鬱の時代29・へヴィメタルって何?

ロックの歴史は、黒人音楽のブルースからはじまっているといわれている。それがロックンロールやリズム&ブルースになり、やがてビートルズローリングストーンズを経てハードロック、パンクロックと変遷してゆき、80年代には異様な風体をしてステージに立つ「メタルロック」というジャンルが現われてきた。
日本では「キッス」というバンドが有名だった。彼らは、歌舞伎の隈取のような化粧をしたり髪を逆立てたり、まあ悪魔的なイメージが売り物で、とくに際立った音楽性があるわけではなかったから、ひとまずただのまがい物としていずれは消えてゆく現象だろうと思われていた。
ところがなぜかこのジャンルはしぶとく生き延びながら多くのグループが登場し、音の厚みや華やかさを増したり名ボーカリストを輩出したりして、今では「へヴィメタル」というロックの一ジャンルとして定着している感がある。
時代のあだ花として消えてゆくはずだったメタルロックがなぜ現在まで生き延びてきたのか。それは現在の世界が、誰もがどこかしらに恐怖や不安を抱えて生きることを余儀なくされている時代になってしまっているからだ。彼らの異様な風体やせわしなくドライブし続ける音の洪水や叫ぶようにシャウトするボーカルが、現代人の恐怖や不安に何かを訴えてくる。
つまり、「鬱の時代」だからだ。
彼らは、時代の殉教者なのだ。彼らは、自分をかなぐり捨てて叫び訴えてくる。
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現在の精神科医やセラピストの多くが、「自分を見つめる」などという方法論を振りかざして鬱の治療をしているなんて、愚の骨頂だと思う。そういうことを処方箋にしたがるという風潮自体が病んでいるのだ。自分に執着するという彼らのその精神や思考がすでに病んでいるのであり、その自己意識を患者にも強要して治療してやるだなんて、そんな傲慢で倒錯的なことばかりしていて事態が解決するとはとても思えない。。
鬱とは「けがれ」の自覚であり、この国の歴史の水脈においては、故郷(現住所)から旅立ってゆくことが「みそぎ」の行為だった。それは「自分」から旅立ってゆく、ということだ。
われわれは、「けがれ」の自覚を持ってしまう民族である。古代の人々が、海に閉じ込められた日本列島で定住して暮らせばもう、その自覚からは逃れられなかった。そういう歴史の水脈が、今なおわれわれの心の底に流れている。
へヴィメタルは、ひとつの「けがれ」の表現である。
縄文時代土偶だって、「けがれ」の表現だった。原始的な伸びやかな女性賛美、などというようなこといっている歴史家は多いが、そういうものじゃない。直立二足歩行する人類の歴史は、「けがれの自覚」としてはじまっているのだ。そしてそれこそが、日本列島の文化の基層にもなっている。
中世の出雲阿国が創始したといわれている歌舞伎もまた、まがい物の「けがれの表現」として登場し、ついには現在の伝統芸能の権威の地位を占めている。
「かぶき」ということばは、「かぶく」という動詞がもとになっている。
「か」は、古語の「離(か)る」の「か」、「離れる」こと。
「ぶ=ふ」は、「震える」「伏す」「降る」の「ふ」、「震えながら消えてゆく」こと。
「かぶく」とは、「離れて消えてゆく」こと、旅立ってゆくこと、すなわち逸脱してゆくこと、自分をかなぐり捨ててまがい物になってゆくこと。おそらく出雲阿国は、そういうことを誰よりもラディカルに表現して見せたのだ。
そしてその芸に共感を示したのは、あの中世の混沌とした時代の中に置かれていることの「けがれ」を自覚している人々だった。
現代にも、この世界の騒々しさに対する「恐怖」に打ち震えている人たちがいる。老いや病気で今にも死にそうな人、人生に挫折した人、繊細で傷つきやすい若者、彼らは「けがれ」を自覚している。
殺人鬼予備軍だからあのまがまがしいへヴィメタルを好んで聴いていると思ったら、とんでもない間違いである。その人気は、じつは繊細で傷つきやすい若者たちの、騒々しいこの世界に対する「恐怖」によって支えられているのである。
自分を消してしまうこと、自分をかなぐり捨てること、それが「みそぎ」になる。ヘヴィメタルは、そういうことを訴えている。
この騒々しい世界のおこぼれをちょうだいしながら騒々しく意地汚く「自分」をまさぐり続けている大人たちにはわからない音楽なのだ。
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わかりやすいタイトルだけど、いちおう現在の若者論であり、日本人論として書きました。
社会学的なデータを集めて分析した評論とかコラムというわけではありません。
自分なりの思考の軌跡をつづった、いわば感想文です。
よかったら。

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