やまとことばという日本語・みいちゃんと「そこべ」

僕の母親は、「底辺(ていへん)」のことを、「そこべ」といっていました。これは、やまとことばでしょうか。
たとえば、「(茶碗の)そこべのご飯粒もちゃんと食べなさい」とか。
また、あの人は「底辺(そこべ)」の人に好かれるとか、嫌われる人だとか、そういう言い方もよくしていました。彼女にいわせると、「底辺(そこべ)」の人にものを恵んでやることなんか誰でもできるが、そんなことをしないでも普通に好かれることができるかできないかでその人の人格が試されるのだそうです。
そのほかにも、今はもう忘れてしまったが、何度も「そこべ」ということばを聞いたような気がします。
われわれは「底辺(ていへん)」ということばをかなり限定して使っているが、ひらがなのやまとことばにすると、驚くほど使い道が広がるらしい。
子供のころ、近くに、畑の中の掘っ立て小屋のような家に親子四人が暮らしている母子家庭の子がいました。いつも汚い格好をしていたが、僕の家にはなぜかよく遊びにきていました。で、母親が子供たちにおやつを配るとき、その子にはちょっと恥ずかしそうな顔をするのですね。ふだんは気が強くてあまり羞恥心を見せない人だったから、それが、子供心にも妙に印象的でした。
僕が小学校一年のときに父親が事業に失敗して借金取りがどっと押しかけてくるようになったとき、父親は逃げてばかりいて彼女が全部その客をさばいていったそうです。そのとき彼女は、べつに怖いとも世間の人に恥ずかしいとも思わなかったそうです。
近所の大人たちは、母親のことを「みいちゃん」といっていました。「みいちゃんは気が強い」と。
彼女の人との関係の仕方は、ちょっと変わっていたのかもしれない。
彼女は、孤児の生まれ育ちだった。孤児根性ですね。僕の家は父親も同じ境遇で育った人で、ふたりとも僕にはない人間関係のタッチを持っていた。
僕は子供のころからすぐ人になついてゆくようなところがあって、中学生のころに父親から、「なんにもしないでも人が寄ってくる人間は、むやみになついてゆくということはしない」といって、思いきり軽蔑された記憶がある。たしかに彼は、ふだんは気難しげな顔をしながら、とてもセクシーでチャーミングな笑顔を隠し持っている人だった。
しかし僕が十九か二十歳のころ、「おまえとおれは親子じゃないか」と言い寄ってきたことがあった。僕はしらんぷりしてやった。「あんたは金の面倒を見てくれればいいだけだ。心の面倒まであんたにみてもらいたいとは思わない」という気分だった。そのとき彼は、そういうかたちで息子に復讐されたのだ。
ともあれ彼らは、漢字の熟語をあまり使わない人たちだった。だから子供のころ僕は、うちの親はよその親に比べて教養がない、と思っていた。
どうやら孤児には、漢字の熟語よりもひらがなのやまとことばのほうがなじみやすいらしい。
漢字の熟語には、共同体の制度のにおいがつきまとっているからでしょうか。
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彼女はなぜ「底辺(ていへん)の人」といわないで、「そこべの人」といったのか。
「そこべの人」というと、「貧しい暮らしを余儀なくされている人」というような漠然としたイメージがあるだけで、その人たちの身分とか人間性といったものにまで言及する具体的な意味作用が希薄だ。
それに対して「底辺(ていへん)の人」といってしまうと、漢字の熟語は意味作用が強いから、そのまま身分や人間性もしっかり表現しているひびきがある。
つまり、前者の言い方が「暮らし」という「こと」だけをあらわしているのに対して、後者のそれには「身分や人間性」という「もの」の意味までくっついてきている。
そのようにして、くっつく(つきまとう)ことの「物性」を「もの」という。「物」だから、くっつく。
くっつかないで「空間(すきま)」があることを「こと」という。
このへんのニュアンスを、僕は、どう説明すればいいのだろう。僕にとってこの違いは、生きてあることの、そしてこの世界の決定的な事態だと思えるのだが、うまく説明できない。
「もの」ということばの根源は「恒常不変の原理」にある、などというあの人の舌先三寸のちゃちなへりくつよりずっとリアルに実感をともなった決定的な違いだと思えるのだが、どうもうまくいえない。
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彼女は、「そこべ」ということばが持つ「空間性」に、無意識のうちに気づいていた。だから、そのことばを手離せなかった。
そういう「空間性」にひといちばい敏感なのが、孤立して生きてきた孤児の感性なのです。
