「なりゆき」という原始性・ネアンデルタール人と日本人・30


人間は、一から集団をつくってゆくことができる。猿にはできない。
それは集団の秩序をイメージできる能力によって実現するのではない。
最初は集団の秩序などないし、集団にすらなっていないわけで、そのなりゆきまかせの無秩序を生きることができるかどうかということが試金石なのだ。
集団の秩序を願って集団の秩序の中でしか生きられないのなら、集団の秩序以前の段階を生きることはできない。猿は、この段階を生きることができない。
この段階を生きるのに必要なのは、高度な集団の秩序のイメージではない。集団以前の1対1の関係を生きることができるかどうかなのだ。そこにおいてときめき合っていれば、なりゆきで集団になっていったりする。
集団の秩序を生きる能力と、集団以前の基礎的な人と人の関係を生きる能力はまたべつなのだ。まあ後者の関係を生きる能力がないものが、順位関係等の集団の秩序にすがろうとする。
たとえば、自分のことを知っている人が一人もいない町にさまよいこんで、そこから人と人の関係を築きながら町の一員になってゆくことができるか。
なってゆくことができるのが人間なのだ。それができるから人間は旅をするようになっていった。
人間は、人と人の出会いにときめいてゆくことができる。猿は、仲間といっしょにいることの安心にまどろんでゆこうとする。
言いかえれば、人間は、まどろんでゆくことのできない存在である。世界から置き去りにされたかたちで存在していることのいたたまれなさにせかされながら、つねに世界を追いかけている。
人間は、集団の秩序にまどろむということを知らない、猿は知っているが。
しかし集団の秩序を知らない存在だからこそ、集団以前の段階を生きることができるし、集団が大きくなりすぎてもなんとかやりくりしてゆくことができる。
人間は、猿のように集団の秩序の中でじっとしてまどろんでゆくことはできないが、出会いにときめいてゆくことができる。
二本の足で立ってじっとしていることは、不安定な上に身体の苦痛もともない、とても居心地が悪い。しかしそこから歩いてゆけば姿勢が安定して、体のことなど忘れ、より豊かに世界にときめきながら景色を愛でたりしてゆくことができる。
人間にとって二本の足で立つことは、集団の中に置かれている姿勢である。四足歩行のままの密集状態で体がぶつかり合っていることの鬱陶しさから逃れて二本の足で立ち上がり、それによって密集状態と和解していった。つまり、密集状態の集団がないのなら二本の足で立っている意味がない。というか、他者の身体が壁になっている密集状態だからこそ、この不安定な姿勢を安定させることができる。
人間の集団は、密集状態になりたがる生態を持っている。密集状態以前のメンタリティでありながら密集状態になりたがるというか、密集状態以前のメンタリティを持っていなければ密集状態にはなれない。
二本の足で立つことは集団の中に置かれていることを前提とした姿勢ではあるが、まどろむことができる姿勢ではなく、いたたまれなくなって歩いていってしまう姿勢なのだ。
人間は、集団を出て集団の中に入ってゆく。この繰り返しが人間のいとなみだといえるのかもしれない。集団の秩序にまどろむことはできないが、集団を追いかけている。集団から置き去りにされながら、集団を追いかけている。
人間は、集団から逸脱した部分を持っていないと落ち着かない。猿のように、完全にフィットしてしまうことはできない。だからこそ集団以前の段階を生きることができるし、集団以後の密集状態を生きることができる。
原始時代は集団以前の集団を追いかけるメンタリティで集団をいとなんでいたが、文明社会になってからは集団を超えようとするメンタリティも加えながら集団をいとなむようになってきた。
おそらく、文明以前と以後では人間の集団に対するメンタリティや作法が違う。原始時代の集団は、あくまで人と人のときめき合う関係の上に成り立っていたが、氷河期明けの共同体(国家)の発生以後は、人間が作為的に集団を動かし、集団に合わせて人と人の関係が結ばれるようになっていった。それがたとえば支配と被支配の関係であるのだが、猿の生態と違うところは、たがいにその関係を交換してゆくことにある。これはちょっとややこしい話になってしまうのだが、言葉によるコミュニケーションそのものが支配と被支配の関係の要素の上に成り立っている。
猿は言葉を持っていないから、命令なんかしない。先験的な順位関係が存在するだけである。しかし人間は、その順位関係を交代するようにして言葉によるコミュニケーションをしてゆく。
言葉はときに、順位関係を強制する暴力になる。
しかし人間の基礎的な集団性は、言葉の上に成り立っているのではない。人間は、言葉以前集団以前の集団性を持っている。その基礎的な集団性としての人が人にときめいてゆくことは、言葉以前集団以前の問題なのだ。
