浮舟・源氏物語の男と女8


日本人は「もののあはれ」という言葉が大好きです。
しかし、誰もこれをうまく説明できない。小林秀雄本居宣長の説明だって、どこか核心に届いていないもどかしさが残ってしまう。
源氏物語論」の吉本隆明にいたっては、完全にこの言葉を避けている。
しかし、紫式部源氏物語で表現しようとし、当時の読者である宮廷の子女たちと共有していったのは、たしかに「もののあはれ」の感慨なのです。源氏物語には「もの」や「あはれ」という言葉が、もう無数に繰り返し使われている。
もののあはれ」を説明することは、日本人の美意識や世界観や生命観の根源のかたちを説明することです。
それは、人が生きて死んでゆくということに対する感慨から生まれてきた言葉です。小林秀雄はこれをこう説明しています。
「ただ人間であるという理由さえあれば、ただちに現われてくる事物と情(こころ)との緊密な交渉が行われている世界である」(「本居宣長」より)
この説明はうなずけます。しかしこれでは「もののあはれ」のファイナルアンサーにはならない。
ともあれそれは、「ただ人間であるという理由さえあれば」誰もが心の底に抱いている感慨であるに違いないのです。その感慨が平安時代の宮廷子女のあいだできわまってゆき、そんな時代情況から源氏物語が生まれてきた。
古代の日本人は、「死んだら何もない黄泉の国に行く」といった。それは、天国とか極楽浄土という死後の世界のイメージを持っていなかったということと同義です。
古代の日本人にとっての死は、どこに行くのでもなく、「今ここ」において「消えてゆく」ことにあった。その「消えてゆく」ことの恍惚というか心の華やぎから「もののあはれ」という言葉が生まれてきた。
「あはれ」とは、「消えてゆく」ことのカタルシスをあらわす言葉です。すなわち「今ここ」において「消えてゆく」ことのカタルシスとともに「事物と情(こころ)との緊密な交渉が行われている世界」から「もののあはれ」の感慨が生まれてくる。
もののあはれ」とは「今ここの死」であり、女はそこから生きはじめ、そこから衰弱してゆく。そんな感慨の世界の集大成として、宇治十帖が語られているのではないでしょうか。



宇治十帖は、当時の男たちの「浄土信仰」と、女たちによる今ここにおいて消えてゆく「もののあはれ」の感慨とのちぐはぐな交渉およびそこから起きてくる悲劇をあらわしたものだといえる。
おそらく紫式部としては、当時の宮廷の男たちの強迫観念的な浄土信仰のことは、どうしてもいちど扱っておきたかったのでしょう。まあ、誰もがそれによって規定されている世界を生きていたわけで。
なんにせよ吉本隆明のような自己撞着で生きてきた男に「もののあはれ」がわかるはずがない。彼の「源氏物語論」ではえらそうに上から目線で紫式部の心なんかぜんぶお見通しだといわんばかりの書きざまをしているが、じつは俗物根性丸出しの安っぽい分析で自分の観念世界の中に収めてしまおうとしているだけで、紫式部が表現した心の世界にぜんぜんついてゆくことができていない。
紫式部が表現しようとした「もののあはれ」は、人の心のもっとも原初的なかたちであると同時に、最終的なかたちでもある。人はそれによって生きはじめ、それによって死んでゆく。そういう心の世界です。
たとえば、人と出会ってわれを忘れてときめいてゆく。それは「今ここ」の「自分の死」の体験です。われを忘れて何かに夢中になってゆく。人は、そうやって今ここにおいて消えてゆくところから生きはじめ、そして死んでゆく。
原初の人類が二本の足で立ち上がることは不安定で危険な姿勢になることであり、猿よりも弱い猿になることだった。つまりそれは、猿としての「今ここの死」であり、人類史はそこからはじまった。そしてそんな「今ここの死」の心の世界を持ったことによって、より豊かに心が動いてゆく存在になっていった。つまり、死をも厭わずダイナミックに活動する猿になっていった。
もののあはれ」は、人間であることの基礎です。そうやって人間は、根源において死を受け入れ、死と和解している。それは、ダイナミックな生をもたらすと同時に、かんたんに衰弱してゆく現象も引き起こす。そうやって人の心は、嘆いたり華やいだりしている。
まあ、花は美しいと感動することだって、自分が消えてゆく「もののあはれ」の感慨であるし、ひんやりとした風の気配とともに命が衰弱していったりするのも「もののあはれ」の感慨です。そうやって心が浮世離れしてどんどん敏感になっていったのが平安時代の宮廷の女たちの文化だった。源氏物語は、そういう感慨を持った女たちと、現実世界で「もののけ」の気配におびえながら浄土信仰にのめりこんでいった男たちとの悲劇的な関係の心のあやを、精緻に鮮やかに表現していった。
たいしてモテもしない男が語る男と女の俗っぽい駆け引きの話とはわけがちがう。吉本が語るような今どきの「心理学」の話ではないのです。
源氏物語の男と女たちには、俗っぽい駆け引きなどなかった。誰もが「今ここの死」から生きはじめ、「今ここの死」とともに衰弱していった。
そういう「もののあはれ」の感慨は、日本人の歴史的な無意識のかたちでもある。



