感想・2018年9月28日

<戦後の女神たち・5>
70年前の敗戦後の社会情況と数年前の東日本大震災後のそれとどこが違うかといえば、「終末感=解放感」だろうか。
敗戦後は「これでもうすべてが終わった」という「喪失感」をまるごと抱きすくめていったが、大震災後は、どこかしらに「なかったことにしたい」という思いがあって、震災前に戻ろうとする気分が濃かった。
バブル崩壊後のときだって、バブルのときに戻ろうとする気持ちを引きずったまま、敗戦後のような「生まれ変わって生きなおそう」というようなカタストロフ=終末感には至らなかった。
終末感は、解放感でもある。「すべてを水に流す」という作法は、日本列島の伝統だ。
敗戦後は、ともあれ大日本帝国憲法を捨てて、思い切り左翼化していった。
大震災後だって、多くの人は「これで日本人の思考が大きく変わるだろう」という感想を抱いたが、けっきょくはそんなこともなく、終末観を抱きすくめていったのは震災の当事者だけで、その温度差が当事者の心をなお孤独にしていった。
敗戦後の東京はほとんど廃墟と化し、食うものもろくになかった。それでも、そこにどんどん人が集まって来て復興していった。そのとき人々の心は「終末感=喪失感」を共有しながら華やいでいたのであり、「パンパン」と呼ばれる街娼があちこちに出没し、歌謡曲や映画等の娯楽アイテムも次々に東京から発信されていった。
そのころ一躍歌姫として人気を博していった美空ひばりという天才少女の「私は街の子」というヒット曲は、「パンパン」のことを歌ったものだった。
わたしは街の子/巷の子/窓に灯りがともるころ/いつもの道を歩きます/赤い小粒の芥子の花/あの街角で開きます……深読みすればものすごくエロチックなきわどい歌詞だが、これを天才少女歌手が哀愁たっぷりに歌った。
あのころ廃墟の東京がもっとも活性化していたのであり、言い換えれば、美しい景色が残って食糧にも困らなかった農村はそのときすでに過疎化がはじまっていた、ということになる。
住みよさを求めて人が東京に集まってきたのではない。終末感が漂うもっとも住みにくい場所であったにもかかわらず、その終末感=解放感を共有しながら人々の心が華やいでいったのだ。
それに対してバブル景気の浮かれ騒ぎを経験してしまった大震災後の日本人は、ついに「終末感」を抱きすくめ共有してゆくことができなかったのであり、その停滞は、敗戦後の農村と同じ情況だともいえる。一瞬は敗戦後のような華やぎを呈したが、長くは続かなかった。
バブル経済が崩壊したときだって、その直後は「高校教師」という教師と女生徒が心中するという終末感たっぷりのテレビドラマが一世を風靡したが、そのあとはけっきょくバブルの余韻を引きずったまま生まれ変わることができなかった。


解放感は、「世界の終わり」においてもたらされるのであって、希望があるとかないとかというような問題ではない。少なくとも敗戦後は明日が見えない時代だったのであり、人々の心はその喪失感や絶望を共有しながら華やいでいった。
「世界の終わり」にはたくさんの死者の「無念」が残されている。そこに立って死者と対話しながら、「喪失感=かなしみ」を抱きすくめてゆく。その「喪失感=かなしみ」を共有しながら生きはじめるのが、たくさんの大災害に見舞われながら歴史を歩んできた日本列島の伝統なのだ。
この島国で異民族に侵略されたのはあの敗戦のときが初めてだったが、「世界の終わり」は度重なる大災害によって無数に体験してきたのであり、その「喪失感=かなしみ」を抱きすくめて生きはじめることによって、この国ならではの集団性の文化が育ってきた。
なのに、あの大震災のあとは、いたずらに「希望」や「生命賛歌」を合唱しながら、かえって復興状況をこじらせてしまった。
仮設住宅で暮らすことを余儀なくされた老人たちを孤独死に追いやったのはそうした社会情況だったのであり、彼らは容赦なく忘れ去られようとしている。

宣伝です

キンドル」から電子書籍を出版しました。
『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』
初音ミクの日本文化論』
それぞれ上巻・下巻と前編・後編の計4冊で、一冊の分量が原稿用紙250枚から300枚くらいです。
このブログで書いたものをかなり大幅に加筆修正した結果、倍くらいの量になってしまいました。
『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』は、直立二足歩行の起源から人類拡散そしてネアンデルタール人の登場までの歴史を通して現在的な「人間とは何か」という問題について考えたもので、このモチーフならまだまだ書きたいことはたくさんあるのだけれど、いちおう基礎的なことだけは提出できたかなと思っています。
初音ミクの日本文化論』は、現在の「かわいい」の文化のルーツとしての日本文化の伝統について考えてみました。
値段は、
『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』上巻……99円
『試論・ネアンデルタール人はほんとうに滅んだのか』下巻……250円
初音ミクの日本文化論』前編……250円
初音ミクの日本文化論』後編……250円
です。