感想・2018年6月28日

……ドイツの涙……


ドイツが韓国に負けた。
サッカーワールドカップの話です。
最後のロスタイムに入って敗色濃厚になったそのとき、テレビの画面に観客席の若い女性の顔がアップで映された。ドイツからやってきたサポーターらしい。その頬にはドイツ国旗がペイントされていた。彼女は、とても悲しげな表情をしていた。そうして、涙のしずくが頬を伝い落ちたそのひとすじのシミ跡がペイントの国旗の中央を走って国旗を引き裂いているように見えた。
ドイツの悲劇。
韓国は完全な格下だったし、誰もが、ヨーロッパチャンピオンのドイツが負けるはずがないと思っていた。しかもそれによって1次リーグ敗退を余儀なくされた。それは、ドイツのサッカー史上初めての出来事で、まさに屈辱だった。
ドイツは、20世紀においてもっとも悲劇的な歴史を歩んだ国だった。二度の大戦でともに屈辱的な敗戦を喫し、ついには東西に分断されてしまった。
ドイツが第二次世界大戦に敗北したきっかけはソビエト侵攻に失敗したことにあり、戦後はそのソビエトによって国が分断されてしまった。そうして今また、ロシアでの戦いで無惨な敗戦を喫してしまった。
ナショナリズムが希薄なわれわれ日本人はあの戦争の傷とか屈辱感など半分くらいは忘れてしまっているが、彼らはそれを骨身にしみて味わい、そうかんたんには忘れない。
ドイツ人がユダヤ人に対する贖罪の意識が強いということは、そのまま戦争に負けたことの屈辱感の投影でもある。
彼女の頬を伝い落ちたあの涙は、あの悲しみは、いったいどのようなものだったのだろう。
とにかくサッカーファンにとってそれは、信じられないような番狂わせだったのです。
僕はべつにドイツチームのファンでもなんでもないけど、あってはならない悲劇に遭遇してしまったようなショックを受けた。僕だってそうだったのだから、当事者にとっては「もう神なんか信じない」というくらいの落胆だったのかもしれない。なんだかその涙に、われわれ能天気な島国の住民にはうかがい知れない深い悲しみが宿っているように見えてしまった。
ともあれ一ファンとしては、決勝トーナメントでのドイツ対ブラジルとかドイツ対スペインのゲームを見たかった。

試合が終わってテレビ画面は、解説者のいる日本のスタジオに移された。で、司会者の横に座っているアシスタントの若い女が愛嬌たっぷりに笑いながら結果を報告していた。おいおい、そこは笑っていていい場面じゃないだろう……僕はムカッとした。やりきれない思いになった。この女は、あのドイツ女性のかなしみの表情をどんな思いで見たのだろう。きっと何も感じなかったのだろうな。どうせサッカーのことも戦争の歴史のことも知らないただのギャルなのだからそれでいいのだろうか。若い娘の笑顔は愛らしいと相場が決まっているが、これほどブサイクで目障りに見えたのは初めてでした。