都市の起源(その十四)・ネアンデルタール人論165

その十四・人の心は揺れ動く

人類史の都市の起源は、ある場所で「祭りの賑わい」が豊かに生成していったことにあるのであって、生き延びるための衣食住を求めてそうした大集団を計画構想していったのではない。「祭りの賑わい」に引き寄せられて、どこからともなく人が集まってきたのだ。
だから西洋の都市の中心には「広場」があるわけで、最初はその「広場」だけがあり、そのまわりにやがて生活空間がつくられていったのだ。先史時代の人々がそんな都市計画をしていたはずがないではないか。「広場」でお祭り騒ぎを繰り返しているうちに、気がついたらそのまわりにたくさんの生活空間がつくられ、都市になっていただけのこと。
日本列島でも、はじめに「祭りの空間=市(いち)」があった。それが纏向遺跡で、そこには住居跡はない。住居集落は、市での「祭りの賑わい」が定着発展するにつれてその近辺につくられていった。日本列島ではそうした祭りの聖地が山裾の森の中につくられたために、今ではそこが「村はずれ」ということになっているが、じつは村の方があとからつくられていったのだ。
都市とは、人と人の「出会いのときめき」が生まれる場所のこと。そういう「祭りの賑わい」が生成している場所を「都市」という。その体験に引き寄せられて人が都市に集まってくる。
都市の本質は、生き延びるための政治や経済の問題として語っても解き明かせるわけではない。
人類は、生き延びるために都市を計画構想したのではない。「もう死んでもいい」という勢いの「祭りの賑わい」が膨らんでいつの間にか都市になっていただけのこと。
人がこんなにもたくさん集まって暮らしているなんて、鬱陶しいに決まっている。それでも誰かと出会ってときめくという体験をすれば、その鬱陶しさから解き放たれる。鬱陶しくてたまらないそのぶんだけ、「出会いのときめき」も豊かに体験される。
都会は人が多すぎて住む所じゃない……などという人がよくいるが、そんなことはあたりまえだ。「住む所じゃない」というそのことが、都会で暮らす理由にもなっている。しかし、その「生きられなさ」「生きにくさ」に飛び込んでゆくのが人間性の自然で、心はそこから華やぎときめいてゆく。その鬱陶しさがあるから、心は「出会いのときめき」の一点に向かって集中してゆく。そういう「今ここ」の輝きに対する「反応」の豊かさが人類の進化発展(イノベーション)の歴史をつくってきたのであって、べつに生き延びる未来を計画構想したのではない。「もう死んでもいい」という勢いで「今ここ」の輝きにときめいていったのだ。そうやって原始人は地球の隅々まで拡散していったのであり、その歴史の果てに「都市」という無際限に膨らんだん集団が生まれてきた。
都市は、「生きられない」場所なのだ。そんなに生き延びることが大事なら、さっさと田舎に引っ込んだ方がいい。
「もう死んでもいい」という勢いを持たなければ、豊かなときめきは体験できない。
まあ今どきは、田舎にいてもネット社会でたくさんの人との出会いがあって、世界中が都市化してきているともいえる。「グローバル化」と言い換えてもいい。
人は「生きられなさ」「生きにくさ」の中に飛び込んでゆく存在であり、その流れはもう、しょうがないことかもしれない。心は、そこから華やぎときめいてゆく。べつに、生き延びることができる未来の「安定と秩序」を計画構想しながら人類の歴史が流れてきたのではない。あなたがそんな未来を計画構想するのはあなたの勝手だが、たとえそれがどんなにご立派な正義であろうとも、世の中はあなたの思う通りにはならないし、あなたの思う通りにならなければならない義理もない。
そりゃあ死ぬのは怖いけど、それでも人は、「生きられなさ」の「混沌」に飛び込んでゆく。その歴史の果てに人類滅亡のときがやってきても、それはそれでしょうがないことだし、めでたいことだとともいえる。なぜならそれは、人間性の自然を全うしたことの証しなのだから。
ともあれ、あんまり「秩序と安定」に執着・耽溺するような生き方や人付き合いばかりしていると、人から嫌われる。
人と人の関係は、最後に必ず「別れ」がやってくる。それは、明日かも知れないし、死ぬ時かもしれない。どちらでもよい。やがて「別れ」がやってくることを思い定めて「今ここ」の切実さを温め合ってゆくのが、都市生活の人と人の関係の流儀というものだろう。


