閑話休題・小沢一郎が負けた

僕のような政治オンチが扱うべき話題ではないのだが、ひとこといっておきたいことがあるのです。
政治のことに造詣が深い人たちのいっていたことが、今回の情勢をちゃんと射当てて見せたかというと、ぜんぜんだめだった。
もちろん僕は、よくわからなかった。
しかし、わかっている人間なんか、じつはひとりもいなかった。
内田先生は、小沢氏が勝つだろうと予測していて、数日前に、「小沢一郎は勝つか?」というタイトルでブログを書いておられる。「小沢氏は、大衆の欲望に訴えかけるカードをいくつか持っているが、菅氏には一枚もない」と。
ところが、ふたを開けてみれば、小沢氏は、国会議員よりも大衆から総すかんを食らってしまった。そこのところの読みが、内田先生はぜんぜん甘かった。なってなかった。
マスコミや評論家だって、まあだいたい同じよう論調で、先生はそれを先生流に耳障りよく小ジャレて書いて見せただけだった。
現実問題として、頼りない菅よりは剛腕の小沢のほうがましだろう……という言い方をマスコミや評論家はしていた。
でも大衆は、頼りない菅でけっこう、といったのですよ。おまえらに、それが何を意味するかわかるか。
お前らはその薄っぺらな脳みそで知ったかぶりして、現実問題として小沢のほうがましだ、菅では頼りない、というキャンペーンを張ったんだぞ。そして、結果出たら、小沢のスキャンダルに嫌気が差したからだ、などとステレオタイプな分析しかできない。
そうじゃない、頼りなくてけっこう、といったのだ。政治なんか、政治にかかわるものたちがみんなでやるものだろう、民主党だけじゃなく、自民党共産党もいるし、官僚たちもいる、そういう人たちも含めてみんなでやっているものだろう。現実問題がどうであろうと、われわれはひとまずそういう連中に政治を任せて暮らしている。そこのところであまり心配してないし、たとえそれで国が滅びることになっても、そのときはそのときで受け入れるしかない。われわれは、そういう国民なのだ。
だから、こういう結果になってしまったのだ。
そりゃあ、マスコミや評論家に洗脳されて「小沢さんのほうが頼りになりそうな気がする」と発言した大衆はいっぱいいる。実際、多くの大衆がそういう気分になってしまっていたのだろう。
それでも、けっきょくは、頼りない菅でけっこう、という投票行動をした。
われわれは政治のことはお上に任せている国民なのだ。だから、べつに菅さんの続投でけっこう、ちょっと付け加えていえば、たいした失政もスキャンダルもないのに3ヶ月でやめさせてしまうのはかわいそう、という気分もないわけではなかった。それだけのことさ。それだけのことで投票したのだ。
お前らが政治の技術的な問題を知ったかぶりしてわめき散らして大衆を洗脳しにかかっても、洗脳して見せたつもりだったのだろうが、けっきょくはそれだけの安直な理由で菅さんに投票してしまったのだ。
われわれはどこかしらで、お前らのその知ったかぶりして洗脳しにかかってくる態度に嫌気が差していた。表面的には洗脳されてしまっても、無意識的についそういう投票行動をしてしまった。
もしかしたら評論家やマスコミのいうように、実際問題として小沢氏が総理になったほうがよりましな政治的展開があるのかもしれない。そして、われわれも、いったんはそれを信じかけた。でも、それを、現実の投票行動にはあらわさなかった。ひとまずそういうかたちで「政治のことはお上に任せている」という自分たちの領分を守ったのだ。そういう気分をあらわすには、菅さんに投票するのが一番しっくりきたのだ。
べつに、どうすればこの国がよくなるとかならないとか、そんなことはわれわれにはよくわからないし、けっきょく「なんとなくしっくりする」という選択は、このかたちだったのだ。
「なんとなくしっくりする」で決めちゃいけないのか。「より良い選択」「正しい選択」をしなきゃいけないのか。冗談じゃない。われわれは、そんなことよりも「なんとなくしっくりする」ということのほうが大切な民族なのだ。
お前らは、えらそうに「より良い選択」や「正しい選択」のキャンペーンを張ってきた。
しかしわれわれは、けっきょくそういうことを無視して、「なんとなくしっくりする」で決めた。
負けたのは、小沢さんたちだけじゃない。評論家やマスコミも負けたのだ。内田先生だって、ぶざまにこけたのだ。おまえら、少しはそのことを自覚しろ。
正しくて正義だったら、何をしてもいいのか。たいした罪もなくそれなりに有能なところも持っているにちがいない総理大臣を3ヶ月で引きずりおろしていいのか。
そこのところを、おまえらちゃんと問うたか。われわれ大衆を問うた。しかしお前らは問わなかった。何が正しいか、ということばかり議論していた。われわれにとって、そんなことはどうでもいいのだ。そんなことはお上に任している。
