閑話休題

村上春樹氏が「日本は核にノーと言い続けるべきだった」と言っておられるらしい。
そうだろうか。
原発にノーといえばそれですむのか。
日本が全廃したって、新興国はこれからいくらでもつくり続けるだろう。
人間は、核を知ってしまった。もう、あと戻りなんかできない。
だったら、後進国のためにも、われわれはどこまでも原発を安全に運転できる技術を獲得する責務を負っているのではないのか。先進国が、こんな中途半端のままノーといって済ませてしまったら、これから何度でも世界のあちこちで事故が起きることだろう。そしてフランスみたいに、事故処理で儲けようという因業なことをたくらむわけか。けっこうな国是だ。欠陥商品を売り付けて、事故が起きたらまたその処理で儲ける。われわれもそんな国になりたいのか。
原発なんか、危険に決まっている。科学者はそれをよく承知しているから、想定よりもさらに1段階2段階頑丈なものをつくろうとしていた。それを、実務者たちが、想定内でいい、と言って押しきった。
どこよりも核の怖ろしさを知っているはずのこの国で、そんな横着なことをしてしまった。
許されないのは、そのことだろう。われわれは、世界でいちばん安全な原発をつくる責務を負っていたにもかかわらず、その努力を怠った。
これから原発をつくろうとしている後進国があるかぎり、われわれは原発から手を引くわけにはいかない。可能な限り、原発を安全に運転できる技術の獲得を目指して努力し続けなければならない。
そして、もし事故が起きてしまったらどのように復旧復興してゆくか、というノウハウも確立してゆかなければならない。
僕は、個人的に、フランスやアメリカは当てにできないと思っている。欠陥商品を売り付けて事故処理でまた儲けるということばかりやられたらたまらない。
たとえフランスやドイツが手を引いても、日本は手を引くわけにいかない。われわれは、自分だけ安全であればいいというわけにはいかない。
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なんとなくの想像だが、たとえば今、環境学や生物学から理論物理学までの日本の最先端の科学者たちがひそかにプライベートなチームをつくって福島でデータをとり続けていてくれればいいのに、と思う。このデータは、発表されない。発表するつもりでやっていたら、必ずどこからか圧力がかかる。彼らはただ「趣味でやっているだけなんです」と言いながら、本心では、この次にどこかで同じようなことが起こったときのためにできるだけ精密で確かなデータベースをつくっておきたいという一心で、自分の研究を犠牲にしながらこの作業に取り組んでいる……そういう活動があってほしいと僕は願っている。
人類はまだ、そういうデータを持っていない。チェルノブイリのときも、国家の圧力でデータをとりそこなったらしい。できることなら、今度こそちゃんとそういうデータをとって残しておいてほしいと思う。
もしも、そうやって正確なデータを残しておこうという人たちがいるのだとしたら、それはわれわれ人類の希望になるし、それに比べたら「ノーと言い続けるべきだった」なんて発言はほんとにいい気なものだ。ただの「食言」じゃないか。いまさらそんなことを言ってなんになる。われわれにできるのは、起きてしまったことに深く悲しむことだけだ。そうしてできるだけ正確なデータをとって残しておかなければならない。「ノーと言い続けるべきだった」などとほざいているより、そちらの方がはるかに誠実な態度だと僕は思う。
人類はもう、後戻りできないと覚悟するしかないのだ。
現実は難解なのだ。ただ「ノー」といえばすむようなことではない。
おまえら、この世界から原発をなくせるものならなくしてみせてみろ。もしもなくせる日が来るのなら、日本はいちばん最後でいいんだよ。世界でもっとも高度に熱心に原発の安全性を追求する国として。
危険だからつくらない、なんて、人間はそんなかんたんな生き物じゃない。危険を承知でつくろうとする人々の気持ちを否定する思想を僕はまだ持っていないし、たぶん死ぬまで持てないだろう。
セクシーで魅力的な女を前にして、もうエイズでもなんでもいいから一発やりたいという気持ちになることを、僕はよう否定しない。人間が人間であるかぎり、死と背中合わせの冒険に挑む人間は、世界中でこれからも必ず次々に登場してくる。そして人々は、その行為を称賛し続けることだろう。
人間が必ず死んでしまう生き物であるかぎり、死と背中わせの行為は決してなくならないし、その行為にエクスタシーはつねに付きまとう。
「ノーと言い続けるべきだった」なんて低脳で偽善者づらした発言を聞かされると、むかむかする。
世の中は危険に満ち満ちた場所だけど、われわれはそこに出ていって働くしかないし、そこでこそ恋や遊びのエクスタシーも体験できる。
「国がちっぽけで愚かなものに見えたら自分が成長した証拠だ」といっていたアホもいたけど、そんなものは世間をなめきっている鈍感なやつのいうセリフだ。あなたたちは、どうしてそんな横着なことばかりいうのか。
原発反対」といえばすむのか。すむものか。
原発反対を国是にしたい人たちが議論してくれるのなら、いくらでも時間を割くし、完膚無きまでにやっつけてくれてかまいませんよ。
といっても僕は、原発の知識なんかなーんもありませんから、そのことはご承知おきください。
ただもうあなたたちの人間をなめたようなというか、原発は怖いという自分の感情にしがみついたようなというか、その横着な物言いが気に食わないだけなんです。