この社会の共同性とべったり結託して生きている人には、くっつきあった「絆」などという物性まるだしのことばがしっくりくるのだろうが。
「そこ・べ」。
「そこ」の「そ」は、「そおっと」「そろりそろり」、あるいは「楚々(そそ)とした美人」の「そ」。存在の気配の薄さ。すなわち「疎(そ)=空間」、「まばら」であること、「すきま」という「空間」。
木が生い茂った山の中の、比較的木と木のあいだがまばらになっているところに、人や獣が通る道が自然にできてゆく。そうやってできた道のことを、「そま道」という。木の伐採で歯が抜けたようになっている山のことを「そま山」という。
「そま」とは、「すきま=空間」という意味。
「そ」は、「空間」の語義。「空(そら)」の「そ」。「ら」は、「方向」の語義。「空(そら)」とは、「何もない方向」のこと。
「こ」は、「ここ」「これ」「こと」の「こ」。
「こ」という音声には、「今ここ」という感慨がこめられている。
今ここの「こと」か。今ここの「もの」か……もちろん、今ここの「こと=空間」にたいする感慨だ。
日本列島の住民が「これ」というとき、それはかならずしも「もの」を指すとはかぎらない。「これ」という「こと=空間」がある。「これはどうも」とか、「これ、そこの人」などという。このときの「これ」は、「こと=空間」を表している。
「底(そこ)」の語源は、たしかに「もの=物体」の「底」を意味したところからきているのだろうが、このときの「そこ」という発声には、「空間がここにある」あるいは「この空間」という感慨がこめられている。
「底(そこ)」とは、「空間」のことなのです。物体の「底」の「物性」を意味しているのではない。そのくぼんだかたちの底に生じている「空間の底」という意味なのだ。
それは、茶碗という物体の底の表面のことではなく、そのくぼんだかたちの底に生じている「空間の底」のことを「そこべ」といっているのだ。
「そこにりんごがある」というときの「そこ」は、「そこ」という「物象」ではない。「そこ」という「空間」なのだ。
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「海辺(うみべ)」は、海のことではない。海に接しているあたり、という意味だ。
茶碗の「そこべ」もまた、茶碗という物体の底のことではない。その「底」に接している「空間」のことだ。
「そこべの人」は、「そこべ」という空間で暮らす人のことであって、その人が「そこべ」であるのではない。しかし、「底辺(ていへん)の人」といってしまえば、その人が「底辺」であるという意味まで含んでしまう。
彼女はたぶん、そこのところに気づいていた。だから「そこべ」ということばにこだわったのだ。
茶碗にご飯をよそう。そのとき、茶碗の底に接した「空間」によそうのであって、茶碗に、ではない。茶碗に、であって、茶碗に、ではない。だから「よそうこと」という。「よそうもの」は、しゃもじやご飯そのものを指している。
『やまとことばの人類学』を書いた荒木博之先生、しゃもじやご飯という「もの」は、「恒常不変の原理」ですか。そんなくだらないことばかりいっているから、どんどんやまとことばの根源的なニュアンスを見失ってゆくのですよ。
日本列島の住民は、茶碗を、ひとつの「空間」だと思っている。
茶碗という「物体=もの」から、「そこべ」という「空間」に気づいてゆく「こと」の体験、それがやまとことばのタッチだ。
「そこはかとない」はまさに、底のあたりの「空間」をあらわしていることばだ。
「はか」は、「計(はか)る」。「と」は、「戸」の「と」。家の戸は、外の世界と関係してゆく「きっかけ」の部分。「契機」の語義。
「そこはかとない」とは「底を計る物差しがない」ということ。物体の底は物差しを当てれば計れるが、底と接する空間としての「そこ」は、計りようがない。そのように計りようがない底の空間のことを、「そこはかとない」という。
やまとことばの「そ」という音韻には、「空間」に気づいてゆく心の動きがはたらいている。
「そうよねえ」「そうさ」「そうとも」「そうかしら」「そうなの」「そういえば」「そうそう、こんなことがあったわね」「そう心配することもないさ」……「空間」に気づいてゆきながら「そ」という音声がこぼれ出てくるカタルシスがある。
意識の根源における、「物性」に対するはたらきと「空間性」に対するはたらき、そこから「もの」と「こと」ということばが生まれてきた。
日本列島の住民は、この世界の「物性」に対してどんな感覚を持っているか、「空間性」に対してどんな感覚を持っているか、ここで書いてゆきたいことは、つまるところそういうことです。