き寄せられてしまうような実存感覚を抱えているのではないだろうか。その体験を潜り抜けなければみずからの生がはじまらないようなところに追いつめられるのではないだろうか。
だから、アラ・フォーのシングルの女たちは、産むか否かの最後の決断を迫られてしまう。それは、子供をつくって孤独から解放されたいという気持もあるのだろうが、それと同じかあるいはそれ以上に、女として何か忘れ物をして生きているような焦燥もあるのではないだろうか。私の人生はまだ「みそぎ」が終っていない、というような。
子供が欲しいと思うのは、「世間の目」に負けてしまっているだけのことだ。でも、女として生まれたからには妊娠・出産を体験しておくべきではないのかという欠落感は、もっと根源的な部分での実存感覚なのではないだろうか、と思える。
いや、男のがわからの勝手な推測なのだけれど。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いずれにせよ、倫理的にいうなら、望みもしないのにこの世に出現させられてしまう子供に対する罪はどんな親にもあるわけで、それは、償えるものなのだろうか。
われわれは、子供の誕生と成長を祝福しつつ、同時に取り返しのつかないことをしてしまったという罪の意識もどこかで引きずっている。
「どうか大人にならないでおくれ」という意識が、どこかしらにある。
生き物に「子供が欲しい」という衝動などはない。妊娠・出産は、「結果」として起きてしまっているだけのことだ。
人間だけが、「子供が欲しい」と思う。
それは、人間だけが妊娠・出産を思いとどまることができる、ということでもある。
思いとどまるのも、実存感覚だろう。
実存感覚、すなわち「遊び」としての妊娠・出産と、「子供が欲しい」という制度的な欲望による「労働」としての妊娠・出産。後者のほうが人間の本性であることも、生き物の本能であることも、われわれは認めない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一日一回のクリック、どうかよろしくお願いします。

人気ブログランキングへ