サバンナの旅・「漂泊論」72

サバンナの旅*1346296389*[漂泊論]72

   1・サバンナが暮らしの場であったのではない
人間は隠れようとする生き物であり、隠されてあることに気づく生き物である。日本文化の源流だって、ここにある。
まあ日本人だけじゃなく、すべての人間がこのようなかたちで存在している。そこから人間の文化や文明が生まれてきた。
そして日本文化がそういう原初的なかたちを残しているということは、縄文時代にこそ日本文化の源流がある、ということを意味する。
それはさておき……。
原初の人類にとってサバンナとはどのような対象であったかということは、もう一度考え直してみる必要がある。
人類学の常識では「300万年前ころにはじめてサバンナに出て肉食を覚えた」ということになっているのだが、おそらくそうではない。直立二足歩行開始の700万年前から、すでにサバンナとの関係ははじまっていたのだ。
人類にとってそこは、不毛で危険がいっぱいの空間だった。
サバンナで暮らしている人類なんか、今も昔もいない。
多くの人類学者は、そこでの暮らしを得たかのようないい方をするが、そういうことではないのだ。
サバンナの中の小さな森で暮らす人類にとって、サバンナを横切ってゆくという生態は最初から持っていた。そして現在の赤道直下のブッシュマンなどの原住民にとっても、サバンナはあくまでそういう場所であって、暮らしの場所ではない。
べつに、サバンナに住み着いているのではない。
サバンナで肉食獣の食べ残しを拾ってくるようになったのが2〜300万年前ころからで、積極的に狩をはじめたのはせいぜい100万年前ころからのことだ。それも、土豚などの小動物である。
サバンナで大型草食獣を解体していたら、肉食獣がその匂いを嗅ぎつけてたちまち集まってくる。
森の中に隠れて小動物を丸焼きにしているぶんには、そんな心配はない。
アフリカでは、小動物を丸焼きにする文化が発達している。
赤道直下のアフリカ人が集団で大型草食獣の狩をするようになったのは、人類700万年の歴史からみればおそらくつい最近のことだろう。
弱くて動きの緩慢な猿であった原初の人類には、サバンナが暮らしの場になることはけっしてなかった。
しかしそれでも、二本の足で立ち上がって人間になったころからサバンナを横切って旅をしていた。
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   2・森に隠れて棲まなければ、サバンナでは生きられない
原初の人類がチンパンジーから派生したとすれば、その違いは、チンパンジーが広大な森に住んでいたのに対して、原初の人類はサバンナの中に点在する小さな森に住んでいたことにある。
弱いチンパンジーの群れとして、そういうところに追われてしまったのだ。
そのころ地球気候が乾燥寒冷化して、森が縮小しサバンナが広がってきた、ということもある。
そういうサバンナの中の森で原初の人類は二本の足で立ち上がっていった。
そしてその森は、さらに縮小することはあっても、拡大することはなかった。
人類の群れは、そのような森ごとに離ればなれで棲み、おそらくひとつの森にひとつの群れというかたちになっていた。
そこではもう、追い出すことも出て行くこともできないのだから、みんなでなんとかやってゆくしかなかった。ここで、無際限に大きく密集した群れをつくってしまうという人類固有の生態の基礎がつくられたのだろう。
しかしそうはいっても、原初の人類に500人1000人といった規模の群れをいとなむ能力があるはずもなく、人口が増えてゆけば当然、一部が別の小さな森に分かれて住むことになったのだろう。
サバンナが広がってくれば、森の中の空き地が拡大してそのままサバンナとつながり、森が分断されるということが起きてくる。
そうなれば、もともと過密状態だった群れは、二つに分かれてそれぞれの森に住むことになる。
そのようにして、それなりの広さを持ったあるひとつの森がいくつかの小さな森に分かれてゆく。そうしてそれぞれの森に枝分かれした小さな群れが棲みついていた。
もともとひとつのまとまった群れだったのだから、彼らはそれぞれの森に仲間が棲んでいることを知っている。
最初の森と森は、仲間の姿が見える程度にしか離れていなかった。だから、ある森で過密状態が進めば、サバンナを横切って隣の森に逃げ込もうとするものが出てくる。そうやってそれぞれの森は自然に人口調節ができていた。
たがいの森はサバンナという緩衝地帯を隔てて離れているのだから、争うことはない。しかし、たがいに相手の群れに対する好奇心はある。だから、相手の群れから逃げてきたものは受け入れ一緒に暮らしてみようとする。
そうしてさらにサバンナ化が進めば、それぞれの森は縮小しながらしだいに離れてゆく。