うれしいにつけかなしいにつけ、人の心の動きは、猿よりもずっと大きな振幅を持っている。だから、暑いとか寒いとか痛いとか苦しいということも、情けないくらい大げさに感じてしまう。
熱帯のアフリカで生まれた人類は、寒さに対するこらえ性のなさを膨らませながら、より寒い北へ北へと拡散していった。
ネアンデルタール人が頑丈な体を持っていたからといって、寒さを感じなかったのではない。彼らのそこでの暮らしは、寒さに耐えることができる体力によってではなく、寒さを忘れてゆく「祭りの賑わい」の文化の上に成り立っていた。
たとえば沖縄の人と青森や北海道の人とどちらが寒さに対する耐久力があるかといえば、精神的にも身体生理においても沖縄の人のほうが豊かにそなえている。精神的なことをいえば、青森・北海道の人は歴史の無意識として寒さにうんざりしているし、それを知らない沖縄の人はどこかしらでその寒さに対する新鮮な驚きやときめきがある。人は、「生きられなさ」に飛び込んでゆく存在なのだ。子供は大人よりも体力がなくて、寒さのためにかんたんに死んでしまったりする存在なのに、大人ほど寒さを怖がっていない。
ネアンデルタール人にいくら体力があっても、身体生理の寒さに対する耐久力はむしろ退化していた可能性がある。彼らはその凍える環境で、低くなってゆく体温を無理して上げようとする生活をしていた。彼らは体温の上下動が激しくて、一定に保つ機能が退化していたのではないか。昼間は体温を上げるために激しく動き回っていたし、夜になって動けけない状態になればかんたんに体温が下がってしまい、火のそばから離れられなかった。
まあだから、火を囲んでみんなで踊ったり語り合ったりする「祭りの賑わい」の文化が発達した。
また彼らは、そのぶん人との「別れ」も深くかなしむほかなかった。その賑わいがそのときその場かぎりのものでかならず終わりがやってくることも身にしみてよく知っていた。彼らにとって一日の終わりは祭りの終わりだったのであり、そうやって一日を生きって眠りに就いた。眠りに就くことは死んでゆくことであり、朝になったら必ず目覚めるという保証はなかった。朝になって子供や体力のない大人が凍死しているということは、日常茶飯事だった。とくに子供は、半数以上が大人になる前に死んでいった。彼にとって生きることは、死んでゆくものとの「別れ」を果たしながら「生き残ってゆく」ことであり、「別れ」を受け入れるメンタリティを持たなければ生きていられなかった。まあ、そういう生のかたちから「埋葬」という習俗が生まれてきた。
彼らは、「もう死んでもいい」という勢いとともに生まれてくる豊かなときめきや深いかなしみを紡ぎながら生きていた。彼らにとっては、「出会いのときめき」も「別れのかなしみ」も、この生の前提だった。そして現在の都市生活においても、それこそが人と人の関係の基礎になっている。それを失えば、都市生活は成り立たない。まあ、そうやって「自我の安定と秩序」という虎の穴に閉じこもりながら、認知症鬱病やインポテンツや発達障害やDVやいじめやセクハラ・パワハラ等々の現代社会の病理が露出してきている。
われわれは、「出会いのときめき」と「別れのかなしみ」を生きることができているか。そういう心の動きの振幅の豊かさを生きることができているか。