言いかえれば、人間は根源において集団という意識を持っていない。集団から置き去りにされた存在として、集団の中に存在している。たがいに置き去りにされた存在としてときめき合っている。
原始人には集団という意識はなかったが、文明人は集団に対する意識を自覚的に人と人の関係に優先して持つようになってきて、人と人の関係が集団のかたちにほんろうされるようにもなってきた。
原始人は集団に支配されてなどいなかった。それは、誰も集団という意識を持っていなかったからだ。つまり彼らは誰も、自分が集団の一員であるとは思っていなかった。誰もが集団から置き去りにされてあるものとして、集団を追跡していた。誰もが集団から置き去りにされたものとしてときめき合っている集団だった。誰もが、自分以外はみな集団の一員だと思っていた。そういうかたちで誰もが集団を追いかけている集団だったわけで、現代人のよう誰もが集団の一員のつもりでいる集団ではなかった。
原始人は誰も集団に支配されていなかったし、誰も集団を支配運営しようとする意図もなかった。集団は先験的に存在するものであって、つくるものではなかった。これは、現代人の意識とはずいぶん違うはずである。現代人は、市民社会の名のもとに、寄ってたかって集団を支配運営しようとしている。



日本列島では、集団を「憂き世」と思う伝統の歴史を歩んできた。集団を「憂き世」と思い定めて、支配運営しようとしない。そういうことは「なりゆき」にまかせる。
太平洋戦争を遂行したこの国の支配者たちだって、東京裁判では口をそろえて「あれは会議の<なりゆき>だったのであって、自分にはそのような意図はなかった」と証言している。彼らは嘘をついたのではない。日本列島には、みんなで集団を支配運営してゆこうという伝統がない。だから革命が起きにくいのであり、みんなで「なりゆき」にまかせながら集団をやりくりしてゆこう、という流儀で歴史を歩んできたのだ。戦争遂行だってそういう「なりゆき」だったのだと、あとになってみれば誰もが本気でそう思った。そう思ってしまう伝統がこの国にはある。それが、「憂き世」という集団に対する意識である。
日本列島には、ネアンデルタール人以来の原始社会の集団性が引き継がれている。誰もが集団から置き去りにされた存在として、集団を「憂き世」と思い定めて歴史を歩んできた。
だから、集団の論理で人を裁くことに対するどこかしらの後ろめたさがある。人間が集団を支配運営してゆこうとする存在であるとは思っていないし、人間が集団から支配されているとも思っていない。
東京裁判の戦犯たちだって、自分はひたすら集団の「なりゆき」にしたがっていただけで集団を支配運営しようとする意図などなかった、としんそこから思い込んでいた。彼らは、人間が集団を支配運営してゆく存在だとは思っていなかった。そして、だからこそ、平気で特攻隊で死んでゆけ、と命令ができた。それは、自分の責任で下す命令ではなく集団の「なりゆき」だ、と本気で思うことができた。自分が民衆を支配しているという意識など、さらさらなかった。誰もが集団の「なりゆき」にしたがって生きていると、本気で思うことができた。彼らにとって天皇は、「集団のなりゆき」の象徴だった。天皇は「集団のなりゆき」を表出する存在であって、天皇自身が決めて命令しているのではなかった。
それはたしかに彼らが決めて命令したことだったが、天皇の命令だとすり替えることによって、誰の命令でもなくなってしまった。そうして戦後にはもう「すべては<なりゆき>だった」と心の底から思った。
べつに死刑を逃れようとしてそう証言したのではない、本気でそう思っていたのだ。そしてこのことは、おそらく世界中の印象を悪くしたことだろう。日本人は責任感というものがまるでない民族だ、と。
いいか悪いかはともかく、日本人はたしかにそういう民族であり、「この集団においては誰も支配していないし誰も支配されていない」という原始的な前提がいまだに機能している。
基本的には、「責任」などというものが存在しない風土なのだ。
この国には「正義」などというものはない。正義だからそう命令するのではない、それが「なりゆき」だと思えるからだ。命令するものだって、「なりゆき」にしたがっている、という意識なのだ。
会社の責任者が食品偽装を命令することだって、正義だとも悪だとも思っていない。それが「なりゆき」だ、という意識が抜きがたくある。
戦争遂行だって、「正義」だと叫んだのはたんなるたてまえで、本心は避けられない「なりゆき」だと思っていただけである。
外国人はどちらが「正義(正しい)」かと延々と言い争う。とくに中国人どうしは、どんな些細なことでもおたがい一歩も引かず激しく罵り合ったりする。
しかし、日本列島においては、どちらが正義(正しい)かというような問題は存在しない、「怒ったもの勝ち」なのだ。怒るということは、それだけ深く確かに「なりゆき」に反応していることの証拠なのだから。どちらが激しく怒っているかという争いはしても、本心ではどちらが正義(正しい)かということなど考えていない。