最後に登場するのは、浮舟という女です。
彼女は、暴力亭主から逃れて京都にいた。
そのころ大将と呼ばれる身分になっていた薫は、八の宮の大姫君にそっくりなその女に会って大いにときめき、宇治の山荘に連れて行ってかくまった。
しかし、例によってすぐにセックスを仕掛けるということはしなかった。
そして今回は、匂宮の兵部卿という色好みの男がライバルにいて、そのあとこの男が薫のふりをして山荘に忍んでいって契りを結んでしまった。
けっきょく浮舟は、二人の男の争いのあいだに挟まれるかたちになり、死のうと決心して山荘をさまよい出るが、途中で気を失ってしまう。そうして発見した横川の僧都によって尼寺にかくまわれる。
普通こういう場合の女は、匂宮とのことはただの間違いだということにしてなおも薫大将にすがってゆくか、抱かれた男の肉体の匂いに傾いてゆくか、どちらかに決めるでしょう。しかし浮舟には、そういう自意識というものがなかった。「生き出でたりとも、怪しき不用の人」だった。まあ人妻なのだから、助けられてわれに返って思い出してみれば、契りを結んだ男の印象のほうがたしかに強く残っていた。しかしそんなことはもう、たいした問題ではなかった。このまま尼になってしまおうと思った。
肉体関係を結べば、それなりに情も移る。しかし浮舟はもう、その男のもとに走ろうとも思わなかった。
肉体関係を結んで気安い口をきくようになっても、男は、それで女が自分のものになったと思うことはできないのですよね。たとえそれが女の恋情というようなものであっても、それだけで女を自分のものにしてしまうことはできない。
女の心は、根源において、この生からも自分からもはぐれてしまっている。それが「もののあはれ」です。
たとえ好きな男がいても、ほかの男と見合いをしてあっさり結婚してしまう女は、昔はたくさんいた。また、いまどきは、好きな男を捨てて、ただ計算ずくだけで別の金持ちの男と結婚する女もいる。いや、明治時代にも「貫一お宮」の話があった。
女にとって恋情などというものは、あきらめることができるものらしい。
女は、自分の生からもはぐれてしまうことができる。そういう「今ここの死」を「もののあはれ」という。



八の宮の大姫君は心を薫にとらえられて衰弱していったが、浮舟はそうはならなかった。それは、ほかの男とセックスしてしまったということもあるが、大姫君よりももっと自分を持っていない女だったということもあるのでしょう。入水を決心して気を失ってしまうことによって、一緒に自分そのものも失ってしまったともいえる。
まあ、登場した最初から、「心細くてたまらない」といった風情で生きている女として描かれています。薫も匂宮も、浮舟に「私のあなたへの思いは永遠です」というような歌を送るのだが、そのたびにこの女は「永遠などというものがあるのでしょうか」というニュアンスの歌を返している。ここにも男の強迫観念的な「浄土信仰」と女の「もののあはれ」の心の世界との対比があらわれており、おそらく紫式部自身に男の世界に対するそうした違和感があったのでしょう。
もののあはれ」とは、自意識ではなく、自意識を持つ以前のこの生やこの世界に対する感じ方のことです。われわれが俗世間を生きている意識ではなく、生まれたばかりの赤ん坊のような「生きはじめる意識」です。と同時に、俗世間を生きている自意識を洗い流したあとの最後の意識でもある。紫式部は、それを浮舟によって表現していった。
源氏物語の最後の章は「夢の浮橋」というタイトルがつけられているのだが、そこにこめられた作者の思いはなんだったのでしょう。「もののあはれ」とは、現実世界に架橋される「夢の浮橋」である、ということでしょうか。「夢の浮橋」を持って生きることの可能性と不可能性が表現されているのでしょうか。なんにせよ作者は、浮舟を死なせなかった。大姫君はじつにはかなく死んでゆき、もっとはかない「夢の浮橋」の心を持った浮舟は死ななかった。
作者は、女の中のというか、思春期の少女の中の「生きられない意識」と「生きられる意識」とのあいだに「夢の浮橋」を架けていった。「生きられない意識」で生きるのが人間であり、それが「もののあはれ」である、ということでしょうか。