しかし離れても、おたがいに、向こうの森に仲間が棲んでいるということをとうぜん知っていた。だから、離れていても、サバンナを横切ってそこまで逃げ込もうとする習性は続いていった。
人間は隠れようとする存在であり、隠れていることに気づく存在なのだ。
これが旅の起源であり、おそらく人間の親族意識もこのような生態から端を発している。
アフリカの部族は、自分たちは共通の祖先を持っている、という意識の上に成り立っている。同じ地域に住んでもそういう部族意識が優先されるから、「ルワンダの虐殺」というようなことも起きてくる。
「われわれは同じ祖先を隠し持っている」という自覚が、彼らのアイデンティティになっている。それは、隠れているほどたしかなアイデンティティになる。人間とは、そういう生き物なのだ。
われわれは、根源的には、猿よりも弱い猿なのである。
人間は、隠れれようとする生きものだから、中には何が隠れているのだろうという好奇心もことさら強い。かくれんぼはそういう好奇心の上に成り立っているし、未来を知ろうとする意識だって、まあそのような好奇心だ。
それは、あの森の中には仲間が棲んでいる、という好奇心からはじまっている。
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   3・飢えても人口は増えるし、たらふく食っても人口が減るときもある
なぜ人口が増えたり減ったりするのだろう。
それは、食糧の問題ではない。
原初の人類だって恵まれた猿でもなかったのだから、順調に増え続けてきたのではなかろう。
順調ではなかったが、しかし増え続けてきた。
歴史家は、決まってこういう。人類の歴史は飢えとともにあった、と。そしてそのくせ、食料が豊富に生産できるようになったから人口爆発が起きた、などともいう。
食糧生産が豊かになれば人口は増えるのか。
だったらこの国の人口が減るはずないじゃないか。
飢餓に苦しむアフリカやアジアで、どうして人口爆発が起きるのか。
人間というなんでも食う雑食の生き物にとっては、食糧の問題で人口が増えたり減ったりするのではない。
人口爆発が起きたから飢餓に苦しまねばならないのだ。その人口爆発の原因は飢餓にあるのではないし、食料が豊富だったからでももちろんない。
原初の人類社会に食料が豊富にあったわけではない。それでも人口は増え続けてきた。
まあ、誰もがいつもセックスしている社会なら、とうぜん人口は増える。だから、飢えとともにある社会でも人口は増えるし、食糧生産が豊富になっても人口が増えるとはかぎらない。
食料で人間が生まれてくるのではない、セックスして生まれてくるのだ。
人口爆発が起きた「結果」として食糧生産の技術が進歩してきただけのことである。
食糧生産の技術が進歩したから人口爆発が起きてきたのではない。
原初の人類社会で人口が増えていったのは、何はともあれみんながいつもセックスをしている生態になっていったからだ。
そういう生態になってくる根源的な契機は、二本の足で立ち上がったことにある。それによって、つねに身体のストレスを抱えているようになり、発情が習慣化していった。
ストレスを消去するとは、身体のことを忘れてしまうことであり、それは、意識が世界や他者に向いている状態において体験される。
二本の足で立ち上がって視界が広がったからというだけのことではない、それによってみずからの身体に対するストレスが増えたから、世界や他者に対するときめきをより豊かに体験するようになったのだ。そういうかたちで人類は、いつも発情している生き物になっていった。
他者の身体を感じていれば、自分の身体のことは忘れている。そうして、より深く豊かに相手の身体を感じようとして、正面から抱き合うという生態にもなっていった。これもまた、二本の足でっ立っているから可能になる体位である。
そのようにして人類は、さまざまな要因から人口が増えてゆくほかないような生態になっていった。
向こうの森に仲間がいるという好奇心だって、一種の性衝動(発情)である。だから、向こうの森から女がやってくれば男たちは歓迎したし、群れが過密状態になれば身体のストレスがふくらんで向こうの森に行ってみたいとも思う。
また、そういう往還=旅があるから、群れの中の性衝動が活性化する。
あるいは、性衝動が活性化すれば向こうの森に行ってみたくなるし、向こうの森からやってきたものにときめいてゆくことにもなる。
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   4・「住みよい街づくり」というスローガンは成り立たない
とすれば、群れの人口が減少することは、そういう森どうしの往還がなくなったときに起きてくる、ということになる。
