原初的な混沌・「漂泊論B」2

     1・人間は、弱い猿だった
一般的には、人間の心を語るときに「原初的な混沌」というと、何か凶悪でたけだけしい気持ちのことのようにいわれることも多いが、そういうことではないと思う。
一般的には、二本の足で立った瞬間から猿よりも大きな体と発達した知能をそなえるようになっていったように考えられている。そうであれば、その勢いで凶悪にもたけだけしくもなっていったかもしれないが、そうではないのだ。
二本の足で立ち上がった原初の人類の自然界における立場はとても弱々しいもので、いつも逃げ隠れしながら暮らしていた。そのとき人類は、猿よりももっと弱い猿だった。人類700万年の歴史の半分以上はそのようにして流れてきた。
そうやって逃げ隠れする弱い猿だったから、地球の隅々まで拡散してゆくことになった。
人類が猿(チンパンジー)よりも大きな体と発達した知能をそなえるようになっていったのは、直立二足歩行をはじめて4、5百万年後のことで、すなわち2、3百万年前以降のことである。
人類は、歴史の半分以上を猿よりももっと弱い猿として逃げ隠れしながら生きてきた。
二本の足で立っているぶん、猿よりも弱い猿だった。
その空白の4、5百万年に形成されていった人間的な心性や生態というものがある。この空白の4、5百万年によって人間は人間になった、ともいえる。
逃げ隠れする弱い猿の心性と生態、ここに人間性の基礎がある。この人間性の基礎によって、その後の文化や文明が花開いていった。
幼児期のトラウマはそうかんたんには消えないし、三つ子の魂百まで、というではないか。
原初の心性が凶悪でたけだけしいものだなどといってもらっては困る。そういうサディズムは、ただの文明病なのだ。
原初の人類は、びくびくして途方に暮れながら生きていた。しかしそういう心の動きこそが、その後の文化や文明の発達の原動力になっていった。
われわれは、根源的にはいまだに逃げ隠れする弱い猿なのだ。これは、人間であることの属性である。
だから、人間の子供は、「かくれんぼ」という遊びをする。
だから、人間の男と女は、逃げ隠れして家の中の布団に入り、セックスをする。
逃げ隠れする猿だったから、一年中セックスをするようになった。セックスは「いまここ」に消えてゆく行為である。人間の快楽とはそのような「消失感覚」であり、それは、逃げ隠れすることの究極のかたちにほかならない。
学問や芸術だって、「消失感覚」である。そういう学問的な問いや芸術的な色彩や音との戯れの中に自分が消えてゆくことの快楽である。それが、人間的な心性の原初のかたちであり究極でもあるのだ。
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     2・原始人は女子供みたいによく泣く人たちだった
人間の原初的な心性は、逃げ隠れして消えてゆく感覚にある。
原初の人類は、草食獣のようにおどおどびくびくしながら生きていた。そして草食獣の群れのような順位(権力)争いすらする余裕もなく、ひたすら助け合って生きていた。
どうして現代人は、原初的な心性を凶悪でたけだけしいものだといいたがるのだろう。そういう心性は、ルサンチマンを持っていないと生まれてこない。ただもう無邪気に凶悪でたけだけしくなるということなどない。
自分の中に凶悪でたけだけしいサディズムがあると思うのなら、避けがたい人間の自然としての原初的な心性だとごまかすことなく、自分が幼児期に持ってしまったルサンチマンについて考えるべきだろう。
現代人がそれを原初的な心性だといいたがるのは、それを現在の自分の心性から遠いものだと思いたいからだろう。しかしそうではない。それは、現代の文明や制度性から生まれてくる心の動きなのだ。
人類が殺し合いをはじめたのは、氷河期明けの1万年前以降のことである。700万年のうちのたった1万年の歴史しかない。それを人間の本性のようにいわれたら困る。それはあくまで、文明の問題なのだ。
心を文明や時代や制度性に染められてしまっている人間ほど、サディズムが強い。そしてそうした制度性は、アフリカやアマゾンの原住民だって持っている。彼らだって、文明人なのである。彼らが原初の人類のサンプルであるわけではない。
人食い人種が原始人だと思っていやがる。程度の低い空想だ。
