「漂泊論」・61・自分が消えるということ

   1、生きてあることは、不安で不可解で鬱陶しい事態である
宿題やらなきゃ、と思いながら、なかなか手がつけれらない……大人だって、しょっちゅうこういう状況に陥っている。
明日仕事があるのに夜中までオリンピックのテレビを見てしまう、というのも、まあこういうことだろう。
それは、意識が世界に向いて、自分のことを忘れているからだ。ちゃんと自分のことを思えば、宿題もするし、テレビを消してベッドに入ることもできる。
人間は、自分のことを忘れて意識が世界に持っていかれてしまう。
しかし、そのとき「自分=自我」がはたらいていないかといえば、そのときこそ「自分=自我」として世界と向き合っている。
自我とは、自分を忘れてしまう意識でもある。
人間は、避けがたく自分を消してしまおうとする衝動を持っている。それほどに二本の足で立つ猿である人間は、自分(の身体)に対する鬱陶しさを抱えて存在している。
自分が生きてあることそれ自体が、われわれにとっては、不安で不可解で鬱陶しい事態だ。
だから、自分(の身体)を忘れてしまおうとする。そのように自分を忘れながら、自分として世界と向き合っている。そして、この自分を忘れている「自分」こそほんとう自分だという思いが、誰の中にもある。だから、なかなか宿題に手がつけられない。
宿題が自分を忘れて夢中になれることならまた別だが、そんなことはめったにない。
自分を忘れて世界と向き合っている自分こそ、ほんとうの「自分」である。そうやってわれわれは、世界や他者にときめいている。
このほんとうの「自分」は、猿や猫でも持っている。赤ん坊でも持っている。彼らはただ、「自分」という言葉を持っていないだけである。われわれだって、自分を忘れている「自分」は、自分という言葉を失っている。自分を忘れているのだから、当然である。
すべての生き物が「自分」として世界と向き合って存在し、そのとき自分を忘れている。
そして因果なことに人間は、こういう状態のときにこそ、生きてあることのカタルシスを覚えてしまう存在なのだ。
われわれにとって生きてあることは、それほど不安で不可解で鬱陶しい事態である。
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   2・死んでしまいたい
人間は、どんなに明るく朗らかな人でも、心の底に「死んでしまいたい」という衝動が潜んでいる。
だから、何かつらいことがあるとすぐ「死んでしまいたい」と思ってしまう。
生き物に生きようとする衝動(本能)などいうものはない。生きようとする衝動(本能)で生き物の生態は語れない。
「死んでしまいたい」とは、ようするに未来に向かう意識を失っている状態である。しかしだからこそ「いまここ」をより確かに感じる。
「死んでしまいたい」という意識が、人間をより確かに生かしてしまう。
この社会は未来に向かうスケジュールで動いている。意識が未来に憑依してしまえば、「いまここ」に対する意識があいまいになってしまう。それは存在の根拠が揺らぐ、ということだ。われわれはそういう無意識の不安(ストレス)を抱えて現代生活を送っている。
未来という時間意識を持った人間に、未来を思うな、といっても無理な話である。
それでも人間は、ことさら「いまここ」を確かに感じてしまう存在である。
そういう「未来」と「いまここ」の狭間の奥に、「死んでしまいたい」という意識が疼いている。それは、「いまここ」を確かに感じるための、まあストッパーのような装置であり、「いまここ」を確かに感じて「いまここ」に豊かに反応して生きている人ほど、心の底にそういう衝動を疼かせている。
だから、あまり「命の尊厳」などと大合唱しない方がいい。
生き物に生きようとする衝動(本能)などというものはない。そういう衝動をたぎらせている人間ほど「いまここ」に対する反応、すなわち命のはたらきが鈍くなってしまう。まあ体の動きが鈍くさいとはそういうことであり、そういう大人がインポになりやすい。
人間は、未来という時間意識を強く持ってしまったから、五感や体の動きが鈍い猿になった。五感や体の動きが鈍い猿だからこそ、その不足を埋めようとして飛行機や自動車や船を生みだしたし、スポーツに熱中する。