僕個人の感想でいえば、小沢さんのスキャンダルなんかどうでもよかった。ただ、小沢さんはじめ小沢派の面々のあの正義づらした顔や言い草が気に食わなかった。
正しいことが、そんな立派なことなのか。正しければ、何をしてもいいのか。どいつもこいつもぶさいくなツラさらしやがって。俗物どもめ。
だから僕は、人間の真実はこの世のもっとも貧しく弱い人に聞く、人生の成功者になんか聞かない、といっているのだ。
われわれ大衆が菅直人の頼りなさを裁かなかったのは、戦後のこの国の国民が天皇の戦争責任を問わなかったのと、まあ同じようなことだ。われわれは、正義であれば何をしてもいい、と思っている民族ではない。
僕のまわりの団塊世代をはじめとするいっちょ前にインテリぶっている大人たちはたいてい、天皇を処罰するべきだった、といっている。もしくは、天皇にはなんの罪ももない、と言い張るかのどちらかだ。
どっちも、僕の知ったこっちゃない。僕は、何が正しいか、ということにあまり興味がないのだ。ただ、「なんとなくしっくりする」というところに落ち着けばいい、と思っているだけだ。
まあ、内田先生も同じようなことをいっているのだが、先生のいう意味とは違う。
先生は、大衆の「もっといい暮らしをしたい」という願いは「なんとなく…」でけっきょく小沢一郎を選んでしまうだろう、といったのだ。
でも僕は、そうは思わない。もっといい暮らしをしたいのは山々だがそういうことはけっきょくお上に任せて、もっと純粋に「なんとなく…」で決めてしまう、といいたいのだ。もっといい暮らしをしたいという願いをかなえてくれる正義を持っていれば何をしてもいいとは思わない……という気分がどこかにある、といいたいのだ。
先生は、大衆なんてどうせ「もっといい暮らしをしたい」という気分にかんたんに引きずられてしまう生きものだ、とたかをくくっているのだ。
そうじゃない。人間はそれだけではすまない存在だから、天皇を裁かなかったし、小沢一郎を選ばなかったのだ。
それだけではすまなくて、自分の「もっといい暮らしをしたい」と願う「今ここ」を消しにかかる衝動を持っているから、そういうことはお上に任せているのだ。
「もっといい暮らし」ができるであろう「未来」のことなど勘定にいれず、「今ここ」で人生に決着をつけてしまいたいという願いを持っているからこそ、そういう未来のことはお上に任せておこうとするのだ。
つまりわれわれの「なんとなくしっくりする」こととは、「今ここ」で人生の決着がついている、という気分のことだ。
そしてそれこそが、生きものの根源的な生きてあるかたちであり、だからわれわれは、そういう安直なことをしてしまうのだ。
菅直人は頼りない、とえらそぶってわめいていた評論家やマスコミは、今ごろ、これだから大衆は愚かなのだ、と慨嘆していることだろう。
愚かでけっこう、菅直人でけっこう、われわれは、そのつど「今ここ」で人生に決着をつけながら生きていたいのだ。「未来」の社会のことなんか、お利口な人たちにお任せする。
しかし、「人間の真実」が、おまえらのその「利口さ」のもとにあるとは認めない。
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大衆は「いい暮らしをしたい」という思いで行動している、というのは、ようするにそういう思いによって歴史はつくられてきた、ということだろう。
マルクスの「下部構造決定論」というやつ。
下部構造とはつまり「経済」のことで、政治や芸術や宗教などの「上部構造」が人間を動かしているのではない、といいたいらしい。
下部構造決定論歴史観、あるいは人間観、というのだろうか。現代の世界の知識人は、おおむねこの説に洗脳されてしまっている。
「いい暮らしをしたい」という経済の問題が人間の行動を規定し、人間の歴史をつくってきたんだってさ。
もちろんマルクスは大天才だろうけど、ほんとに人間はそれだけですむ生きものだろうか。
少なくとも世の凡庸なインテリ連中においては、、「そういうことにしておきたい」というだけのことじゃないの。
そういうことにしておけば人間なんてかんたんなものだし、そうやって大衆を見くびって安心しようとしている。
人間は思想とか哲学というようなきれいごと(=上部構造)で生きているわけじゃない、といってかっこつけている。そういって、大学教授は大天才になれなかった自分を慰めているし、庶民のインテリは大学教授や小説家になれなかった自分を慰めている。
そうやって自分の「いい暮らしをしたい」という自分の俗物根性を正当化しようとしている。
まったく、「下部構造決定論」は便利なアイテムだ。個人の弱さや俗っぽさに、みごとなくらい浸透してしまっている。
僕もよくいわれる、お前は「下部構造決定論」というものがわかっていないんだな、と。
何いってやがる。僕はその歴史を押し戻してしまおうとがんばっているのだ。そういう思考停止に居直りたくないのだ。そういうことにして、自分のみじめな人生を慰めたり正当化したりするような趣味はないのだ。