原初の人類の心性のサンプルは、たとえば東日本大震災に遭遇した人々が、ただもう恐怖と絶望でおろおろとうろたえながらそれでもけんめいに助け合っていったことにある。
原初の人類は、そのように弱い猿として生きながら生き残ってきた。
泣きながらおろおろとうろたえさ迷い続けた果てに、地球の隅々まで拡散していったのだ。
まあ、泣くことは、原初的な心性かもしれない。
人類がいつから泣くようになったのかはよくわからないが、われわれよりも古代人や縄文人の方がずっとよく泣いていたし、古代人や縄文人よりもネアンデルタールの方がさらによく泣いていただろうことはたしかのような気がする。
江戸時代の国学者賀茂真淵は「万葉集大和魂だ」と言ったが、それに対して本居宣長は「古代人はわれわれよりもずっと女子供みたいによく泣く人たちだったのであり、それこそが人間の本性だ」といった。
たしかに、万葉集にしろ古事記にしろ、よく泣く人たちの文学だと思う。
逃げ隠れして生きている猿は、胸の中に「嘆き」があふれてすぐ泣くようになっていった。
目の中に涙がにじんでくるのは、「見る」という行為がうまくできなくなるからだろう。つまり、世界と向き合っていることができなくなるのだ。
いつも逃げ隠れしている猿は、「見る」ということに対する怖れがある。怖れの気持ちで世界を見つめている。その怖れが喫水線を超えたとき、目の機能に異常が起こり、涙が出てくる。
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     3・原始人は世界=自然と調和して生きていたのではない
人間は、この世界と調和して存在しているのではない。調和できないで、いつも逃げ隠れして生きてきたのだ。
だから、泣く生き物になった。
世界と調和できなくなって涙がにじんでくるのだ。これが、原初的な心性としての人間の本性である。
われわれ現代人にとって泣くことはすでにそなわっている機能であるが、原初の泣かない猿が泣く猿になってゆくときの嘆きの深さと豊かさは、もしかしたらわれわれ以上のものがあったのかもしれない。そういう深さと豊かさがなければ、イノベーションは起きないだろう。
泣くようにできている猿が泣くことの嘆きなどたいしたことではないが、泣かない猿が泣くようになるためには、われわれと同じではすまないはずだ。
たぶん生物学的進化論的にいっても、われわれ現代人よりも古代人や原始人の方がよく泣き、嘆きは深く豊かだったはずである。
原始人は自然と調和して生きていた、とよくいわれるが、そんなこともあり得ない。彼らは、自然を怖れ、自然から逃げ隠れして生きていたのだし、逃げ隠れすることのカタルシスが彼らを生かしていた。
だから人間の子供は、かくれんぼをする。
だから人間は、泣く猿になった。
凶悪でたけだけしい原初的な心性……などという言い草は大嘘なのだ。そんなへ理屈は、現代人の自己正当化しようとするスケベ根性から紡ぎだされているにすぎない。人間は、根源において、世界や他者に対してそんな馴れ馴れしい生き物ではない。
凶悪でたけだけしいなんて、現代人の世界や他者に対する馴れ馴れしさなのだ。
今のこの世の中には、人に対しても世界に対しても、そういう馴れ馴れしい人間がいっぱいいるよね。そういう自分のグロテスクな性根を原始人におっかぶせて平気な顔をしてやがる。
そしてそんなことをほざきながら、誰よりも人間とは何かということがわかったつもりでいやがる。
そういう俗論にもたれかかり、コピペし、自分をとりつくろうことばかりしてやがる。
「原初的な混沌」とは、凶悪でたけだけしい心のことではない。おろおろして泣き暮れている心のことだ。そういう心を胸の奥に携えていないからいまどきの大人たちは、人格者ぶるだけで、知性も感性も鈍くさいのだ。
この国の戦後の経済成長は、アメリカ的近代合理主義と手を握りながら、そういう人間の普遍でありこの国の伝統でもある胸の奥の「おろおろして泣き暮れている心」を失わせた。
いや、「失った」というより、正確には「見失った」ということだろうか。人間なのだから、人間であるかぎり、なくなるはずはないのだ。
やつらは鈍感で、そういう心のありかが何も見えていない。
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