戦争遂行のプロパガンダは国民の怒りをかき立てる論調が主流で、支配者たちだって何が正義かということも勝てるかどうかということも、議論なんかほとんどしなかった。戦争をせずにいられない「なりゆき」があるかどうかということだけが問題だった。
「怒ったもの勝ち」で戦争を仕掛けていっただけなのだ。正義の自覚も勝てる目算もなかった。



正義は、成文化できる。語り合うこともできる。
しかし「なりゆき」は、そのつど起きて消えてゆく状況だから、成文化することはできない。今日正しくても、明日も正しいとはかぎらない。昨日はまちがっていても、今日はするべきことになっていたりする。というか、正しいか否かではなく、せずにいられないかどうかなのだ。それが「なりゆき」の文化である。それは、そのときの「状況=なりゆき」との関係でせずにいられないことであって、それは正義でも悪でもない。
日本人の集団もネアンデルタール人のそれも、「なりゆき」で動いてきた。
根源的には人間のせずにいられないことは他者との関係をやりくりしてゆくことであって、集団をどうするかということではない。つまり、他者との「出会い」を生きているのであって、集団の秩序の中でまどろんでいるのではない。
二本の足で立っている人間は、どうしても歩いていってしまう。じっとしてまどろんでいることができない。それはまあ「生き急いでいる」というか「死に急いでいる」というか、そういう存在であり、そこから言葉が生まれてきた。
人間は、集団の秩序の中にまどろもうとしているのではなく、他者との「出会いのときめき」を生きている。それが、「置き去りにされてあるもの」としての生物学的な習性なのだ。置き去りにされてあるからといって、集団と無縁であるのではない。置き去りにされながら集団を追跡している。つまり、集団を正義=秩序の方向に導こうとしているのではなく、
集団の「なりゆき」を追跡しているのだ。
大陸の人々は、人間が集団をつくっているという前提を持っているから「責任」を問うし、そのための「正義」が必要になってくる。
しかしかつての日本列島の住民や原始人は、集団の「なりゆき」が先にあってそれに従い追跡しているだけだった。
よい社会をつくれば、人々は幸せになれるか?どんなによい社会を実現しようと日本人にとってそれは「憂き世」であり、目の前の人と人の関係がうまくいかなければ生きていられないのだ。
社会の正義よりも、目の前の人と人の関係の「なりゆき」の方が優先する社会なのだ。東京裁判の戦犯たちだって、そういう人と人の関係としての会議の「なりゆき」によって戦争遂行が決まっていったと証言したのだろう。もしかしたら、戦争遂行が正義だなんて、誰も思っていなかった。それは遂行せずにいられない「なりゆき」だった、と彼らはいう。
日本列島のこの「なりゆきに従う」という作法は成文化されていない。なぜならそれは、この社会の「正義」ではないからだ。それは、日本人が歴史とともに長く引き継いできた思考や行動の中心的な習性であり、わざわざ口に出していわなくても、法として定めなくても、自然にそう考えそう行動してしまう「なりゆき」になっていた。
暗黙の了解、とでもいうのだろうか。それは、集団を運営するための制度=正義ではなく、集団以前の、集団から置き去りにされたところで成り立っている約束のようなものだった。つまり日本列島の集団には、集団の秩序=正義に背く思考や行動を許し合う約束があった。
たぶん、そうやって戦争が遂行されていった。
そのとき欧米人は「正義」で戦争をしていたが、日本人は「なりゆき」で戦争をしていた。
「なりゆき」にしたがえば、どうしても原始的な思考や行動が生まれてしまうし、それを許し合うことを担保にして人と人がときめき合う関係が確保されてきた。
たとえば原始時代は家族というものがなかったのだから、「不倫=密通」というものもなかった。日本列島では、それは、大和朝廷成立以後も長らく見て見ぬふりされてきた。そういう伝統があるから、今どきの不倫の流行になっている。現代でも日本人は、歴史の無意識として、暗黙の了解として許されていることだとどこかしらで思っている。
もちろん外国人だって不倫をしている。しかし彼らは、心の底では許されないことだと思っている。まあ、神が許してくれない。それに対して日本人は、たてまえとしてはいけないことになっていても、心の底では許されることだと思っている。日本列島には、そういう原始性が残っている。
人間の世の中に、不倫をしてしまう「なりゆき」がないはずがない。
人間は、集団から置き去りにされたものとして集団を追跡するという、集団以前の集団性を持っている。それが原始人の集団性であり、それを引き継いだ日本列島の「なりゆき」の文化である。
この、「集団以前の集団性」を持っているのが、人間の人間たるゆえんにほかならない。
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