「もう死んでもいい」という「生きられなさ」に身を置かなければ、心は豊かにときめかない。
原始人は、「生きられなさ」の「混沌」に引き寄せられて地球の隅々まで拡散していった。
生きることが困難であれば、うれしいにつけかなしいにつけ、それだけ心の振幅が大きくなる。
死のそばに立っているから、「もう死んでもいい」と思うことができる。人間的な快楽は、そういう勢いから生まれる。快楽すなわち「祭りの賑わい」。
「生きられなさ」とともに汲み上げられる「快楽」が人類史に進化発展をもたらした。セックスだけでなく、学問や芸術だってそうした「快楽」の上に成り立っているであり、さらにはもっと身近な、われわれが花の美しさにときめく心の動きそれ自体がすでに人間的な「快楽」であり、「祭りの賑わい」なのだ。猿は、こんな体験はしない。
まあ人の花に対する想いは、たんなるときめきだけでなく、その存在のはかなさに対する「かなし」の感慨も息づいている。
人間なら誰だって「もう死んでもいい」という心の動きをどこかしらに持っているし、つまりそうした「生きられなさ」を抱えて存在している。
多くの人類学者が、人類の知能の本領は「未来に対する計画性」にあり、それによって文化の進化発展が生まれてきたというのだが、それは違う。そうではなく、「もう死んでもいい」という勢いとともに「生きられなさ」に飛び込んでゆくところに人間性の自然があり、そこから文化のイノベーションが起こってきたのだ。
人間性の自然においては、「生き延びようとする欲望」も「未来に対する計画性」もはたらいていない。
人間ほど「今ここ」に豊かに「反応」して大きく心が動く存在もないし、そのとき「未来に対する計画性」など忘れている。
大好きな恋人とデートをしたら、別れるのがいやで明日のことなどどうでもよくなってしまう。まあ人は、そうやって「今ここ」に集中してセックスしている。原初の人類が一年中発情している存在になったのは、そうした「今ここ」に対する集中力が際立っていったからであって、べつに子孫を増やそうと計画したのではもちろんない。そんな「計画性」でペニスが勃起するわけではない。


人類史における都市の発生もひとつの文化のイノベーションといえるのだろうが、それは、衣食住の確保のために都市を「計画」したということではけっしてない。起源としての都市は、おそらく例外なくすべて、「祭りの賑わい」に引き寄せられながら「なりゆきまかせ」で人口が膨らんでいっただけなのだ。
戦後の東京だって、衣食住がままならない段階からすでに、「祭りの賑わい」である娯楽文化の盛り上がりに引き寄せられながらどんどん人口が膨らんでいったのだ。そしてその「混沌」を収拾するかたちで衣食住を充実させる都市計画が進んでくるようになったころから、現在蔓延している社会病理が顕在化してきた。それによって消費経済は加速していったが、人と人の関係は危うく脆弱になっていった。
家族であれ世の中の付き合いであれ、予定調和の関係に収めようとして、無邪気に無防備にときめき合ったり、しみじみといたわり合ったりというような、つまり人と人の関係の機微に対する感受性が後退していったらしい。
世の中が平和で豊かであれば何もかも解決するというわけにはいかないし、豊かでなくても「安定と秩序」があれば解決するというのでもない。人は、「生きられなさ」「生きにくさ」の「混沌」を生きる存在なのだ。恋も友情も家族も、予定調和の「共生関係」に執着・耽溺してゆくことなんかできない。どんな関係であっても、「出会いのときめき」と「別れのかなしみ」を前提として持っていなければ機能不全に陥ってしまう。
いやまあこの問題はいろいろ複雑でこのブログの手に負えることではないのかもしれないが、今どきの大人たちは都市に生きる作法というか人間性の自然を見失っている、ということはいえそうな気がする。彼らの「よりよい未来を計画構想する」というその作為的な思考が倒錯なのだと思う。「今ここ」の世界の輝きに対するときめきが欠落しているから、そんなことを正義ぶって扇動しまくることができる。
世の中にはいろんな人がいる。いろんな人がいて世の中を構成している。それを想えば誰だってもう、世の中の「なりゆき」を受け入れるしかない。それに棹差してあるべき未来の世の中を計画構想するなんて、人間を十把ひとからげに扱っている思考態度ではないのか。