浮舟がなぜ兵部卿に抱き取られてしまったかといえば、薫が宇治の山荘に連れてきたときにセックスもせず、すぐに京都に帰ってしまったからです。そのとき薫は、離れがたい気持ちになっていたが、世間の噂もうるさいからあとでゆっくり会おうと思いなおして帰っていった。
噂になれば、亭主や兵部卿に知られてしまう、ということでしょうか。ところが、兵部卿はすでに抜け目なく気づいており、そのあと、薫の声色を使って忍んでいった。
吉本は、「薫は身勝手な妄想にはまり込んで女を抱こうとしていない」といいます。
しかしたぶんそうじゃない。抱きたくても抱けなくなってしまう純粋な心がある。女が根源において男を拒否している存在であるということに気づいてしまう感性を持っていて、抱いたら女が壊れてしまうような気がしてくる。
女としては壊してほしいのだけれど、薫にはそれができない。そこで悲劇が起きる。
紫式部は、どんな思いで薫という人物を描いていたのでしょう。「なんとも気の毒な男である」という感じでしょうか。この男に肩入れしているのでも突き放しているのでもない。まあ現在でえば「草食系男子」ということになるのでしょうか。
そして紫式部は、尼寺から出てゆこうとする気持ちを失ってしまった浮舟の状態を、あってはならないことだとも思っていない。この状態を「もののあはれ」の世界として昇華してゆく。「尼になし給ひてよ、さてのみなむ、生くようもあるべき」、もう生きることも死ぬこともできない、だったら尼になるしかない。
といっても、尼寺の暮らしが穏やかで安らぎに満ちていたかといえば、そうではない。庵主の尼の差し金で変な男とくっつけられそうになったり、異様な気配の年老いた尼たちに囲まれていたり、ここもまた相変わらずもののけの跋扈する世界であり、「死なましかば、これよりも恐ろしげなる物の中にこそは、あらましか」と思う。それでも浮舟はもう、生きることも死ぬこともできない。
たぶん読者の少女たちも「それでいい」と思ったのでしょう。そこに、極めつけの「もののあはれ」の感慨を見た。男の読者からするとなんともやりきれない結末だが、浮舟の悲劇にあこがれる少女は古来からけっこう多いらしい。



最後は、浮舟の居所を突き止めた薫がたずねてゆく場面が描かれています。しかし作者は、なぜこれを付け加えねばならなかったのか。ただ「行方知らずになりました」で終わってもいいはずです。
浮舟はもう、誰と会いたいとも思わない。
尼寺にやってきた薫は、今は自分の従者になっている浮舟の弟に浮舟を呼びに行かせる。しかし「見つかりませんでした」といって戻ってくる。そこで薫は、誰かが隠しているのだな、と自分の心を納得させる。「人のかくし据えたるにやあらむと、わが御心の思い寄らぬ隈(くま)なく落し置き給へり習ひにとぞ」……物語は、ここでぷつんと切れて終わりになっている。
これもまた、「もののあはれ」が極まったかたちなのでしょう。
八の宮の大姫君の死も浮舟の出家も薫の軽薄で身勝手な残酷さが招いた悲劇だといえば、まあそうなのだが、薫だって、みずからのその純粋さとともに挫折していった。
そして読者の少女たちは、この二人の女の悲劇的な運命にあこがれたりもしているのですよね。薫はいやな男だとか許せないとか、そんなことはひとまずどうでもいい。
薫という人物を批判することなんか、かんたんです。倒錯的なエロスだとかなんとか、吉本をはじめとするそういう現代の批評家の小ざかしい分析よりも、僕としては、二人の女の悲劇とともにただもう体ごと「もののあはれ」に浸されていった読者の少女たちの心模様のほうがずっと興味深いことです。
薫は、喪失感すらも喪失している。そうしてほんとうの喪失感は、このあとじわじわとやってきて、どこまでもふくらんでゆく。彼はこのあと喪失感から生きはじめねばならない。あるいは、大姫君のようにそのまま衰弱して死んでゆくのか。そうやって喪失感に一身を食われてしまうことだって「もののあはれ」であり、紫式部にすれば、そこのところはもう書きつくしたという思いもあったのでしょう。べつに最初から男を描く話ではなかったのだし、光源氏の死の場面を書かなかったように、薫の死もまた、物語の外のことだった。
そのとき紫式部には「やれやれこれで終わった」という気分があったのでしょうか。「今ここの死」、それが「もののあはれ」です。
誰だって、やっかいな仕事をやり終えた直後は、なんともいえぬ解放感に浸されるわけじゃないですか。
「今ここの死」のかなしみと華やぎ。日本人は、古来からそうやって宗教とは無縁のかたちで死の問題を解決してきた。そしてそれはまた、原初以来の普遍的な人間の無意識でもある。
人は、そうやって無意識のところですでに死の問題を解決している。「もののあはれ」こそ、もののけに追いつめられて生きていた平安時代の宮廷の女たちの救済というか日常感覚だった。しかしそういう物語は、紫式部が登場するまでなかったし、そのあとも、貴族による摂関政治の終わりともに書き継がれることはなかった。
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