五感や体の動きが鈍い猿だからこそ、表情やしぐさが豊かになり言葉も生み出した。つまり、五感や体の動きが鈍いぶんだけ、他者の表情やしぐさや言葉に敏感な猿になっていった。
人間は強い猿だったから、文化や文明を発達させたのではない。弱い猿だったからこそ、そういう進化の歴史を歩んできたのだ。
なぜなら命はそういう弱さのもとでよりダイナミックにはたらくのであり、生きようとする衝動を持たない方がよりダイナミックな命になるのだ。
だから、すべての生き物はぎりぎりの状態で生きて、多様な生き物がこの地球上に存在するという状況になっている。
べつに「生物多様性」だから素晴らしいわけでもないし、この地球上の生き物にそんな状況をつくろうとする戦略があるわけでもない。
ただもう命は、生きようとする未来に対する意識を捨てて「いまここ」に立ちつくすことによってより豊かにはたらくようにできているからだ。
「いまここ」に反応することが命のはたらきであって、意識が未来に憑依して生きようとする衝動をたぎらせることではない。
生きようとする衝動をたぎらせるから、命のはたらきが鈍くなるのだ。そうやって体の動きが鈍くさくなるし、内臓のはたらきだっておそらく無関係とはいえないだろう。
生き物の体が動くことは、「いまここ」から消えることであり、「消えようとする」衝動の上に成り立っている。つまり、身体が存在することに対する意識を消そうとする衝動なのだ。身体のことを忘れようとして動く。というか、動くことによって身体を忘れる。体を上手に動かすものは、身体を忘れて動くタッチを持っている。
スポーツのナイスプレーは、ナイスプレーをしたあとに気づく。そうやって選手は、ガッツプレーをしている。動いているときは身体のことを忘れている。
人間にとって、立ったままじっとしているのは苦痛である。しかしそこから二本の足で歩いてゆけば、身体(足)のことなど忘れている。そうやってわれわれは、景色をめでたり考えごとをしたりしている。
身体のことを忘れてしまうのが「生命力」なのだ。身体のことを忘れて身体が消えていれば、「生きようとする衝動」も成り立たない。
身体に執着して生きようとする衝動をたぎらせるから、体の動きが鈍くさくなり、インポになったり、ホメオスタシスのはたらきが減退したりする。
よく入学試験の前に下痢をするという話を聞くが、それは、心身が集団の中に閉じ込められ動けなくなっている状態のために、そのストレスでホメオスタシスのはたらきが弱くなっているのかもしれない。つまり、立ったままじっとしていることのストレスではないのか。二本の足で立っている人間は、そういうストレスをほかの動物以上に抱えている。
生き物を生かしているのは生きようとする衝動ではない。「いまここ」に対する反応なのだ。人間は未来意識を持ち生きようとする衝動を持ってしまった存在であるが、その未来意識を消去してゆくことによってより豊かな「いまここ」に対する反応が生まれてくるところに人間の命のダイナミズムがある。
だから人は、心の底に「死んでしまいたい」という思いを潜ませる。それによって、身体のことを忘れて生きるタッチを紡いでゆく。
「死んでしまいたい」とは、「身体のことを忘れたい」という衝動である。「命の尊厳」などといって生きようとする衝動ばかりたぎらせていたら、この生の基本である「身体を忘れる」というタッチを失ってしまう。
「身体を忘れる」というタッチは、生きてあることに対する幻滅から生まれてくる。そしてそれは、生命力だけの問題ではない。「死んでしまいたい」という思いをそっと潜ませている人の方が、人間として魅力的である場合が多い。そういう人の方が、豊かに世界や他者に反応して生きているから。
自我とは、自分のことを気にして、自分を知ろうとする意識でも自分を知っているつもりの意識でもない。そんなものは、たんなる「自己愛」という。
自我とは、自分を忘れて世界に気づいてゆく意識であり、消えようとする衝動である。
二本の足で立ち上がっている弱い猿である人間は、そういう思いがことほか切実で、それが人間に文明や文化をもたらした。
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