いつも同じ顔ばかり見て暮らしていれば、性衝動は希薄なってくる。だから、一緒に暮らしている兄弟姉妹での近親相姦は起きにくいし、夫婦のあいだでも倦怠期がやってくる。
ほかの群れと離れすぎて孤立してしまうと、人口が減少してくる。
それはつまり、人口減少とともに食糧も確保されて住みよくなったから起きてきたことである。そうして、なお人口が減少してゆく。
おそらく、絶滅が心配されている現在のチンパンジーの群れも、そういう状況なのだ。
そうして現在のこの国で人口減少が起きているのも、つまるところ性衝動が希薄になっているからだろう。
たとえば、家族が心地よい空間として閉じていれば、性衝動が育ってこない。
われわれが快適で健康的な生活を望みそれが得られるのなら、他者に対するときめきとしての性衝動は減衰し、人口が減少してゆく。
人間社会は、たとえ過密状態にあっても、その鬱陶しさが自覚されるなら、そこから他者に対するときめきも起きて、さらに過密状態になってゆく。
原初の群れにおいて、人口が減って食糧が確保されていても、そうやって自足してしまえばさらに人口が減ってゆく。食糧が確保されているからこそ人口が減少する。
原初の人類が飢えてもなお人口を増やしてきたのは、過密状態になってもさらに個体数を増やせる生態を持っていたからであって、べつに食料確保に成功していたからではない。
群れどうしの「女を交換する」という連携によって、つねに性衝動が活性化する状況が起きていたからだ。
それはまあ、サバンナのおかげかもしれないし、そういう自然環境のなりゆきのあやというものがあったのだ。
サバンナに出てカロリーの高い食料を確保できるようになったから人口が増えたのでも脳容量が発達したのでもない。人口が増えて知能が発達したことの「結果」として、そうした高カロリーの食料を確保できるようになっていっただけである。
人類の人口が増えて知能が発達していったことの契機は、食料を確保できるようになったことではないし、住みよい暮らしができるようになったからでもない。
住みよい暮らしは、けっして人口の増加や知能の発達の契機にはなれない。
人間は、住みよい暮らしを望んでいるのでも、人と人のつながりを望んでいるのでもない。生きてあることのストレスをなだめようとした結果として、そういう現象が生まれる。つまり、生きてあることのストレスという契機がなければ、どんなにそれらを望んでも得られない。人間はそういう「契機」を持っている存在であって、住みよい暮らしや人と人のつながりを求めている存在であるのではない。
人間が住みよい暮らしを望んでいる存在であるのなら、地球の隅々まで拡散してゆくということは起きていない。住みよい温暖な地にひしめき合っているだけである。
拡散しようとしたのではない。生きてあることのストレスから逃れようとして拡散していっただけである。
人と人はつながり合おうとしているのではない。もともと人間は、過密状態の群れの中に置かれて歴史を歩んできた存在であり、そんな衝動を持っているはずがない。ただもう生きてあることのストレスを抱えた自足できない存在だから、不可避的に結果としてそういう関係になってしまうだけである。
人間は、根源においてストレスの中に身を置いて存在している。ストレスの中に身を置いてそこからカタルシスを汲みあげてゆくのが、人間の生きる作法である。だから、地球の隅々まで拡散していった。
とりあえずストレスの中に身を置かなければ、人間の生きるいとなみははじまらない。
「人と人のつながり」とか「住みよい町づくり」とか、そんなスローガンを持っても意味がない。じつはそのスローガンこそが、この生のダイナミズムを失わせて、人口減少や町づくりの失敗を引き起こす
人間は生きようとする「目的」を持っている存在であるのではなく、ストレスという生きるほかない「契機」を持っているだけなのだ。
ストレスから、この生のダイナミズムが生まれてくる。
人とのつながりがカタルシスであるのではなく、人にときめくことがカタルシスなのだ。
人が生きてあることの「嘆き=ストレス」を失ったら、「人と人のつながり」も「住みよい町づくり」もないのだ。
人間は、ストレスを抱えて生きるほかない猿よりも弱い猿であり、そこにこそ人間であることの証しがある。
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わかりやすいタイトルだけど、いちおう現在の若者論であり、日本人論として書きました。
社会学的なデータを集めて分析した評論とかコラムというわけではありません。
自分なりの思考の軌跡をつづった、いわば感想文です。
よかったら。

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