人間はそれだけすまない生きものだ。
大衆は、「いい暮らしをしたい」というだけで生きているのではない。その願いが大衆を生かしているのではない。そりゃあ誰だってそう願っているが、そんな願い(欲望)は社会の制度性から押し付けられた観念に過ぎないのであって、われわれを生かしている無意識はそんなところにあるのではない。
それだけでは、戦後の日本国民が天皇を裁かなかったことや、現在の日本人が菅直人を選んだことの説明はつかない。「いい暮らしをしたい」というだけなら、評論家やマスコミのいう通りにして、小沢一郎でもよかったのだ。われわれは、小沢一郎のスキャンダルなんか、マスコミや評論家よりも許している。ただ、マスコミや評論家のまねをして、ひとまずそういってみるだけのことさ。それは、大衆の無意識ではない。
大衆こそ「いい暮らしをしたい」という願いだけではすまない存在なのだ。われわれは、そう願ってもそれが得られない長い長い歴史を歩んできたのだ。それは、われわれが無能だからということ以上に、われわれがそれだけではすまない存在だからだ。
お前らは、最低限それだけは得られる人生を生きてきた。だから、人間をそういう存在だということにして安心したいのだ。どんなに無念でも俺の人生は大衆よりはましだ、と思いたいのだ。それが、「下部構造決定論」というやつの正体だ。
われわれの願うものは、正義でも、いい暮らし(経済)でもない。
「今ここ」でこの人生に決着を付けてしまいたいのだ。この思いは、「下部構造」ではない。まぎれもなく「哲学」という「上部構造」だろう。われわれ大衆は、お前らインテリよりずっと哲学的な存在なのだ。
だから、天皇を裁かなかった。だから、小沢一郎をやめて菅直人を選んだ。
内田先生、われわれ大衆は、あなたたちインテリよりずっと哲学的な存在なのですよ。だからあなたは小沢一郎が勝ちそうだと予想し勝たせようとして、それでもわれわれは菅直人に一票を投じた。
人間は「いい暮らしをしたい」という願い(下部構造)で生きている存在である、という人間理解や歴史観で、直立二足歩行の起源の仮説が立てられるか。原始人が地球の隅々まで拡散していったことの説明はつくか。それで、「ことば」や「衣装」や「埋葬」や「戦争」や「共同体(国家)」や「貨幣」や「一夫一婦制」の起源の説明ができるか。全部ノーだ。
「貨幣」の起源だって、「下部構造決定論」では説明がつかない。貨幣によって「下部構造(経済)」が生まれてきたのであって、「下部構造(経済)」が貨幣をつくり出したのではない。人間の暮らしにそんな構造が先験的にあったのではない。そんな構造があったら、人間は地球の隅々まで拡散してゆかない。そんな構造があったら、「いい暮らし」ができる温暖で住みよい地域にばかり集まっていったことだろう。そんなことは、猿の習性だ。でも人間は、住みにくいところ住みにくいところへと拡散していったのだぞ。そして、二万年前の氷河期には、もっとも住みにくい極寒の地の北ヨーロッパでもっとも人口密度が高かったのだぞ。そこは、産んだ赤ん坊が次々死んでゆくところだったのだぞ。産んでも産んでも死んでいったのだぞ。そういう条件から「埋葬」の文化も「ことば」の文化もいち早く生まれてきたのであり、それらのことは、お前らの「下部構造決定論」では説明がつかないのだ。
つまり、人間は「いい暮らしをしたい」という「欲望=下部構造」で生きているのではなく、「いい暮らしをしたい」という「嘆き=上部構造」で生きている、ということだ。そこのところ、「下部構造決定論」でえらそうなことばかりほざいているおまえらにわかるか。
人間は、それだけではすまない生きものなのだ。
われわれは、たとえたよりなくても菅直人を選んだのだ。「下部構造決定論」だけではすまないわれわれのこの気持ちが、お前らにわかるか。
菅直人がどんな政治家かよくわからないけど、ひとまず小沢一郎は「下部構造決定論」の権化みたいな政治家だよね。われの拒否反応はそこにあるのであって、べつにスキャンダルを責めているのではない。
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しばらくのあいだ、本の宣伝広告をさせていただきます。見苦しいかと思うけど、どうかご容赦を。
【 なぜギャルはすぐに「かわいい」というのか 】 山本博通 
幻冬舎ルネッサンス新書 ¥880
わかりやすいタイトルだけど、いちおう現在の若者論であり、日本人論として書きました。
社会学的なデータを集めて分析した評論とかコラムというわけではありません。
自分なりの思考の軌跡をつづった、いわば感想文です。
よかったら。

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