進化論について考えたこと

「恐竜はなぜ滅びたのか」という問題は、多くのひとが気になるところらしい。
隕石が地球に衝突して環境がおかしくなってしまったからだ、という説が、今のところいちばんよく知られている。
僕は、この説に、何かすごくうさんくさいものを感じる。
この説は、恐竜はただ自然消滅していっただけだ、という考えを隠蔽している。地上の最強の生きものだったのだから自然消滅するはずがない、と思っている。それは、現在の人間がひとまず恐竜と同じように「最強」の立場のつもりだから、人間だってそういう不測の事態が起きないかぎり消滅するはずがない、と思いたいのだ。人間だって滅びるとしたら、核戦争のようなことがあったときだけだろう、と。
こういう思い上がった考えは、うさんくさい。
核戦争があったって、ほんの少しは生きのびて、ノアの洪水伝説のように、そこからまた人類の歴史が始まるというような話だって出てくる。
恐竜だって、ほんの少しは生きのびて、またそこからら歴史をはじめるということがあってもいいではないか。何しろ「最強」なのだから、ほんの少しからでもはじめられるだろう。
しかし人間だって恐竜だって、ある意味で、もっとも弱い立場の生きものの部類だと僕は思っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
恐竜自身に生きのびられない事情があったんじゃないの。
人間だって、最強だのなんだのといいながら、生物学的には、冬になればオーバーを着ないと生きられないくらいひ弱な生きものなのだ。エイズになったりインフルエンザになったり、自殺したり人殺ししたり、インポになったり精液の精子が少なくなったり、まあ、じわじわ自滅してゆくんじゃないの。
そのときどれだけの生きものが、恐竜と一緒に滅んでいったのだろう。
恐竜だけが滅んでいったわけではないはずだ。何しろ恐竜は最強だったのだから。
しかし、恐竜の餌だったはずの哺乳類は生き残って、そのあと大繁殖の歴史を歩んでいった。
なぜ哺乳類は、生き残ったのか。小さい生き物は大丈夫だったとか、そういうことではないだろう。小さい恐竜だって滅びた。
たとえば、まったくのあてずっぽうの仮説だが、そのころしだいに地球の空気の組成とか何らかの環境のようすが少しずつ変わってきていたのかもしれない。で、古くから存在した生きものは、その新しい空気?に適合できなくなっていった。そうして、新しく現われてきた哺乳類などの生き物だけが生き残っていった……というようなことも考えられなくもない。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
地球の空気は、初めからたくさん酸素があったのではない。炭酸ガスを吸収して酸素を吐き出す植物がたくさん出現して、はじめて酸素が多くなってきた。原初の植物であるシダ類が最初は巨大だったのにだんだん小さくなってきたのは、それだけ地球上の炭酸ガスが少なくなってきたからだ。
古い生物は、まだ炭酸ガスがたくさんあったころに出現してきた。だから、炭酸ガスが少なくなれば、滅びるか小さくなってゆくしかない。彼らにとって酸素は、身体を害するものだった。
仮に恐竜が、そうした過渡期に現われてきた生き物だったとしよう。
彼らは、地球の空気に酸素が増えてゆくことにあえぎながら生きていた。彼らにとってそうした空気のもとで生きることは、とてもエネルギーを消耗することだった。だから、たくさん食わなければならなかった。たくさん食えば、自然に体が大きくなってゆく。たくさん食っていた種が、大きくなっていった。つまり、大きくなっていった恐竜ほど、環境に対する不適合を多く抱えていた。
彼らは、大きくなろうとして大きくなったのではない。あんなにも大きくなってしまうくらい、不適合を多く抱えていたのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ティラノザウルスは、哺乳類の小動物を食料にしていたのか。たぶんそうじゃない。彼らには、そんなすばしっこい生き物を捕まえられるような能力はなかった。そういうことをしていたのなら、前足はもっと長く機能的になっている。ライオンやトラは、前足がとても発達していて、それで獲物を捕まえる。しかし、ティラノザウルスの前足は退化してしまっている。それは、小動物を捕まえるための前足ではない。では、大きな後ろ足で踏み潰したのかといえば、相手だって動くのである、動く相手にこちらの足を合わせていけば、踏み潰そうとしたとたんに転んでしまうことのほうが多い。二足歩行の生き物は、止まっているものしか踏み潰せないのだ。
それに、あんなに長く太い尻尾を持っていたら、小回りもきかない。やつらがライオンやトラほど敏捷だったことはありえない。それに、あんなにも大きな体をしていたら、物陰に身を潜めて待ち伏せすることもできない。
大きな肉食恐竜に、敏捷な小動物を捕獲する能力はない。
