祝福論(やまとことばの語源)・閑話休題

この一年、いつ果てるとも知れない嫌がらせコメントがつづき、それをいちいち消しているのが面倒になってきて、こうなったらもうコメント欄を閉鎖するしかないのかな、と思っています。
お願いだからこれ以上僕をいじめるのはやめていただきたい、といいたいのだけれど、よく考えたら、僕のほうがその人を、そんなことをするようなところに追いつめてしまったのかもしれない。
コメント欄がなくなれば、その人の関心も失せてくるのかもしれない。
ともあれこのブログを、僕は僕なりに命を削るようにして書いているつもりだから、できればそっとしておいていただきたい。
気楽に書いているんじゃない。
このブログをはじめてから僕は、風呂にも入れないような暮らしをずっと続けてきた。それは必ずしも僕がホームレスだということを意味しているわけではないが、それなりに支払うものは支払って書いている。
支払わないと書けないことを書いているつもりです。
どなたか知らないが、あなたのほうがずっと優雅で幸せな暮らしをしているのですよ。
僕がのうてんきなことばかり書いているからといって、何も支払わないでのうのうと生きてきたわけではない。
僕と内田先生とでは、人生で支払ってきたものが違う。今支払っているものも違う。そういう自信は、ありますよ。
僕は、人より頭がいいわけでも何か才能があるわけでもないが、それなりに支払ってきたものがあるから、支払ったものにしか書けないことを書いている。
だから、こむずかしい学術用語を並べ立てなくても、そのへんの知識人よりはずっと遠くまで考えている、という自信はある。
僕の人生がとくべつ悲惨だったわけではないが、僕は「人間は嘆くことを手放さない」という人間の属性をやりくりしてゆくのが人よりも下手だった。そのへんのところをうまくごまかして生きることができなかった。いつだって、自分で自分の幸せを壊しながら生きてきたような気がする。
僕は、何かに嘆いていないと生きられなかった。
僕には、親しくなった人間を幸せにしてやれる能力はないが、とくべつ親しいわけではない人から微笑んでもらえる能力なら多少はある。なぜなら、それなりのものは支払ってきたから、多少は人よりも人にときめくことができる。そういう気配は、なんとなく伝わるものだ。
つまり生きものは、そのなんとなくの気配に「気づく」ことができるのだ。
僕は、内田先生ほど「自分」をいじくりたおして生きてきたわけじゃない。
「あなた」に気づいてときめく、という体験は、内田先生よりは知っている。
嘆くものをもっていない人間は、人にときめくことができない。僕自身が何度もそういう状況に陥ったから、それはもう体験的にそう思う。
僕の知能や才能を見くびってもらうのはけっこうだし、それは当たっていると思うが、僕の支払ってきたものを甘く見てもらっては困る。
僕は、自分の支払った体験をルサンチマンに代えるということはしてこなかった。そのつど自分の「嘆き」にしてきた。その体験で書いている。
お前ら、書けるものなら書いてみろ、という思いはないではない。
だからどうか、僕をいじめないで欲しい。いや、僕がいじめてしまったのかもしれない。
というわけで、「のりを」さんや「信濃大門」さんや「杉山巡」さんたちと対話ができなくなることや、新しい人と出会うことができなくなるのはとても残念だけど、こうなったらもうコメント欄を閉鎖するしかないのかな、と思っています。
まあ自分でまいた種だから、仕方ない。集中しないと。