おそらくティラノザウルスが獲物にしていたのは、自分と同じくらいか、自分よりも大型の動きが鈍い草食恐竜だったにちがいない。突進していくだけでしとめられる相手だ。ティラノザウルスの頭は大きい。頭突きが武器だったから、あんなにも大きくなっていったのかもしれない。そしてあの体型は、直線的に突進してゆくには具合がよかったのだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ともあれティラノザウルスにしろ、草食のスーパーザウルスにしろ、あんなにも体が大きくなってしまったら、食糧確保が大変だ。特に、スーパーザウルスにいたっては、一日中食っていてもまだ足りないくらいの体になっていたのかもしれない。
そしてそんなふうに食い続けていたら、まわりの草の繁殖も追いつかなくなってくる。地球上に炭酸ガスが豊富にあれば草の繁殖も盛んだっただろうが、酸素が増えるにつれ、繁殖力は衰えてくる。草原が減って森林が増えてきている時代だったのだろうし、その傾向を大型の草食恐竜自身が加速させてしまった。
大型の草食恐竜がいなくなってゆけば、それにともなってティラノザウルスのような大型の肉食恐竜も食料の確保ができなくなってゆく。そして、恐竜自身もまた、繁殖力がどんどん衰えていったのだろう。
彼らは、そうやってどんどん環境に適合できなくなってゆき、そうなれば身体のエネルギーの消費がさらに激しくなってますますたくさん食わなければ身体を維持できなくなってくるし、もうにっちもさっちもいかなくなって滅んでいったのではないだろうか。
とにかく恐竜の身体が大きくなっていったのは、それほどに環境に対する適合がほかの生物以上に欠落していて、過剰に身体エネルギーを消費し、過剰に食わないと生きていられない生きものだったからだろう。
べつに、強くなろうとして大きくなっていったのではない。大きいから「最強」だったなんて、考えることが安直過ぎる。そのころ、彼らほどあえぎあえぎ生きていた生きものもなかったのであり、彼らが絶滅していったのも、いわば歴史的必然だったのだろう。おそらく、隕石のせいじゃない。隕石のせいだったら、たくさんの酸素を必要とする哺乳類は、もっと早く滅びている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
環境にうまく適合できないから、体が大きくなってゆく。そんなことは、進化論の基礎中の基礎だろう。
適合していたら、エネルギーの消費が少なく、無理にたくさん食う必要もないから、体は大きくならない。
人間の身体がチンパンジーのレベルからずいぶん大きくなってきたのは、直立二足歩行が環境に適合しない姿勢であり、その分エネルギーの消費も多く、その分たくさん食ってきたからだ。
したがって、人類の歴史は「飢え」とともに始まっている、という歴史観は嘘だということになる。何はともあれ人類は、たくさん食って、身体を大きくしてきたのだ。
身体が大きくなりたかったわけでも、身体が大きくなることのメリットがあったわけでもない。人間のように限度を超えて密集した群れを形成している生きものは、体がぶつかり合ってストレスが増大するなどのデメリットのほうが大きい。それに、身体が大きくなれば外敵に見つかりやすくなるし、動きも鈍くなる。
ようするに、環境に対する不適合が大きければ避けがたく体は大きくなってゆく、というだけのこと。
進化するということは、絶滅と背中あわせでいきている、ということだ。
すべての生きものは何らかのかたちで進化し続けているし、つねに絶滅と背中合わせで生きている。われわれが恐竜の絶滅から学ぶことはそういうことであって、最強の生きものは絶滅するはずがない、などとという小学生の空想みたいな物語ではない。
われわれのこの命=身体は、絶滅と背中合わせの状態にセットされてある。絶滅しないようにセットされてあるのではない。「絶滅の可能性」としてセットされてあるのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
なんだか序論だけのレポートになってしまいました。もう一回だけ続きを書きます。ただの蛇足かもしれないけど。
_________________________________
しばらくのあいだ、本の宣伝広告をさせていただきます。見苦しいかと思うけど、どうかご容赦を。
【 なぜギャルはすぐに「かわいい」というのか 】 山本博通 
幻冬舎ルネッサンス新書 ¥880
わかりやすいタイトルだけど、いちおう現在の若者論であり、日本人論として書きました。
社会学的なデータを集めて分析した評論とかコラムというわけではありません。
自分なりの思考の軌跡をつづった、いわば感想文です。
よかったら。

幻冬舎書籍詳細
http://www.gentosha-r.com/products/9784779060205/
Amazon商品詳細
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4779060206/